限りなく人間の女性に似た「ラブドール」で知られるオリエント工業は、1977年からその製造・販売を行い、以来40年にわたり、業界のパイオニアとしての地位を築いてきました。かつては「ダッチワイフ」とも呼ばれていたラブドールですが、近年はアートとして愛好する人も増え、国内外の芸術家や写真家にもファンを公言する人がいるほど、そのリアルな造形や質感が高く評価されています。
オリエント工業のラブドールは、徹底したディティールへのこだわりで有名です。例えば、「やすらぎ」というシリーズのドールは、ボディラインから指先まで、人間の女性のモデルから直接型取りして作られます。手相や指のシワまで再現し、さらにドールの肌には、血管の1本1本をエアブラシで描いています。よく見ると、色白の肌に血管がうっすらと浮かんでいるのがわかります。
ただ、「人間そっくり」というだけでは、ラブドールの持つ不思議な魅力は生まれません。というのも、人間を模した人形あるいはロボットを作ろうとすると、必ず「不気味の谷」と呼ばれる現象が障害になってしまうからです。
人形やロボットの造形がリアルになるほど、私たちは「人間のようだ」と感じます。しかしリアルさを追求しすぎると、今度は何とも言い難い違和感を覚える瞬間がやって来ます。リアルさの再現もある一線を越えると、親近感を通り越して、不気味さに近付いてしまう。造形が人間に近付くほど、非人間的な特徴が際立ってしまい、私たちは嫌悪感や恐怖といったネガティブな感情を抱く。これが「不気味の谷」という現象です。
一方、オリエント工業のラブドールは、驚くべきことに、人間の女性のように見えつつも、こうした「不気味の谷」の問題を乗り越えているように感じられます。その絶妙なバランスを、どのように設計しているのでしょうか? 同社の広報担当者は、こう語ります。
「見た目の造形は、造形師の感性としか言いようがありません。製造マニュアルがあるわけではないんです。その時代にブームになっている女優さんの顔を参考にすることもあれば、メイクの流行を反映することもあります。具体的な誰かの再現を目指すというよりも、抽象的な女性らしさを表現しているといったほうがいいでしょう。
しかも、それは時代によって変わります。リアルさの追求にしても、ご指摘のように、人間に近づきすぎると、かえって不気味に見えてしまう。だからディティールの造形も、あくまでお客様が好きになれるかどうか、という目線から突き詰めているだけなのです」
例えば、オリエント工業のラブドールには、こんなこだわりもあります。ラブドールのユーザーは唇が触れ合うぐらいの距離でドールで見つめ合うので、目の位置をリアルな女性の顔よりも少しだけ中央に寄せています。また、シリコン素材を使った柔らかい肌も、ただ質感が優れているだけでなく、抱きしめた時にちゃんと骨の感触を感じるように設計されています。
つまり人間そっくりの人形を作るために、ラブドールはデザインされているわけではないのです。すべては、あくまでも「ユーザーに愛されるため」です。マダム・タッソーの蝋人形のように、「人間の再現」を目指した人形は世の中に数あれど、オリエント工業のように「不気味の谷」を回避できているものが滅多にないのは、こうした造形の目的の違いに理由があるのかもしれません。
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