“ゾンビ映画の神”はなぜショッピング・モールを舞台に選んだ?

カルチャー
スポンサーリンク

ゾンビ映画の巨匠・ジョージ・A・ロメロ監督が7月16日に亡くなりました。ゾンビ映画が現代社会を映す鑑となった『ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド(『NOTLD』)』によってゾンビの神様となったロメロでしたが、本人はホラー専門監督と見られるのをよしとせず、しばらくゾンビ映画を作るのを避けていました。その気持ちが変わったのは1974年。アメリカ全土に巨大ショッピング・モールが広まったことがきっかけでした。

人間にとって必要なものがすべて収められたショッピング・モールに生存者が逃げ込めば、緊急事態でも生き残り、ゾンビと戦う姿を描くことができる。しかもゾンビたちがショッピング・モールを襲う姿は、危機でも豊かな生活にしがみつく、消費社会に翻弄されるアメリカ人の風刺となるのではないか─。

そう考えたロメロは『NOTLD』の続編を構想します。それが『ゾンビ』(1978年)です。前作の社会批評としての要素は、あくまで無意識に盛り込まれたもの。しかし『ゾンビ』では、ロメロは意図的にゾンビ映画を社会の鑑として作ることを決意したのです。

ストーリーはシンプル。ゾンビの出現によって世界が混乱するなか、4人の男女が危険地帯からヘリコプターで脱出します。郊外のショッピング・モールを安全地帯と考えた彼らは、そこに集まっていた生存者と共に立てこもり、豊富な物資を得て地上の楽園を作り上げます。しかし、やがて略奪者たちが現れ、ゾンビと三つ巴の争いに突入していくという展開です。

ベトナム戦争の従軍経験を持つメイク・アーティスト、トム・サヴィーニによるリアルなゾンビの造形も話題を呼びましたが、やはり観客に強烈なインパクトを与えたのは、ゾンビを倒すうちに人を殺すことにも罪悪感を覚えなくなる人間の底知れぬ恐ろしさであり、極限状況でも協力できず、差別や見栄の張り合いが起こってしまう愚かさといった批評的な描写でした。

映画のラストも予言的です。崩壊したショッピング・モールから飛び立つヘリコプターに乗るのは、数少ない生き残りである妊婦と元特殊部隊隊員の黒人男性。新たな時代を牽引するのは、女性とマイノリティであるというメッセージが込められています。このように同作によってゾンビ映画は、現代社会を批評する器としてのフォーマットが完成したのです。

◆ケトル VOL.38(2017年8月16日発売)

【関連リンク】
ケトル VOL.38

【関連記事】
ブーム到来の「ゾンビ」 概念を定義付けた革命的作品
ゾンビはもともと奴隷だった? ゾンビを世に知らしめた一冊の書
車を使った密会の待ち合わせ 最適な場所はどこか
フルポン・村上「自分が親なら『ロンハー』は絶対見せない」

※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

関連商品
ケトルVOL.38
太田出版