小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言
第49回

氷のはじける音に耳をそばだてる

暮らし

1994年『漫画ゴラク』にて連載を開始し、最新57巻が6月18日発売予定! 累計発行部数800万部を記録するラズウェル細木の長寿グルメマンガ『酒のほそ道』。主人公のとある企業の営業担当サラリーマン・岩間宗達が何よりも楽しみにしている仕事帰りのひとり酒や仕事仲間との一杯。連載30周年を記念し、『酒のほそ道』全巻から名言・名場面を、若手飲酒シーンのツートップ、パリッコとスズキナオが選んで解説する。静寂な酒場で酒を飲むこと。納得いく酒を飲むことと酔っぱらうことの矛盾。

「氷のはじける音に耳をそばだてる なんとゆったりした時間」

『酒のほそ道』49巻第1話『酒場の音』©ラズウェル細木/日本文芸社

酒場で飲んでいて、一緒にいた友人がふと「この店、無音なのがいいですね」と言って驚いた。私は店内にBGMやテレビの音が流れていないということを、言われるまでまったく意識していなかったのだ。そして、言われてみると、その店には、調理の音、客や店員の話し声、店の外から聞こえてくる街の音などが響き渡るだけで、とても静かなのだった。

このエピソードで宗達が尋ねるのはまさにそんな“無音”の店。しかも少し早い時間の大衆酒場とあって、お客さんの姿もまばらである。そんな店内では、自分がモロキューを嚙む音すら響くほどだ。

自然と一つひとつの音に集中し、それをじっくりと味わうような姿勢になる。レモンサワーの炭酸が氷に当たってはじける「ピキピキ」という音も、耳を近づけてよく聴いてみればなんと愛らしい響きだろうか。

そんな静寂の時間は、グループ客が入ってくる時間帯になった途端に消えてしまうのだが、「つかの間のいい時間だった…」と宗達は噛みしめながら帰路につく。酒場の音に鈍感な私も宗達を真似して、たまには静寂の酒を味わってみたいと思う。

「でもオレはほとんど酒の写真は撮らない 何を飲んだかなんてどんどん忘れていいと思ってる」

『酒のほそ道』49巻第14話「忘れゆく酒」©ラズウェル細木/日本文芸社

『酒のほそ道』を貫く大きなテーマとして、“酒をいかに美味しく飲むか”ということをあくなき探求心で追い求めようとしながら、結局酒の酔いによってそれがうやむやになっていく、ということがあると思う。

これは酒というものが併せ持つ矛盾というか、飲めば飲むほどシラフの状態から離れていくわけで、というか、そもそもそこから離れたくて飲んだりするわけだから、当然といえば当然なのだが、よく考えてみればすごいことである。

宗達が何かに対して執拗にこだわり、納得のいく酒を飲もうとするものの、最後は酔ってどうでもよくなる……という流れが、『酒のほそ道』のなかでも(というか私たち酒飲みの日常のなかでも)幾度となく繰り返されてきた。

このエピソードはちょっと変則的なパターンで、厳選された地酒が揃う店で宗達が日本酒を飲んでいると、周囲の客がボトルのラベルを写真に撮っている。美味しいお酒があれば後日またそれを飲むため、メモがわりに写真を撮っているのだろう。よく私もする。しかし宗達は「何を飲んだかなんてどんどん忘れていいと思ってる」とつぶやく。「ホントにうまくて忘れられない酒なら写真なんか撮らなくたっておぼえているハズだから」と。

ここまではすごくかっこいいのだが、翌朝、「ゆうべのすっげーうまい酒 何つったっけ?」と写真を撮らなかったことを早速後悔。しかしきっと宗達はまた同じことを繰り返すのだろう。

*       *       *

次回「小さなシアワセの見つけかた『酒のほそ道』の名言」(漫画:ラズウェル細木/選・文:パリッコ)は6月13日みんな大好き金曜日17時公開予定。

筆者について

1956年、山形県米沢市生まれ。酒と肴と旅とジャズを愛する飲兵衛な漫画家。代表作『酒のほそ道』(日本文芸社)は30年続く長寿作となっている。その他の著書に『パパのココロ』(婦人生活社)、『美味い話にゃ肴あり』(ぶんか社)、『魚心あれば食べ心』(辰巳出版)、『う』(講談社)など多数。パリッコ、スズキナオとの共著に『ラズウェル細木の酔いどれ自伝 夕暮れて酒とマンガと人生と』(平凡社)がある。2012年、『酒のほそ道』などにより第16回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。米沢市観光大使。
(撮影=栗原 論)

ラズウェル細木 × スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。

  1. 第1回 : ああ 初めての店に入るときの期待と緊張。これがいいんだよな。
  2. 第2回 : 刺身をとったあとの魚の頭は、実はオイシイ部分がイッパイ隠れた「宝の山」なのだな。
  3. 第3回 : オレにとってはサァ、スキヤキ作ってるときは前夜祭なの。
  4. 第4回 : 罰としてキミはそのサンマを提供しなさいっ。ボクは部下の監督不行き届きでビールを買ってくるから……。
  5. 第5回 : しょうが焼きはごはんも含めてビールのつまみ。アジフライはからしをつけて日本酒のつまみ。あーあ、ちあわちぇ~。
  6. 第6回 : とりあえず禁酒は明日からにすっか〜っ!!
  7. 第7回 : ウーム。やっぱり酒は百薬の長じゃな~。
  8. 第8回 : そりゃ2次会と言えば、チェーン居酒屋しかないでしょっ。
  9. 第9回 : 最後の雑炊が入るスペースを作るんだ
  10. 第10回 : 酒ってのはマイナスなもんをプラスに変える力があるってことだよ
  11. 第11回 : オレなら一酒、二麦酒、三焼酎だね
  12. 第12回 : これぞもっともウマい冬のビールの飲み方
  13. 第13回 : しめとはかならずしも一度とはかぎらぬものなり
  14. 第14回 : みんなうれしそうに飲んでる酒場のざわめきがいちばんかもしれないなあ
  15. 第15回 : こーゆー卓上の調味料や小物でね、店の善し悪しがある程度わかるんだよ
  16. 第16回 : 雨の休日もあたたかい春の雨ならまた一興だね
  17. 第17回 : おでんが気取らず庶民的だろうと接待は接待なんだよーっ!
  18. 第18回 : 飲みたいものを飲み食べたいものを食べる。それが人生だよ
  19. 第19回 : 酒の一滴は血の一滴
  20. 第20回 : この宇宙にホタテと自分しかいないって感じだね
  21. 第21回 : 飲むときは太るとかやせるとか忘れて思いっきり楽しまなくちゃ
  22. 第22回 : 今夜こそぜったいにフトンで寝るからなーっ!!
  23. 第23回 : 何だって人が気に入ってたメニューを断りもなく勝手に終わらすんだよーっ!!
  24. 第24回 : 心のシャッターを押してしっかり目と口に焼きつけてるからね
  25. 第25回 : どーしようもなくぬるかったらかえって諦めもつくんだけど
  26. 第26回 : 1日飲んでないといちいち感動しちゃうなあ
  27. 第27回 : こーゆーのがホントのバカンスなのかもしれないね
  28. 第28回 : かえってカラダに悪いと思うけどなあ
  29. 第29回 : 月はつまみが宇宙食しかないだろうからビールかハイボールかな
  30. 第30回 : いくらビンボーでも酒は飲まねばならぬ
  31. 第31回 : 自分にとってのいい店が他人にとってもいい店であるとはかぎらない
  32. 第32回 : 今度はさっきよりもっとあったまって出るぞ〜
  33. 第33回 : ビールが最もうまいコンディションが遠のいていくじゃないか~~っ
  34. 第34回 : ハッピーチェリーブロッサム
  35. 第35回 : こちとらこの瞬間のために命かけてんだっ
  36. 第36回 : 飲酒は学問だっ
  37. 第37回 : これはソーメンを介した新しい飲酒だね
  38. 第38回 : オレも行って手伝うからビール飲ましてくれ――っ
  39. 第39回 : ゼロゼロ発泡酒なんて水みたいなもんだからね
  40. 第40回 : またセットをとったらこの半周のズレは永久に解消されないぞ
  41. 第41回 : いい酒を自主的に飲み放題するとびっくりするほどの値段になるな…
  42. 第42回 : 木須肉の卵、きくらげ、豚肉をチマチマとつまんでは飲む飲む
  43. 第43回 : チェーン居酒屋の薄~いホッピーが秋の寂寥感をいっそう強めるのう
  44. 第44回 : さあそこですかさず酒だ酒
  45. 第45回 : はずす自由もあればはずさない自由もある
  46. 第46回 : 酒場には上も下もなくてみんな平等なの
  47. 第47回 : 待ってるあいだにどんなのが出てくるか予想してみるか
  48. 第48回 : なんたって明日生きてるかどうかもわかんないしな
  49. 第49回 : 氷のはじける音に耳をそばだてる
  50. 第50回 : つまらんやろ東京でいつでも食えたら紅ショウガ天と串カツは
連載「小さなシアワセの見つけかた 『酒のほそ道』の名言」
  1. 第1回 : ああ 初めての店に入るときの期待と緊張。これがいいんだよな。
  2. 第2回 : 刺身をとったあとの魚の頭は、実はオイシイ部分がイッパイ隠れた「宝の山」なのだな。
  3. 第3回 : オレにとってはサァ、スキヤキ作ってるときは前夜祭なの。
  4. 第4回 : 罰としてキミはそのサンマを提供しなさいっ。ボクは部下の監督不行き届きでビールを買ってくるから……。
  5. 第5回 : しょうが焼きはごはんも含めてビールのつまみ。アジフライはからしをつけて日本酒のつまみ。あーあ、ちあわちぇ~。
  6. 第6回 : とりあえず禁酒は明日からにすっか〜っ!!
  7. 第7回 : ウーム。やっぱり酒は百薬の長じゃな~。
  8. 第8回 : そりゃ2次会と言えば、チェーン居酒屋しかないでしょっ。
  9. 第9回 : 最後の雑炊が入るスペースを作るんだ
  10. 第10回 : 酒ってのはマイナスなもんをプラスに変える力があるってことだよ
  11. 第11回 : オレなら一酒、二麦酒、三焼酎だね
  12. 第12回 : これぞもっともウマい冬のビールの飲み方
  13. 第13回 : しめとはかならずしも一度とはかぎらぬものなり
  14. 第14回 : みんなうれしそうに飲んでる酒場のざわめきがいちばんかもしれないなあ
  15. 第15回 : こーゆー卓上の調味料や小物でね、店の善し悪しがある程度わかるんだよ
  16. 第16回 : 雨の休日もあたたかい春の雨ならまた一興だね
  17. 第17回 : おでんが気取らず庶民的だろうと接待は接待なんだよーっ!
  18. 第18回 : 飲みたいものを飲み食べたいものを食べる。それが人生だよ
  19. 第19回 : 酒の一滴は血の一滴
  20. 第20回 : この宇宙にホタテと自分しかいないって感じだね
  21. 第21回 : 飲むときは太るとかやせるとか忘れて思いっきり楽しまなくちゃ
  22. 第22回 : 今夜こそぜったいにフトンで寝るからなーっ!!
  23. 第23回 : 何だって人が気に入ってたメニューを断りもなく勝手に終わらすんだよーっ!!
  24. 第24回 : 心のシャッターを押してしっかり目と口に焼きつけてるからね
  25. 第25回 : どーしようもなくぬるかったらかえって諦めもつくんだけど
  26. 第26回 : 1日飲んでないといちいち感動しちゃうなあ
  27. 第27回 : こーゆーのがホントのバカンスなのかもしれないね
  28. 第28回 : かえってカラダに悪いと思うけどなあ
  29. 第29回 : 月はつまみが宇宙食しかないだろうからビールかハイボールかな
  30. 第30回 : いくらビンボーでも酒は飲まねばならぬ
  31. 第31回 : 自分にとってのいい店が他人にとってもいい店であるとはかぎらない
  32. 第32回 : 今度はさっきよりもっとあったまって出るぞ〜
  33. 第33回 : ビールが最もうまいコンディションが遠のいていくじゃないか~~っ
  34. 第34回 : ハッピーチェリーブロッサム
  35. 第35回 : こちとらこの瞬間のために命かけてんだっ
  36. 第36回 : 飲酒は学問だっ
  37. 第37回 : これはソーメンを介した新しい飲酒だね
  38. 第38回 : オレも行って手伝うからビール飲ましてくれ――っ
  39. 第39回 : ゼロゼロ発泡酒なんて水みたいなもんだからね
  40. 第40回 : またセットをとったらこの半周のズレは永久に解消されないぞ
  41. 第41回 : いい酒を自主的に飲み放題するとびっくりするほどの値段になるな…
  42. 第42回 : 木須肉の卵、きくらげ、豚肉をチマチマとつまんでは飲む飲む
  43. 第43回 : チェーン居酒屋の薄~いホッピーが秋の寂寥感をいっそう強めるのう
  44. 第44回 : さあそこですかさず酒だ酒
  45. 第45回 : はずす自由もあればはずさない自由もある
  46. 第46回 : 酒場には上も下もなくてみんな平等なの
  47. 第47回 : 待ってるあいだにどんなのが出てくるか予想してみるか
  48. 第48回 : なんたって明日生きてるかどうかもわかんないしな
  49. 第49回 : 氷のはじける音に耳をそばだてる
  50. 第50回 : つまらんやろ東京でいつでも食えたら紅ショウガ天と串カツは
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