2016年、ドナルド・トランプが大統領になったことで、「これから日米の関係が危うくなるかもしれない」「アメリカは北朝鮮と戦争をするのではないか……」と、様々な情報が飛び交いました。また、北朝鮮がミサイルを発射したことが明らかになると「日本はこれに対しどのように体制を整えていくべきか」「武装して対抗しろ!」「いや、平和的な和解を目指すべき」など様々な意見が飛び交っています。
こうした問題が浮上すると、いろいろな政治思想を持った人たちが、それぞれの立場から意見を述べ行動に移していきますが、誰が何をどうして言っているのか理解するのはなかなか至難の業です。しかし、「問題」のテーマをゾンビにするだけで、急にそれがわかりやすくなってしまうという観点で書かれたのが、アメリカの国際政治学の権威が上梓した『ゾンビ襲来』という本です。
同書は複雑な政治思想を大きくリベラリズム、ネオコン、構成主義、リアリズムの4つに分類し、ゾンビ・パンデミックが起きたとき、各国はどんな対策を採り、どのような対応をするのか、何をすれば被害を抑え制圧できるのかが記されています。
しかし、なぜゾンビなのでしょう。存在もしないものの襲来を想定して国際政治を説く理由を、著者であるダニエル・ドレズナーは、同書の中で次のように述べています。
〈異なった国際関係論の理論家がそれぞれ、国際政治にとって何が重要であるかを明らかにする上で役立つのである。研究者が認めるかどうかは、ともかくとしても、すべての整合的な国際関係論の研究は、何らかのパラダイム的前提から出発している。アンデッドによる理論上の攻撃は、異なった理論的アプローチのそれぞれが、それに対していかに多様な予測を行うのかを露わにする〉
つまり、ゾンビというどこの国とも誰とも利害関係のない未知の存在が押し寄せてくるという出来事が、わかりづらい政治思想ごとの特性やスタンスを明確にしてくれるという画期的な側面が同書にはあります。歴史を勉強し、政治学を一から学び、様々な思想や立場を頭に叩き込まなくても、ゾンビをサンプルにするだけで、国際政治が学べちゃうわけです。
そして、さらにもう一つ学べるのは、もし現実にゾンビ(未曾有の事態)が現れたら、国家はいかに対処するべきかという指針です。多くのゾンビ作品は、ゾンビの存在がそのまま世界の終焉へと結びついてしまうことが多いもの。物語としては悲劇のラストは見ものではあるけれど、人類の終わりの瞬間になんか誰も立ち会いたくない。ただ、政策によって対抗することが可能なのであれば、戦わない手はないでしょう。現代に生まれた人間がいかにして未知の恐怖と戦うべきかという究極の理論が、同書には詰まっています。
◆ケトル VOL.38(2017年8月16日発売)
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