そのお店は僕の生まれ育った街に2017年にオープンした。「喫茶酒店(きっさけてん)」という店名を見て、最初は意識高めの店と想像し、しばらくは様子を見ていた。ところが地元の友人知人がみんな通うようになり、オープンから1、2年ですっかり街を代表する酒場のひとつになってしまった。そこは酒飲みにとって天国のような店だった。
僕の生まれ育った街、東京都練馬区大泉学園にある、僕の通っていた小学校、練馬区立大泉小学校。その目と鼻の先に「大森喫茶酒店(おおもりきっさけてん)」という不思議な名前の店ができたのは、2017年のことだった。
名前のイメージから勝手に、小洒落た喫茶店風の新店で、一部にシングルモルトウイスキーなどのメニューが加わっているような、いわゆる意識高めの店と想像し、しばらくは様子を見ていた。ところが次第に、主に酒つながりの地元の友人知人がみんな通うようになり、そこでやっと、どれどれ、と行ってみることに(何様だ)。そうしたらここが、昼から夜まで通しで飲めて、なんでもうまくて安い、酒飲みにとって天国のような店。僕も一発で気に入ってしまったし、オープンから1、2年で大森喫茶酒店は、すっかり大泉を代表する酒場のひとつになってしまったのだった。
寡黙なイケメン店主、大森さんは、かつて銀座の名門喫茶店で修行をされた方。独立して自分のお店を始める際、「お酒が好きだから」というシンプルな理由で、喫茶店と飲み屋のハイブリットスタイルを思いついたんだそう。そういう経緯だから、本格的な喫茶メニューと膨大な酒つまみメニューが入り乱れる、これ、どうやってひとりで仕込みしてるの? と、謎すぎて信じられないくらいの店だった。
ところで大森喫茶酒店が、店名を「純酒場オオモリ」とあらためたのは昨年末のこと。なんでも、すっかり酒需要のほうが多くなり、若干喫茶メニューを削ったりとリニューアルをするためだったそう。その話を聞いて僕はむしろ、「前が大変すぎましたもんね……」と勝手に少し安心してしまったくらいだ。
ただし、店の基本的な魅力は変わっていない。「淹れたてネルドリップコーヒー」や「自家製キャラメルアイス」、さらに訪れた方にはぜひ一度食べてもらいたい、絶品の「ナポリタン」などなど、複数の喫茶メニューも健在だ。多種多様な酒と、気の利いた一品つまみたちも、あいかわらず豊富。
また非常に熱いのが、毎日終日提供中の「ちょい呑みセット」の存在で、ドリンク2杯+おまかせ小鉢2種で税込1,200円、そこにもつ煮込みがついて1,500円の2種類がある。
つい先日訪れた時に頼んだ1,200円の内訳でいえば、生ビールとチューハイ、それから小鉢の「もみ菜炒め」と「キャベツくたくた煮」という内容。また、大森さんの作る料理が、どんなに何気ない品でもていねいで滋味深く、心の底からうまいのだ。
当然それだけで終われるはずもなく、「黒カレイ煮つけ」(450円)、「ホッピーセット(白)」(550円)、「なか」(250円)と追加し、しっかり酔っぱらうまで飲んでしまう。これぞ大森マジック。
特に、こんな値段で食べさせてもらっていいの? と驚くほど立派な黒カレイは、身がふわふわで、酒飲み仕様の濃い甘辛味。添えられたごぼうにも旨味が染み染みで、それは幸せな味だった。

他にも大好きな定番メニューがいくらでもあって、今は閉店してしまった大阪の「大西酒店」がオリジナルだという「コマネチ」(350円)。これは、それぞれの頭文字をとり、コンビーフとマヨネーズとねぎをレンジで“チン”しただけのものながら、かなり中毒性の高いつまみだ。僕のお気に入りは、スティック状のパンの耳にカレー粉をまぶして焼いた「カレーぱんみみ」(250円)にそれをディップしながら食べるスタイルで、ホッピーがいくらでも飲めてしまう。
とにかくメニューが多岐にわたるし、日替わりのボードメニューだけで常に頼みきれないくらいの選択肢がある、一生通っても飽きることはないだろう。僕の地元のお近くにお寄りの際は、ぜひとも一杯やっていってみてください。
ところで、最近メニューに加わり、あらためて大森さんのセンスにうなってしまった一品がある。それが「酒のアテ薬味みそ」。刻まれた大葉とみょうがとねぎ、ごまなどがあえられたみそが小皿にちょっとのる、一見シンプルすぎるつまみだ。しかし味わいに謎の深みや甘みがあり、箸の先でちょっとつまんではなめているだけで、これまたいくらでも酒が飲めてしまう。きっと、大森さんにしか出せない究極の配合があるのだろう。あぁ、想像したらまた今すぐにでも味わいたくなってきた。そして、この原稿を書いている真昼間の今も、うちからそう遠くない場所で、純酒場オオモリは営業中。
危険すぎる店だと言わざるをえない。

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『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第26回は2025年6月19日(木)17時公開予定です。
筆者について
1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。