“旅”を作品に織り込んだ松本清張 名作を生んだ旅の原体験

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今も多くのファンを抱える松本清張の作品には、『点と線』の4分間トリック、『ゼロの焦点』の「亀田」と「亀嵩」の方言ネタ、『時間の習俗』の和布刈神社の神事など、あらゆる形の“旅”が織り込まれています。清張はなぜ旅に惹かれたのでしょうか?

小学生時代一番好きだった科目は地理。〈地図と時刻表とを傍に置いて、小説を考えているときが、私にはいちばんたのしいときである〉(『黒い手帖』)と語る清張ですが、旅への憧れは、実は現実逃避から発生したものでした。〈少年時代には親の溺愛から、十六歳頃からは家計の補助に、三十歳近くからは家庭と両親の世話で身動きできなかった〉(『半生の記』)という清張は、地図と時刻表で想像旅行を楽しんでいたのです。

念願叶って初めて一人旅に出たのは終戦後、当面の生活費を稼ぐために箒の仲買いを始めた37歳の時。関西まで販路を広げ、鉄道で名所旧跡を訪れています。この原体験が、全国を鉄道で駆け巡る清張ミステリーに生かされているのでしょう。

ただ、清張にとって鉄道は、自分を遠くに連れ出してくれるものであると同時に、故郷と自分をつなぐものでもありました。芥川賞受賞後単身で上京した清張は、毎朝通勤のたびに東京駅の15・16番線ホームに停まっている九州行きの夜行列車「あさかぜ」を眺めては郷愁にかられ、これが『点と線』のヒントになったと語っています。

52歳の時、井の頭線の浜田山~高井戸駅間の線路際に自宅を建て、電車の音を聞きながら執筆に励んだ清張。少年時代の憧れが詰まった作品が、読者を誌上の旅へと誘っています。

◆ケトル VOL.27(2015年10月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。