2025年9月26日に発売された『闇バイトの歴史 「名前のない犯罪」 の系譜』(藤原良・著)から内容を一部公開。
「案件」か「犯罪」か。タイパ社会に現れた全く新しい犯罪形態「トクリュウ」。その興隆の過程は、そのまま日本社会の構造変化の縮図でした。スキマ時間、リクルーター、兼業、アウトソーシング…いま、労働と犯罪の境界線は限りなく細くなっています。
本書では、末端がいくらつかまっても絶対に本体が尻尾を見せることはない、そのトクリュウ特有の構造と実態を詳細に追います。
生きづらさを埋める手段
闇バイトに応募し、運び役の経験がある東京都在住の峰村勇志君(仮名)のケースを見てみたい。
彼は、二十代後半の若さで、バーの店長を務めていた。某駅前の飲み屋街のど真ん中にあったそのバーは、立地のよさから深夜でも客が入り、営業が翌早朝まで続く日も多かった。営業後も酔っぱらった常連客から食事に誘われれば出向き、いわゆるアフターと呼ばれる店外営業も熱心にこなす店長であった。
当時の彼の月給は、額面で二十七万円だったが、常連客との店外での付き合いでは、彼が飲食代を支払うことも多々あった。
「いつも店に来てくれる常連さんでしたから。何かと気を遣うんですよ」(峰村君)
こんなことを度々やっているうちに、月給だけでは足りなくなって、彼は、消費者金融で借金を重ねるようになった。
日常的に借りては返すというのを繰り返しているうちに、金銭感覚が麻痺し、当時交際していた女性へのプレゼント代も彼の財布を圧迫していった。気が付けば借金が二〇〇万円前後にまで膨れ上がっていた。
「もう借金返済のためだけに働く日々でした」(峰村君)
そんな彼が副収入仕事や高額報酬仕事に関心を示すのも当然だった。そして、彼は常連客との会話の中で『闇バイト』に興味を持つようになった。
闇バイト案件の情報交換が頻繁になされていた闇バイトサイトというものは、捜査機関の尽力によって現在ではその多くが閉鎖状態となっており、海外のテロリストが悪用しているとされる特殊なブラウザやアカウントが必要なディープウェブ系や登録制のグループサイトで密かに行われている。
闇バイトサイト自体が減少したからといって、闇バイト案件が減ったわけではなく、SNSでの募集投稿やダイレクトメールによるスカウト行為は依然として続いており、また、一般の求人募集広告や大手求人サイトだけではなく、X やインスタグラムでさえも「ホワイト案件」「高額リゾートバイト」「ハンドキャリー業務(国境を越えて物品を手荷物扱いで運ぶ業務)」「短時間PCオペレーター」「リモート面接即日勤務OK」といった触れ込みで、一般企業の求人広告のようにカモフラージュされた闇バイトの募集案件を誰でも日常的に目にすることもできる。また、昔ながらの口コミ募集も常套化している。
「悪いことだっていうのは最初からわかってましたけど、『短時間で高収入』って言葉に惹かれました。闇バイトなら今の仕事を続けながらでも自分の時間でできるかなって」(峰村君)
当初の彼は、借金返済を目論んで、バー勤務の他に個人でライブ配信にもチャレンジしていた。インターネットでライブや動画配信できるアプリのサービスを利用し、自分の個人的なおしゃべりや私生活の動画を配信し報酬を稼ぐものである。配信者は、趣味程度にやっている人もいれば、タレント顔負けのプロ根性でライバーと呼ばれて高額報酬を稼ぐ人もいる。
彼は、借金返済目的もあったので、ライバーになることを目指していたが、どちらかと言えば、男性よりも女性配信者にファンが付きやすい世界で、思うように稼げない日々が続いていた。
そんな焦りもあり、彼は闇バイトへの興味が一層膨らみ、SNSを通じて「高額報酬」「即日報酬」「簡単に稼げます」といったフレーズを探すようになっていた。
「闇バイトにもいろいろあるじゃないですか。タタキ(強盗や窃盗)から、電話かけるだけのかけ子とか見張り役とか、ただ物を運ぶだけの運び役とか。僕的には、運び役がいいかなって思ってました。時間もかからない感じがしましたし、バレ難いかなって。とにかくこういうことでもやって早く借金を返済したかったんです」(峰村君)



