「本屋大賞」の舞台裏~マイナー文学賞が「ベストセラーを生む文化」となるまで~

手口ニュートラル
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絶メシ、本屋大賞、カンヌライオンズなど
世の中を沸騰させ続ける博報堂ケトル独自の思考法に迫る!
自ら課題を設定し、自ら達成ルートを決める「手口ニュートラル」の思考法を活かせば、最短距離で出口にたどり着ける! 停滞する今を打ち破る答えの一つがここにある。

※本記事は、2022年10月7日(金)に発売された『手口ニュートラル 混沌を生き抜く思考法』から、一部を抜粋し転載したものです。

書店員と一緒に手づくりで実現へ

博報堂ケトル執行役員
STOVEカンパニー 統括プロデューサー 原 利彦(はら・としひこ)氏

博報堂ケトル執行役員。本屋大賞実行委員会理事。1998年博報堂入社。営業職、媒体職などを経験し、2009年博報堂ケトルに参加。さまざまなメディアや「本屋B&B」を運営し、自身も「原カントくん」の名前で、各種メディアに出演中

数々のベストセラーや映画原作を輩出し、今や誰もが知る文学賞となった「本屋大賞」。それが形になったのは、簡素な会議室でのことでした。

ことの始まりは、書評などを紹介する雑誌『本の雑誌』にて開催された「書店員たちの匿名業界座談会」から。当時、博報堂に所属していた嶋浩一郎氏と原利彦氏がこの企画に携わりました。出版不況が加速する時代の中、芥川賞や直木賞からもベストセラーは出ず、書店は潰れていく……。大手書店に勤務する書店員たちは「出版業界をどうにかできないか」「書店の現場からヒット作を生み出せたら」という思いを抱えていました。この座談会終了後、『本の雑誌』編集長の浜本茂氏と博報堂の上司・中野雄一氏から「一緒に出版業界を盛り上げてほしい」という声がけがあったのです。

嶋も僕も本や書店の文化を盛り上げたい思いがあったので、即座に協力を申し出ました。予算はまったくないと知っていたので、『いずれビジネスにできれば』くらいの気軽な感覚でしたね。

──原氏

嶋・原両氏が目指したのは、「ベストセラーを生むこと=本が売れて書店が儲かり、出版業界が盛り上がること」でした。また、嶋氏はそれまでに書店員たちの「私達が売りたい本を選べる賞があれば」という声を多く聞いていたため、「本の目利きである書店員がお勧めする本を、自ら売る形をつくれたなら、書店員や出版業界にとっていい未来につながるのでは」と考えていました。そこで、座談会で出た書店員のアイデアをベースに「書店員の投票で選ぶ文学賞」を形にすることになったのです。

運用できるリソースは、『本の雑誌』と有志の書店員による協力のみでした。投票の仕組みをつくる予算も広告宣伝の予算も一切ない中で、どうすれば実現できるかをまず考えました。そこで、書店のFAXを使って投票用紙を送ってもらい、僕らが手作業で集計することにしたんです。また、PRについては、当時流行していた手書きPOPを活用する方法を嶋が考えました。書店員の皆さんにお勧めコメントPOPを作ってもらい、店頭でアピールできれば、広告宣伝の費用もかかりません。現場で選んだ『読んでほしい本』を、現場でPRして、みんなでベストセラーを育てていこう、と。

──原氏

そこからは、有志の書店員たちに協力を仰ぎ、どのような仕組み、どのような形で実現していくかを話し合っていきました。

集合場所はタダで使える博報堂の会議室でした(笑)。匿名座談会に参加した皆さんが仕事を終えてから手弁当で集まってくれて、夜な夜な『どうやればストレスなく実現できるのか』を話し合いましたね。誰もが本や書店の文化が廃れていくこと、書店員の仕事がなくなるかもしれないことに危機感を持ち、本気で実現を目指していました。本屋大賞の創設に尽力してくださった皆さんは、現在、実行委員会の中核を担うメンバーとしても活躍されています。

──原氏

こうして投票方法やルールなどの仕組みを整えた後、本の雑誌社の呼びかけや書店員たちの口コミで全国の書店員に協力の輪が広がっていきました。

手口ニュートラルで無名の文学賞を広めた

ゼロから手づくりでスタートした本屋大賞は、2004年、ついに第1回の開催へとこぎつけます。全国299名の書店員が投票参加し、小川洋子氏の小説『博士の愛した数式』が大賞を受賞しました。ところが出版社側はノーリアクションという結果に。

出版元の編集部に受賞の連絡をしたら『あ、そうですか』という反応の薄さでした。できたばかりの賞であり、出版業界や文学界の権威が関わっているわけでもないので当然かもしれません。それに、業界構造で見れば、本を生み出す出版社は川上、売る書店員は川下の存在とも言えます。どうしたら出版社を動かせるかを本屋大賞のメンバーと一緒に考え、『出版業界のジャンケン構造を活用しよう』となりました。

──原氏

出版社から見れば、書店は弱い立場です。例えば、出版物の配本割り当ては基本的には出版社の裁量事項です。書店側が売れる作品や話題の作品をたくさん仕入れたくても、希望が通るとは限らないため、出版社優位の構造と言えるでしょう。しかし、そんな出版社も、作品を生み出す作家の要望には耳を傾けます。一方、作家にとって書店員は、自分の作品を読者に広めてくれる存在と言えます。出版社は書店に強い、作家は出版社に強い。しかし作家は書店に弱い。グー、チョキ、パーのジャンケンのようなこの構造に着目し、書店員たちに作家・小川氏の心を動かす手紙を書いてもらうことにしました。

授賞式を開催することを決め、出席をお願いする手紙を送りました。すると、非常に喜んでくださり、『ぜひ参加したい』とのお返事をいただけた。無風だった本屋大賞に風が吹いた瞬間でした。出版社側も、遠方に住む小川先生が授賞式に向かう際の交通費を負担してくれることになりました。とはいえ、会場を借りるお金も運営スタッフを雇うお金もないので、日本書籍出版協会の大会議室を借りて、書店員の皆さんに協力してもらうことに。当日集まった約20名の皆さんは、仕事のシフトを調整し、休日返上で駆けつけてくれました。

──原氏

第1回本屋大賞の授賞式は会議室で開かれ、賞品は全国の書店員が店頭に飾った手書きPOPのスクラップ帳と10万円分の図書券のみ。授賞式というには簡素な舞台でしたが、小川氏は書店員の思いや、自身の作品が支持されたことに感動し、喜びの言葉を述べました。また、ノミネート作品の作家にも手書きの招待状を送ったところ、数名が受賞式に参加し、業界内でひとつの話題となりました。そしてこの翌年、第1回受賞作品の映画化が決定し、出版社が該当作の帯に『本屋大賞受賞』の文言を入れたのです。

第2回からは本屋大賞のロゴマークを出版社の帯に入れてもらうようにしました。授賞式はTVなどのメディアに取材され、受賞作品がまたも映画化されたことでも話題になりました。第3回の時点で、持続可能な活動にするための資金集めに着手し、出版文化に親和性のある企業を回った結果、大手企業がスポンサーとして支援してくださることに。そのおかげで、ようやくちゃんと会場を借りての授賞式を実現できましたね。

──原氏

そして本屋大賞は、一つの“文化”になった

第5回の本屋大賞開催を迎えた2008年。伊坂幸太郎氏の『ゴールデンスランバー』が受賞したことで、風向きは完全に変わります。実はこの少し前、伊坂氏は同作品で直木賞にノミネートされたにもかかわらず、自ら選考を辞退していたのです。

伊坂先生から『本屋大賞なら表彰を受ける』という返事をもらったあのとき、僕は心の中で『書店の現場から生み出したこの賞には、特別な価値があるんだ!』と快哉を叫びましたね。この年、『ゴールデンスランバー』はベストセラーとなり、国内外で映画化もされました。これ以降、本屋大賞は完全に定着し、一つの社会記号となっていき、他の業界でも『○○大賞』という賞が次々に誕生していきました。

──原氏
「2022年本屋大賞」の授賞式風景

こうして本屋大賞は「作家にとって価値ある賞」「ヒット作を生み出す注目の賞」と認識され、出版業界における一つのメルクマールとなり、社会においては一つの文化となったのです。

僕らは最初から、本屋大賞の未来を見据え、『第1回』という文言を入れていました。お金がなかろうが世間の反響が薄かろうが、やめることなんて一切考えなかった。ただただ『この賞からベストセラーを生む』というビジョンに向かって、できることをやっていったんです。書店員の皆さんと一緒に取り組んだ本屋大賞の成功体験が、今のケトルにつながっていると思いますし、僕自身、この経験がなければ今の自分はなかったと思います。

──原氏

2022年、本屋大賞は第19回を迎えました。現場の書店員が読んでほしいと思う作品を世に広め、新しい「本の文化」として根づいたこの文学賞は、現在までに多くのヒット作品やベストセラーを生み出し、出版業界に大きく貢献し続けています。

* * *

本書『手口ニュートラル 混沌を生き抜く思考法』では、世の中を沸騰させ続ける注目のクリエイティブエージェンシー・博報堂ケトルによる独自の思考法「手口ニュートラル」について、全6章に渡って解説。基本の思考法から、実践法、実用例から応用方法まで徹底的に紹介しています。

筆者について

うえの・まりこ。フリーランスのライターとして、人物インタビューを中心に雑誌媒体やWeb媒体などで執筆活動を続ける。起業家や経営者、著名人、企業人、企業人事、大学教授、各種専門家、学生まで、多岐にわたる分野の人々に取材を行い、過去19年間にインタビューした人数は2000人超となっている。

  1. 博報堂ケトルが生み出した「手口ニュートラル」とは? その思考法の基本を解説!
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