SM雑誌戦国時代を牽引した『S&Mスナイパー』 時代のニーズにマッチした編集方針

お知らせ
スポンサーリンク

今年1月、大手コンビニエンスストアが8月いっぱいで成人雑誌の取り扱いを止めることを相次いで発表。あと半月ほどで“エロ本”がコンビニから消える。そこで、風前の灯となったエロ本への感謝と惜別の意を込めて、アダルトメディア研究家の安田理央氏が上梓したのが、7月2日に発売された『日本エロ本全史』だ。

同書は1946年から2018年まで、日本のアダルト誌の歴史を創刊号でたどったもの。日本最大級のアダルト誌コレクターである安田氏が、自身のアダルト誌創刊号コレクションから、エポックメイキングな雑誌100冊をピックアップし、オールカラーで紹介している。風前の灯となったエロ本への感謝と惜別の意を込めて、同書から1979年創刊の『S&Mスナイパー』を紹介しよう。

1970年代はエロ雑誌のマニア化・細分化が進み、SM雑誌も活性化。1970年に創刊した『SMセレクト』が、大胆な緊縛カラーグラビアを掲載するなどエロ本的な編集方針を持ち込み、最盛期は15万部を超える大ヒット雑誌となると、『SMセレクト』に続けとばかりに、『SMファン』(司書房)、『S&Mコレクター』(サン出版)、『SMキング』、『S&Mスナイパー』(ミリオン出版)など、10誌以上が鎬を削るSM雑誌戦国時代が80年代まで続いた。

* * *
『SMセレクト』から始まる70年代SM誌創刊ラッシュの後発として参入するも、独自のスタンスを築き、以降のSM雑誌をリードしていったのが『S&Mスナイパー』である。

それまでのSM雑誌が共通して持っていた湿った土着的なムードから抜け出し、スタイリッシュなビジュアルセンスとサブカルチャー寄りの編集方針を打ち出したのが、当時の読者のニーズにマッチしたのだろう。時代は80年代を迎えようとしていたのだ。多くの読者にとってフィクションの世界でしかなかったSMをノンフィクション、つまり実際にプレイするものという姿勢を示したのも時代にあっていた。

創刊号では、まだ従来のSM雑誌のフォーマットを一部に残してはいるものの、大西洋介のイラストレーションによる表紙や、ポップでモダンな奥平イラのイラスト口絵、生活感あふれるリアルさを感じさせる荒木経惟撮影のモノクログラビアなどが、十分に新しさを感じさせてくれる。

2008年に休刊するまで、29年という長い歴史を持つ雑誌となった。現在は、WEBマガジン版の『WEBスナイパー』(2007年スタート)が引き継いだ形となっている。本誌も2016年に一度復活しているが単発に終わったようだ。ちなみに定期刊行のSM雑誌としては1982年に創刊し、2019年まで続いた『SMマニア』(三和出版、マイウェイ出版)が36年で最長の雑誌となる。

* * *
同誌では、“アラーキー”こと荒木経惟が、創刊号から休刊号まで緊縛グラビアを続けたほか、映画、本、音楽など、SMにこだわらないレビューもふんだんに掲載。SM雑誌が乱立したというのもスゴいが、その内容も一筋縄ではいかないものだったようだ。

『日本エロ本全史』(安田理央・著/太田出版)は2019年7月2日発売。3700円+税。

【関連リンク】
日本エロ本全史-太田出版

【関連記事】
ハダカ解禁が一気に進行! 日本初の本格ヌードグラフ誌『世界裸か画報』
末井昭ワールドが爆発 サブカル文化人が百花繚乱の成人誌『ウイークエンド・スーパー』
山田孝之がパンツ一丁で村西とおるに 『全裸監督』ティザー解禁
大きな胸を真面目に論考した書『巨乳の誕生』 発売記念イベント開催

※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

関連商品