来年1月の生誕100年を前に、三島由紀夫が愛した店や旅行先、執筆場所や作品の舞台などを紹介するガイドブック『三島由紀夫 街歩き手帖』が、8月20日(火)に刊行されました。全三部構成で、現在も営業中の飲食店やホテル、観光地、風景を手がかりに、三島とその作品に迫る本書(一部、休業・閉店中のものを含みます)。第三部では遺作となった大作『豊饒の海』四部作の謎解きも試みられています。
わたしは作品論や作家論を、このガイドブックに託そうとしているわけではない。三島由紀夫の作家論や評伝は膨大である。それらに感銘をうけ、新たな発見に愕かされることも少なくなかった。これほど評者たちに愛された作家は珍しい。だがその多くは、評者たちの思想や哲学のなかで加工され、あるいは観念化・独自化されたものだ。その理由も、三島の仕掛けた「謎」の大きさによるのだ。そこで本書は、ひたすら作品の解説につとめることで、「謎解き」のための「事実」のみを明らかにしよう。言うまでもなくそれは、三島が語った「事実」である。
刊行を記念して、OHTABOOKSTANDにて、本文の一部を全6回にわたって公開します。ゆかりの地に行き、思いをはせる三島作品の新しい読書ガイドブックをお楽しみください。
三島作品の中で、最も人気のある作品は『潮騒』であろう。今までに五回、映画化されている。
初の世界旅行でギリシアに感動した三島は『ダフニスとクロエ』のプロットを生かした小説を構想した。古代ギリシアと似た日本の素朴な村落共同体の生活感覚と倫理観、ギリシアの神々のイメージと重なる島を父梓の伝手で水産庁に問いあわせて、選定したのが神島である。水産庁の紹介で昭和二八年の三月に十日あまり、漁業組合長の寺田宗一の家に一週間滞在し、取材をしている。
文芸誌の安い原稿料に、生活上の危機感を抱いていたところ。川端康成の『伊豆の踊子』に比肩されるような、狙いすましたベストセラーだった。昭和二九年の六月十日に刊行され、三十日には再版。東宝が急遽映画化し、本は九月に七十刷り。十月末までに九十刷りを超えた。これ以降、三島は流行作家の肩書を得て、じっさいに一般誌・週刊誌の連載をえてヒット作、ベストセラーを乱発する。文壇の寵児から、マスメディアのスターへと躍進するのだ。
八月に黛敏郎とともに神島を訪れ、谷口千吉監督以下、三船敏郎、久保明、青山京子ら映画スタッフの歓迎を受ける。
山海荘による神島のキャッチ「神が宿る島」「太陽の信仰」は、まさに三島の『潮騒』の象徴風景である。空き家になっている寺田家をはじめ、『潮騒』の名所探訪だけで一日を過ごせそうな島だ。
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文学には「住所」がある。
三島作品の舞台や執筆場となった、数々の店や場所、風景。
「行って、馳せる」読書を愉しむための新ガイドブック!
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