酒場と生活
第25回

大泉学園「純酒場オオモリ」の「酒のアテ薬味みそ」

暮らし

そのお店は僕の生まれ育った街に2017年にオープンした。「喫茶酒店(きっさけてん)」という店名を見て、最初は意識高めの店と想像し、しばらくは様子を見ていた。ところが地元の友人知人がみんな通うようになり、オープンから1、2年ですっかり街を代表する酒場のひとつになってしまった。そこは酒飲みにとって天国のような店だった。

僕の生まれ育った街、東京都練馬区大泉学園にある、僕の通っていた小学校、練馬区立大泉小学校。その目と鼻の先に「大森喫茶酒店(おおもりきっさけてん)」という不思議な名前の店ができたのは、2017年のことだった。

名前のイメージから勝手に、小洒落た喫茶店風の新店で、一部にシングルモルトウイスキーなどのメニューが加わっているような、いわゆる意識高めの店と想像し、しばらくは様子を見ていた。ところが次第に、主に酒つながりの地元の友人知人がみんな通うようになり、そこでやっと、どれどれ、と行ってみることに(何様だ)。そうしたらここが、昼から夜まで通しで飲めて、なんでもうまくて安い、酒飲みにとって天国のような店。僕も一発で気に入ってしまったし、オープンから1、2年で大森喫茶酒店は、すっかり大泉を代表する酒場のひとつになってしまったのだった。

寡黙なイケメン店主、大森さんは、かつて銀座の名門喫茶店で修行をされた方。独立して自分のお店を始める際、「お酒が好きだから」というシンプルな理由で、喫茶店と飲み屋のハイブリットスタイルを思いついたんだそう。そういう経緯だから、本格的な喫茶メニューと膨大な酒つまみメニューが入り乱れる、これ、どうやってひとりで仕込みしてるの? と、謎すぎて信じられないくらいの店だった。

ところで大森喫茶酒店が、店名を「純酒場オオモリ」とあらためたのは昨年末のこと。なんでも、すっかり酒需要のほうが多くなり、若干喫茶メニューを削ったりとリニューアルをするためだったそう。その話を聞いて僕はむしろ、「前が大変すぎましたもんね……」と勝手に少し安心してしまったくらいだ。

ただし、店の基本的な魅力は変わっていない。「淹れたてネルドリップコーヒー」や「自家製キャラメルアイス」、さらに訪れた方にはぜひ一度食べてもらいたい、絶品の「ナポリタン」などなど、複数の喫茶メニューも健在だ。多種多様な酒と、気の利いた一品つまみたちも、あいかわらず豊富。

また非常に熱いのが、毎日終日提供中の「ちょい呑みセット」の存在で、ドリンク2杯+おまかせ小鉢2種で税込1,200円、そこにもつ煮込みがついて1,500円の2種類がある。

つい先日訪れた時に頼んだ1,200円の内訳でいえば、生ビールとチューハイ、それから小鉢の「もみ菜炒め」と「キャベツくたくた煮」という内容。また、大森さんの作る料理が、どんなに何気ない品でもていねいで滋味深く、心の底からうまいのだ。

当然それだけで終われるはずもなく、「黒カレイ煮つけ」(450円)、「ホッピーセット(白)」(550円)、「なか」(250円)と追加し、しっかり酔っぱらうまで飲んでしまう。これぞ大森マジック。

特に、こんな値段で食べさせてもらっていいの? と驚くほど立派な黒カレイは、身がふわふわで、酒飲み仕様の濃い甘辛味。添えられたごぼうにも旨味が染み染みで、それは幸せな味だった。

他にも大好きな定番メニューがいくらでもあって、今は閉店してしまった大阪の「大西酒店」がオリジナルだという「コマネチ」(350円)。これは、それぞれの頭文字をとり、コンビーフとマヨネーズとねぎをレンジで“チン”しただけのものながら、かなり中毒性の高いつまみだ。僕のお気に入りは、スティック状のパンの耳にカレー粉をまぶして焼いた「カレーぱんみみ」(250円)にそれをディップしながら食べるスタイルで、ホッピーがいくらでも飲めてしまう。

とにかくメニューが多岐にわたるし、日替わりのボードメニューだけで常に頼みきれないくらいの選択肢がある、一生通っても飽きることはないだろう。僕の地元のお近くにお寄りの際は、ぜひとも一杯やっていってみてください。

ところで、最近メニューに加わり、あらためて大森さんのセンスにうなってしまった一品がある。それが「酒のアテ薬味みそ」。刻まれた大葉とみょうがとねぎ、ごまなどがあえられたみそが小皿にちょっとのる、一見シンプルすぎるつまみだ。しかし味わいに謎の深みや甘みがあり、箸の先でちょっとつまんではなめているだけで、これまたいくらでも酒が飲めてしまう。きっと、大森さんにしか出せない究極の配合があるのだろう。あぁ、想像したらまた今すぐにでも味わいたくなってきた。そして、この原稿を書いている真昼間の今も、うちからそう遠くない場所で、純酒場オオモリは営業中。

危険すぎる店だと言わざるをえない。

*       *       *

『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第26回は2025年6月19日(木)17時公開予定です。

筆者について

パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
  15. 第15回 : 立石「ゑびす屋食堂」の「生揚げ煮」
  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
  17. 第17回 : 吉祥寺「戎ビアホール」の「エルビスサンド」
  18. 第18回 : 保谷「丸越」の「ソーセージ入りおにぎり」
  19. 第19回 : 神田「鶴亀」の「ニラモヤシ」
  20. 第20回 : 名古屋・伏見「大甚本店」の「煮アナゴ」
  21. 第21回 : 小田原「潮若丸」の「湘南しらすせんべい」
  22. 第22回 : 上石神井「なすの」の「レバ刻みネギ塩」
  23. 第23回 : 駒込「逆転クラブ」の「とりもも肉のグリル」
  24. 第24回 : 南砂町「山城屋酒場」の「ウインナー玉子とじ」
  25. 第25回 : 大泉学園「純酒場オオモリ」の「酒のアテ薬味みそ」
連載「酒場と生活」
  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
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  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
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  22. 第22回 : 上石神井「なすの」の「レバ刻みネギ塩」
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  25. 第25回 : 大泉学園「純酒場オオモリ」の「酒のアテ薬味みそ」
  26. 連載「酒場と生活」記事一覧
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