2月24日、東京・銀座のBasement GINZAにて、博覧強記の怪人・丸屋九兵衛の恒例のトークイベントが開催された。もとはHipHop、R&Bを中心とした音楽情報サイト『bmr』編集長を主宰する編集者だった丸屋が、音楽だけにとどまらずこれまでにインプットした歴史、語学、ファンタジー、ミリタリー、SF、BLなどの幅広い知識を、自らの脳内で関連付けて語りつくすこのイベント。第一部『Soul Food Assassins』ではアフリカ系アメリカ人をとりまく文化や諸問題について考え、第二部『QB Continued』では、見るものを圧倒する膨大な量の資料を提示しつつオタク周辺カルチャーについて語った。
◆偉大なブラック・ピープルたちを称え、彼らが残したものを振り返る
今回、第一部『Soul Food Assassins』のテーマは、「黒人歴史月間だから、アフリカ系偉人たちの話を」と題して、政治・教育・文化に貢献した偉大なアフリカン・アメリカン/ブラック・ピープルに注目。日本では語られることが少ない隠れた偉人たちを取り上げた。日本ではあまり知られていないが、アメリカでは2月はアフリカ系アメリカ人歴史月間(イギリスでは10月)となっており、アフリカ系の偉人や歴史について回想する特別な月になっている。
丸屋が語りのきっかけとして取り上げたのは、1996年メリーランド大学カレッジパーク校の学生新聞ザ・ダイヤモンドバック紙から始まり、後にアニメ化もされたコミック『The Boondocks』。10歳の黒人少年である主人公ヒューイ・フリーマンの眼を通して、黒人文化やアメリカ合衆国の政治を痛烈に皮肉る風刺漫画であり、海外に住む我々が彼らの文化を知る上では「とても良い教材になる」と丸屋は語る。そしてこの主人公のヒューイの名前がブラックパンサー党を結成したヒューイ・P・ニュートンから来ていることを手始めに、偉大なブラック・ピープルたちを紹介していく。
1960年代後半から1970年代にかけてアメリカで黒人民族主義運動・黒人解放闘争を展開していた急進的な政治組織であるブラックパンサー党だが、現状において日本で“ブラックパンサー”というキーワードで検索しても出てくる結果が2018年に公開された映画『ブラックパンサー』になってしまうと丸屋。もちろん『ブラックパンサー』は世界中のブラック・ピープルたちが集結して作り上げた画期的作品ではあるが、そのタイトルの元であるブラックパンサー党がこれほど見向きもされない日本について「手落ちぶりがすごい」と嘆いた。
そしてそのブラックパンサー党を結成した中心人物ヒューイ・P・ニュートンであるが、彼が残した功績はもちろん、そのビジュアルインパクトにも大きな影響力があったと振り返る。稚拙なタッチだが印象に残るどこかユーモラスな黒豹を描いた党のシンボルマークをはじめ、右手にライフル、左手に民族的なやりを持ち、ベレー帽をかぶったヒューイ・P・ニュートンが何かに挑むようなまなざしで籐編みの椅子に腰かけるアイコニックなポートレートは多くの人々に鮮烈な印象を与え、後世のクリエイティブにも数々のインスピレーションを与えた。丸屋が師匠とあがめるジョージ・クリントンをはじめ、映画『ブラックパンサー』の主人公チャドウィック・ボーズマン演じるワカンダ国王(ティ・チャラ)も彼のスタイルを下敷きにしたビジュアルを残している。
そのほかにもブラックパンサー党の主要人物で名エッセイ集『氷の上の魂』を残したエルドリッジ・クリーヴァーや差別撤廃闘争の指導者クワメ・トゥーレことストークリー・カーマイケル。そしてジェイムズ・ボールドウィン、ゾラ・ニール・ハーストン、アリス・ウォーカーらの作家たちといった偉人たちを取り上げ、あふれ出る知識をもとに彼らにリスペクトを送った。
◆“架空動物学”が知的好奇心を刺激する! 壮大な思考実験を味わおう
第二部『QB Continued』ではゲストに著作『カラスの教科書』(講談社文庫)でも知られる、異能の鳥類学者・松原始氏をゲストに迎え、「アフターマンの未来は星人よりもワイルド! 架空進化論と空想動物学の狂宴をあなたに」と題して、丸屋が「生き別れの兄弟」と自認する松原氏とともに熱く語り合った。
そもそも、“架空進化論”と“空想動物学”、合わせて“架空動物学”とは二人が命名した動物学論文のパロディともいえる作品群に与えられた名称であり、古くは1961年に発行された『鼻行類』という書籍を代表とする、架空の生物を大真面目に生物学の学術書のようにまとめ上げた知的好奇心を刺激する作品のことを指し、著者の思考実験を楽しむ作品のことである。
今回のイベントではこれらの作品群を以下の3つに分け、それぞれにそって作品を取り上げ解説を行った。
(1)未来の進化
(2)起こらなかったけど、起こりうる進化
(3)異星の進化
まず、丸屋がこの“架空動物学”を切り開いた立役者として紹介したのがスコットランド人の地質学者、古生物学者ドゥーガル・ディクソンだ。彼の代表作を取り上げ、独自の視点で解説を展開していく。
最初の作品は彼のデビュー作であり、代表作である『アフターマン』だ。「この後に出た作品はみんな亜流にしか見えなかった」と松原氏が語る通り、一世を風靡したこの作品は人類が絶滅した5000万年後の地球の生態系がどのような進化を辿っているかを思い描いた作品であり、「(1)未来の進化」にあたる。そこまで飛びぬけて異様な生物は出現せず、現実に存在する生物をモチーフとした数々の進化系が登場する。どの動物から進化したのかを解説する二人は少年のように目を輝かせていた。
続いては紹介されたのは、「(2)起こらなかったけど、起こりうる進化」として、6500万年前に恐竜が絶滅せずに、そのまま進化したらどのような姿になっていたのかを描いた『新恐竜』。生物の姿だけではなく、その生態にまで言及する記述に丸屋は興奮を隠し切れない様子だ。
鳥類のみならず、様々な動物の生態に詳しい松原氏からも現実に存在する動物の生態が重ねて解説され、2人の熱量と合わせて、作品に出てくる架空動物が実際に存在するのではないかと錯覚を起こしてしまいそうだ。「収斂進化がおそらくテーマだろう」と丸屋が推測するように、恐竜たちが進化して哺乳類と同じ生態をとるようになったらどうなるかといった描き方が興味深い。
そして「(3)異星の進化」として紹介されたのが小説『グリーンワールド』。実はこの作品、英語圏の国では出版されておらず、英語で書かれた作品なのに日本でしか読むことが出来ないとのこと。その裏にはどうやら作品自体のおもしろさが関係しているようだ。
丸屋がカンフー映画に例えて、「ジャッキー・チェンのようにカンフーがうまい役者なのか、ジェット・リーのように演技ができるアスリートなのか」といったように、ドゥーガル・ディクソンはSF趣味のある学者でしかなく、小説のような文学作品では思うように筆を走らせられなかったようだ。作品は環境が破壊された地球から旅立った1万人の人々が異星に辿りつき、先住の生物を虐げてそこでも環境破壊を繰り返しすという、ディストピア的な設定になっている。
作品的な良し悪しが影響しているとはいえ、ドゥーガル・ディクソンの小説が日本でしか読めないことを引き合いに、丸屋は「実は日本は“架空動物”大国である」と断言。松原氏も「科学的に正しいかどうかは別にして、この数十年間、毎週必ず1匹は“架空動物”が日本を襲ってますからね」と援護射撃して会場を沸かせた。
<開催情報>
■場所
「Basement GINZA」
東京都中央区銀座4丁目3-5 Ploom Shop 銀座店 B1F
■日時
2020/02/24(月)
1 丸屋九兵衛トークライブ【Soul Food Assassins vol.13】黒人歴史月間だから、アフリカ系偉人たちの話を
2020/02/24(月) 14:00-15:30
2 丸屋九兵衛トークライブ【Q-B-CONTINUED vol.33】アフターマンの未来は星人よりもワイルド! 架空進化論と空想動物学の狂宴をあなたに feat. 松原始
2020/02/24(月) 15:45-17:45
【関連リンク】
・丸屋九兵衛のツイッター
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