文学と音楽が共鳴した90年代 「渋谷系文学」の記念碑的作品

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これまで日本で起きた音楽のムーブメントの中でも、非常に特異なものが「渋谷系」と呼ばれる音楽のブーム。メジャーシーンからは距離を置くだけでなく、音楽、ファッション、ライフスタイル、デザインなどが複合的に絡み合い、発展していくスタイルは唯一無二のものでした。

そして、「渋谷系文学」と呼ばれた作品もありました。1997年に出た阿部和重の『インディヴィジュアル・プロジェクション』(以下、『IP』)です。後に芥川賞を受賞する阿部の『IP』は、スパイ養成塾で訓練を受けた男が、プルトニウム爆弾をめぐった抗争に巻き込まれていく、というストーリー。渋谷が舞台になっており、西武ロフトや109 のように実在の場所がそのまま出てきます。写真家・グラフィックデザイナーの常磐響が手がけたスタイリッシュでセクシーな装丁も話題になりました。

しかし、それだけで「渋谷系文学」と呼ばれたわけではありません。創作の手法においても、ある種の共通点がありました。フリオ・イグレシアスやトニー・レオン、『グッドフェローズ』(1990年公開、マーティン・スコセッシ監督)など、特定の層に刺さる固有名詞の頻出。自覚的な表現形式と、批評的な内容。常磐響によるファッショナブルな写真。こういった情報をちりばめるリミックス的な感覚は「渋谷系」に通ずるものがあります。

『IP』に前後し、鈴木清剛や鹿島田真希のように新しい感覚で文学を書く作家が次々と登場しました。それらの総称は「J文学」、つまり「J-POP」を意識した名称です。「渋谷系文学」にせよ、「J文学」にせよ、どちらも音楽を意識した呼び方であることから、この時代の文化において、音楽の比重が大きかったことがうかがえます。

◆ケトルVOL.48(2019年4月16日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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