「ベスト10」は業界で最も権威ある賞に アダルトメディアの案内人だった『オレンジ通信』

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大手コンビニエンスストアが8月いっぱいで成人誌の取り扱いを止めることになり、あと1週間足らずでコンビニからエロ本が消え去ることになる。そこで、風前の灯となったエロ本への感謝と惜別の意を込めて、アダルトメディア研究家の安田理央氏が上梓したのが、7月2日に発売された『日本エロ本全史』だ。

同書は1946年から2018年まで、日本のアダルト誌の歴史を創刊号でたどったもの。日本最大級のアダルト誌コレクターの安田氏が、アダルト誌創刊号コレクションから、エポックメイキングな雑誌100冊をピックアップし、オールカラーで紹介している。風前の灯となったエロ本への感謝と惜別の意を込めて、同書から1982年創刊の『オレンジ通信』(東京三世社)を紹介しよう。

1980年代はコンビニが急速に店舗数を増やし、足元を揃えるように成人誌も部数を拡張。『ベッピン』や『デラべっぴん』が30万部、40万部という部数を叩き出したり、『ザ・ベストマガジン』が100万部という成人誌とは思えない部数を記録したのは、コンビニでの販売なくてはありえなかった。

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AV情報誌として名を馳せる『オレンジ通信』だが、創刊時はグラビア中心のごく普通のエロ本であった。創刊号の巻頭はSM写真の雄、杉浦則夫による初体験をテーマにしたカラミのグラビア。以降もヌードグラビアが続き、読み物記事は皆無。昔の西洋のヌード写真が登場したり、エロ漫画家の小多魔若史(のちに「痴漢日記」で有名になる山本さむ)が撮影した新体操の写真が出てきたりと、編集も散漫だ。この時点ではよくあるエロ本のひとつでしかなかったのだ。

しかし同誌は1983年頃からビニール本、裏本、裏ビデオなどの紹介に力を入れるようになり、次第に情報誌化していく。80年代末には、AVがメジャーになっていくのと足並みを揃えるように、AV情報誌としての地位を確立する。特に毎年2月号で発表される「ベスト10」は、AV業界で最も権威のある賞となっていた。ちなみに最初のベストモデル賞(1985年度)は竹下ゆかり、最後となる2008年度のベスト女優賞は明日花キララが受賞している。

果物の名前に「通信」とつける誌名の、いわゆる「フルーツ本」「通信本」と呼ばれる類似誌も乱立した。2004年からはDVDを付録につけ、大判化する、無修正作品紹介の割合を増やすなど新しい時代への対応も行っていたが、出版不況の影響は大きく、2009年3月号で27年にわたる歴史に幕を下ろすこととなる。

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当時は『オレンジ通信』のほか、『さくらんぼ通信』『メロン通信』『アップル通信』『バナナ通信』、さらに「マスカット」や「レモン」という単語が含まれる成人誌が存在。著しく紛らわしかったのも当時を知る年代の者には思い出深いだろう。

『日本エロ本全史』(安田理央・著/太田出版)は2019年7月2日発売。3700円+税。

【関連リンク】
日本エロ本全史-太田出版

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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