昨年、放送開始から60年を迎えた『きょうの料理』(Eテレ)で、近年もっとも話題になったのが、料理研究家の土井善晴さんが「塩むすび」の作り方を解説した回(2014年10月30日放送)。「米を研ぐ」「米を炊く」「米を握る」の3工程だけで、15分を費やしました。
普通、塩むすびの作り方だけで15分は持ちません。しかしそこはベテランの土井さん。いきなり米を握るのではなく、まずは手を洗いました。しかも洗い方が超丁寧。指から爪から手首までしっかり洗い、視聴者に手洗いの重要性を力説するところから「塩むすび」の解説を始めたのです。その理由について土井さんは、
「おにぎりは握る人の気持ちを込めて握るもの。もし手が不衛生だったら、せっかく握ったおにぎりに菌が付いてしまうかもしれない。そうしたら愛情が台無しになる。だから丁寧に手を洗うことが大切なんです」
と、説明しました。
テレビに料理番組はたくさんありますが、塩むすびの作り方を解説したのは『きょうの料理』くらいのもの。プロデューサーの大野敏明さんは、このように話しています。
「どれひとつとして無駄なことはないですし、料理の原点である、作って誰かを喜ばせるということの本質を伝えることができたと思います。レシピサイトで『塩むすび』を検索したら、ただ『米を研ぐ、炊く、握る』と出てくるだけで、こうした行間の部分は書かれていない。レシピを解説するだけでなく、料理を作ることの喜びや、人を幸せにすることの力を伝えることを『きょうの料理』では大切にしていきたいのです」
確かにレシピサイトは便利です。冷蔵庫にトマトが余っているから、これで何か作ろうか悩んでいるような時にはとても助かります。しかしそれだけに特化しては、料理に興味がない人を惹き付けることはできません。
「スマホが普及する前は、『きょうの料理』もそういう風に見られていたと思うんです。でも今は、いくらでもネットで新しいアイデアを検索することができる。だから番組では、目的意識に応えるというよりも、『家庭料理も美味しそうだな』『手作りって楽しそうだな』というところを見てもらい、料理が得意でない人にも、『自分もやってみようかな』と感じてほしいのです」(鈴木さん)
世代を超えて愛される秘訣は、そんなところにあるようです。
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