ヤクザマンションより愛をこめて

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著書『ルポ西成』『ルポ路上生活』など、体当たりの潜入取材を信条とするフリーライター・國友公司。
数年間にわたって新宿・歌舞伎町にある通称「ヤクザマンション」で暮らしていた彼は、愛すべき(?)はぐれ者たちとの出会いを通じて“人間の本性”を見つめ直す──。

※この記事は『クイック・ジャパン』vol.165に掲載の記事を再構成し転載したものです。

つい最近まで私が住んでいた歌舞伎町のとある集合住宅は、巷では「ヤクザマンション」などと呼ばれているらしい。そのマンションは、下層階はワンルームで構成され、上層階になるにつれファミリールームと称された広めの部屋が大半を占めている。

下層階のほとんどはレンタルルームという体をとった「格安のヤリ部屋」になっていて、マンションのエントランスに設置されている自動販売機ではコンドームが売られている。スタンダードな「オカモト」と、ホットに感じるゼリーが入った女子ウケを狙ったものと、2種類用意しているところが腹立たしい──。人が住む場所でそんなものを売るなと言いたくなりませんか。

上層階にはホストクラブの寮、風俗嬢の待機所、そしてヤクザの事務所が大量に入居している。朝になるとどう見ても堅気じゃない人たちがマンションに面した通りに並び、黒のアルファードで出勤する親分を待ち構えている。それが「ヤクザマンション」と呼ばれる所以でもある。

フリーのライター・編集者である私は、そんなヤクザマンションに住みながら実に適当な日々を送っていた。昼ごろに起き、にょろにょろと歌舞伎町を歩き、ルノアールで適当に仕事をし、ときどき歌舞伎町でできた友人たちと顔を合わせる。生まれてこの方、就職というものをしたことがなく、正直言って孤独だ。取引先の出版社には月に数回だけ出社をしている。正社員として働く人たちは同僚・部下・上司といった関係で結ばれ、切磋琢磨しながら楽しそうに仕事をしている。雑誌の校了前などは学校の部活のようだ。当然、そこに私の居場所なんかない。会社に行くたびに「同僚がいるってちょっとうらやましいな」と寂しい気持ちになる。するとだんだん会社から足が遠のき、さらに浮いた存在になっていくのだ。

覚せい剤よりもサウナのほうが気持ちいい

私の同僚みたいな存在といえば……まずパッと思い浮かぶのはヤクザマンションから自転車で5分ほどのところに住んでいる、元コロンビアマフィアの日本人の男でしょうか。約20年前、歌舞伎町の裏通りにはコロンビア人娼婦があふれかえっていた、といろんなところで書かれているけれど、この男こそ彼女たちを日本に連れてきた張本人である。コロンビアで金を稼いで帰国するついでに、現地でナンパした女たちも一緒に連れてきていたのだ。

彼はコロンビアマフィア時代に強盗なども経験し、拳銃を持った集団に襲われたこともあったそうだが、かなりの小心者でもある。彼と会うときはだいたい銭湯へサウナに入りに行くのだけど、初めて裸のつき合いをしたときに「國ちゃん(私のこと)、銭湯なんて20年ぶりに来たよ」と言っていた。彼の背中には物悲しそうな表情をした般若が刻まれているのだけれど、人に見られるのが恥ずかしくて、これまで銭湯に行きたくても行けなかったのだという。当然、サウナと水風呂のコラボレーションも初体験だったようで「覚せい剤は体に合わんかったけど、これは気持ちがいいよ!」とはしゃいでいた。私は彼のために、刺青OKの良きサウナを日々探し続けている。いまのところ彼の一番のお気に入りは、新高円寺の「ゆ家 和ごころ吉の湯」だ。

果たして、人間の本性とは

私が歌舞伎町に住みはじめて、4年が過ぎた。その日々で起きた出来事は『ルポ歌舞伎町』(彩図社)にまとめたが、「歌舞伎町を取材していて危険な目に遭わないか」と聞かれることが多い。いまのところ人目を気にせず歌舞伎町を歩けているのでこれといった危険はない。しかし、同書に登場する人たちのなかでもっとも危険な人物といえば、チョコレート屋を営むかたわら、ストーカー退治を生業としているチャーリーという男である。

日本の警察は、ストーカーの被害に遭っている人を守ってはくれない。直接危害を加えられてからでないと動いてくれないのだが、それではなんの意味もない。チャーリーは風俗店や風俗嬢などから依頼を受け、なにもしてくれない警察に代わってストーカー行為を続ける男に制裁を加える。チャーリーは依頼主からは金をとらない。ストーカーを拉致・監禁するなどした後に彼らから金をとっているのだ。

「いらないゴミが知らないうちに世の中から消えていることくらいなんでもないと思うんですよ」と言うように、チャーリーにはたぶん罪の意識はないと思う。私はその意見に賛同することはできないけども、チャーリーのことを「根は優しい人間」だと思っている。

人が悪いことをすると「本性を出した」とよく言われる。良い人が悪いことをするとそれが本性、悪い人が悪いことをするとそれも本性とみなされるが、私はちょっと疑問を感じる。なぜ人の悪いところばかりを本性だと思いたがるんだろうか。ストーカーを拉致するのもチャーリーの本性であるし、私に手作りのガトーショコラをプレゼントしてくれるのもチャーリーの本性である。

そんなことを、たまの出社で「よくもまあ週5日8時間勤務なんてクソつまらない生活をこの人たちは続けられるな」と正社員たちを蔑んでいる私が言ってみる。ちなみに彼らが困っているときは力にもなるし親身に相談にも乗る。どちらも私の本性だ。

◆國友公司
1992年生まれ、筑波大学芸術専門学群在学中よりライター活動をはじめる。著書に『ルポ西成』(彩図社)、『ルポ路上生活』(KADOKAWA)。最新刊『ルポ歌舞伎町』(彩図社)を2月28日に発売した。

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