酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡
特別編(後編)

『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(後編)を公開

学び
スポンサーリンク

自身もアルコール依存症の治療中で、数多くの自助グループを運営する文学研究者・横道誠さんと、「絶対にタバコをやめるつもりはない」と豪語するニコチン依存症(!?)で、依存症治療を専門とする精神科医・松本俊彦さんの、一筋縄ではいかない往復書簡「酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医の往復書簡」もいよいよあと一往復! そこで最終回を前に特別編をお送りします。『あなたも狂信する――宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究』を刊行した横道さんと松本さん、ふだんはお手紙のやりとりをしているおふたりに、「依存と宗教」「自助グループの未来にあり方」について対談形式でとことん語り合ってもらいました。その模様を前後編でお送りします。後編の今回は、回復における「物語の力」といまのマコト(横道さん)のお酒との付き合い方の現在地について。

語らうことへの希望と「物語の安易さ」への疑念

トシ 宗教2世の横道さんは、自助グループが「ハイヤーパワー」や「神」という言葉を使うことにびっくりしてしまったということだけれど、語らうことは諦めなかったんですね。

マコト 自助グループに通って最初はびっくりしたんですけれども、「12の伝統」という非常に洗練された規範があると気がつきました。営利目的で運営しないとか、メンバーの誰かが権力者になることを認めないとか。そういったルールを遵守しているところは、純粋に尊敬できる。回復モデルとして採用されている「12のステップ」に関しても、自分なりに心の整理をして新しい人生を作っていく「人生の物語を再構築する過程」と考えると、非常に合理的に思えます。

トシ そういうのって、例えば修士の時にはムージルを、博士の時にはグリム兄弟を研究されていて、「物語の力」を感じるとか、そういう経験があったんですか。

マコト もともとムージルを選んだ一番の大きな理由は、神秘主義の問題を合理主義的にというか、科学的思考法で考えるということを課題にしていた作家だったからなんですね。ただ、彼の代表作『特性のない男』を読んでいくと、物語というものへの認識が深まりました。この小説は「エッセイ主義」というやり方で書かれていて、物語がエッセイの連続なんです。個々の場面をエッセイ的に描いて、それが重なりながら物語が進行していくというもので、つまり従来型の物語のパターンを解体・再構築しているわけなんです。

いわゆる物語っていうのは、どんな場合であれ、何かしらうさんくさい要素を免れません。ある時点のある視点からはそうなるけど、別の時点の別の視点からはまったく別物の物語が立ちあがってしまう。そういう「物語的なるもの」への批判意識が、20世紀の初め頃、モダニズムと呼ばれる文学運動の中で高まっていて、ムージルはそのなかで創作に向きあっていた。その創作態度に対して、私は納得できるところがありました。

途中でムージルの研究を中断して、グリム兄弟の研究を始めたんですが、今度は民間伝承というものの物語性に対する考察を深めることができました。教養層の物語が民衆化したり、民衆の物語が教養層のものへと再構築されたり、男の語りが女によって語りなおされたり、逆に女の語りが男によって書きとめられたり。さらに、村上春樹の研究も始めました。それで、「世界文学」として影響力を持つ物語の力について考える機会なんかもありました。

そのあと、いまから数年前に休職して、福祉の支援施設に通って、生まれて初めて認知行動療法などに接触したんです。私にとって未知の分野でおもしろいと感じ、アマチュアなりに勉強をしたんですが、実際のカウンセリングの場面では、物語の安易さに悩まされました。「あなたはいまこう思ってるけど、こうこう考えてみたら、気の持ちようが変わるでしょう?」みたいなタイプの助言。医者に対しても心理士/心理師に対しても、私はその専門家として敬意は払うんですけど、物語の安易な再編みたいなやり方に納得できない場面にしばしば悩まされました。ひとことで言えば、当事者としての私も、文学研究者としての私も、私の人生に対する安易な物語化に対して抵抗しつづけた。カウンセリングでは、カウンセラーが導きながらクライエントが自分の物語を作りなおしていくという「ナラティブセラピー」と呼ばれる技法がありますけど、それもカウンセラーが望ましい物語に再編成していく気配を感じることがありました。

ところがAAでは、参加する当事者たちが苦悩しながら語っていて、自分にとって納得できる物語を自分の力のギリギリまで頑張って形にしていく様子に圧倒されることがありました。そこで、当事者の力っていうのを感じたんですよね。もちろん、ほかの参加者が聞いているから、その人たちに気を配ったりとか、あるいは怖くて喋れないっていう場合はあるはずなんですけれども、何回も通っているとそういうのがだんだんと取れてきて、何とかして複雑な物語を自分なりに安易ではない仕方で整理していこうとするようになっていく。少なくとも私自身の語りはそのようになっていきました。そして一方で、「神」や「ハイヤーパワー」が口にされる段階になると、いつも同じ話になっちゃうというか、安易な救済物語になってしまうということも、いつも気になっていました。カルト2世としても、文学研究者としても、それに納得することはできませんでした。

ですから、私がAAのような「12ステップ系」の自助グループから得たものというのは、ポジティブな驚きとネガティブな驚きの両方なんです。この世界をもっと知りたい、そしてじぶんが関わって、新しい自助グループのあり方を模索したい、という思いがふつふつと湧いてきました。

フラッシュバックは安全な場所で起こる

トシ 横道さんのアルコール問題というのは、そうした人生の中の、どのような局面から広がってきたんですか?

マコト 私が子どもの頃から父はずっと酒飲みで、休みの日には昼間から日本酒の一升瓶を飲んでいるような家庭だったんです。たぶん、遺伝的に父も私も肝臓がかなり強いんでしょうね。肝臓が強いからこそ、どんどん飲めて、それで酒飲みになってしまうと。

私はひとり暮らしを始めた19歳から、酒を飲むようになりました。虐待を受けた子どもにはありがちな事例だと思いますけど、親と暮らしているときには、フラッシュバックなんかはマシなほうでした。ところがひとり暮らしを始めたり、パートナーができたりすると、フラッシュバックが強烈に起こるようになってしまう。親の脅威がなくなって、安心できる環境になると、心に余裕ができたぶん、そこにフラッシュバックが荒れ狂っていく。これをなんとか収めないと眠れない、という状況になってしまって、毎日飲酒するようになりました。

タバコにいかなかったのは単純な理由で、その頃の恋人の女性にはいろんなものにアレルギーがあって、私が飲み会に行くと、周囲にタバコを吸った人がいただけでも、私の服の香りから発作を起こすような具合だったんです。それでタバコは私の選択肢から消えました。

トシ そうか。つまり生まれ育った親と一緒の環境から離れて、自分一人の環境になったときにいろんな蓋が開き始めて、それに対する対処としてアルコールが必要になってきたっていうことなんですね。

マコト はい。それが19歳ぐらいで始まって、30代までずっと続きました。大学院生の時代は、大学教員として就職して、生活基盤が安定したら良くなると思っていたんですけど、ぜんぜんそんなことはありませんでした。それまでは学校生活というものが自分に向いていないと思っていたんですが、実際には普通の成人男性として働く環境の方がよっぽど向いてなかったんです。これはカルト2世としての問題というよりは、発達障害者としての問題だとは思うんですけど。発達障害者って、学生時代まではうまくいっても、社会人として働きだしたら、まるで使い物にならなかった、っていうパターンが非常によくありますね。私はまさにそうだったんです。それで仕事のミスはいっぱいやらかすし、人間関係はうまくいかないし、フラッシュバックは止まらないしということで、30代のうちにどんどんメンタルが悪化していって。40歳で1年間休職しました。それで発達障害や依存症の診断を受けて自助グループの活動を始めるに至りました。

トシ なるほど。でも横道さん、文学研究者としてのキャリアは、29歳でちゃんと教職に就くところから始まっていて、これって人文系ではめちゃくちゃエリートですよね。

マコト 私の分野では、当時ものすごく早かったです。「アジアの奇跡」って言われました(笑)。

トシ  ですよね。研究者としては華々しいスタートを切ってるんですよね。

マコト その頃には仲間内で「生きた伝説」みたいな扱いもされましたけど、すぐに鬱状態になって、学会にもまともに出ない、論文もなかなか書けない、という閉塞状態に入りました。20代終わりぐらいから30代にかけてというのは、研究者の若いホープたちが博論にもとづいた本を出版して、バリバリ活躍して業界の顔になっていく、みたいなことが起こりますけど、私は就職して数年後には「あの人は今?」状態で、忘れられた存在になりました。

トシ あははは。休職期間と長い沈黙を経て、いまになってバンバン書いてるんですね。

いまのマコトのお酒との付き合い方

トシ で、今はお酒とはどんなふうに付き合ってるんですか。

マコト ご覧のとおり、いまお話ししながら飲んでいますけれども。

トシ  (笑)

(※担当編集者注 マコトは大体、夕方~夜に始まる打ち合わせの前半は酎ハイのロング缶、後半になると紹興酒なのかウィスキーなのか、茶色い液体の入ったショットグラスになるのが定番です)

マコト もともと発達障害に強い病院に通っていたんですけど、併用して依存症の治療のクリニックに通うようになり、そこのクリニックの先生の人柄が立派で、話をよく聞いてくれる人だったので、発達障害はどうせ治らないもんですから、依存症の専門クリニックだけでいいかなと思って、いまはそちらだけ通っています。いろいろと薬を試してみたんですけど、セリンクロが私にとっては向いていました。残念ながら飲まない日はないんですが、わりとすぐに酔いが回った感じになるので、そんなに深酒にならずに切りあげられるっていう感じですね。

トシ ああ、そうなんですね。じゃあ前に比べてずいぶんコントロールが効く感じになってるんですね。

マコト ぜんぜん飲んでる量が違うと思います。

トシ 書くときって飲むんですか?

マコト 典型的な一日では、まず朝起きてから書きます。脳がいちばんフレッシュなときを活用するわけです。で、しばらくしたら本を読んだり運動したり、風呂に入ったりして、脳の疲れを取り、昼になったら、また書きます。そのあとは読書など。夕方には酒を飲みはじめるんですが、飲むと体がリラックスするので、脳の疲れがリセットされた気分になりますから、それでまた書いています。

トシ なるほど。あの、横道さんの『あなたも狂信する』に書かれた自助グループの考え方って、誰か依存症の自助グループのメンバーや、あるいは専門家にこれまで話したことってあります?

マコト 私が自助グループでどういうことやってるかっていうのは『唯が行く!──当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版、2022年)という本にまとめて、そこで自助グループの解説なんかを書いたんですけど、そのときと今回の本だけだと思います。

トシ 僕は横道さん、すごく斬新なことを言ってるなぁと思って。患者さんからよく言われたんですよ。昔、僕、神奈川県の県立の依存症の専門病院にいるときに、AAに行きなさい、ってしょっちゅう言ってたら投書されたことがあったんです。県立病院の医師が宗教を勧誘している、って(笑) 神だとかハイヤーパワーとかのたまうところに行けって言うのは問題じゃないのか、と指摘されて。で、僕らも、いや、そんなことない、特定の神を言ってるわけじゃないんだよ、っていうふうに反論しながらも、ただやっぱり依存症の方たちにとって良い部分もある一方、傷つく人もいるし。それが、いわばハームリダクションなんだ、っていうのは、これは斬新だなって思って。学会でなんかでちょっと教育講演とかしてもらった方がいいんじゃないか、くらいに思ったんですけど。

マコト 発達障害の学会や研究会では講師として呼ばれるようになってきたましたので、あくまでも専門家としてではなく当事者として、こんなことを考えてます、ぐらいの内容でよければ、機会があれば、ぜひやらせてください。

トシ 僕、あんま学会活動が好きじゃなくて。一応役員とかやってるのに、ほとんどいつも欠席ばっかりしていて気まずいんですけど(笑)。ちょっとそういうチャンスがあったらぜひ設定させていただきます!

筆者について

まつもと・としひこ 1967年神奈川県生まれ。医師、医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業。神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。2017年より国立精神・神経医療研究センター病院薬物依存症センターセンター長併任。主著として「自傷行為の理解と援助」(日本評論社) 、「アディクションとしての自傷」(星和書店)、「自傷・自殺する子どもたち」(合同出版)、「アルコールとうつ、自殺」(岩波書店, 2014)、「自分を傷つけずにはいられない」(講談社)、「もしも「死にたい」と言われたら」(中外医学社)、「薬物依存症」(筑摩書房)、「誰がために医師はいる」(みすず書房)、「世界一やさしい依存症入門」(河出書房新社)がある。

よこみち・まこと 京都府立大学文学部准教授。1979年生まれ。大阪市出身。文学博士(京都大学)。専門は文学・当事者研究。単著に『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『唯が行く!──当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、『イスタンブールで青に溺れる──発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)、『発達界隈通信──ぼくたちは障害と脳の多様性を生きてます』(教育評論社)、『ある大学教員の日常と非日常――障害者モード、コロナ禍、ウクライナ侵攻』(晶文社)、『ひとつにならない──発達障害者がセックスについて語ること』(イースト・プレス)が、編著に『みんなの宗教2世問題』(晶文社)、『信仰から解放されない子どもたち――#宗教2世に信教の自由を』(明石書店)がある。

  1. 第1回 : へい、トシ!(横道誠)
  2. 第2回 : ヘイ、マコト(松本俊彦)
  3. 第3回 : 自助グループと地獄行きのタイムマシン(横道誠)
  4. 第4回 : 「ダメ。ゼッタイ。」よりも「回復のコミュニティ」(松本俊彦)
  5. 第5回 : 無力さの受容と回復のコミュニティ(横道誠)
  6. 第6回 : 「回復のコミュニティ」に必要とされるもの――周回遅れのアディクション治療(松本俊彦)
  7. 第7回 : 当事者イメージの複雑化と新しい自助グループを求めて(横道誠)
  8. 第8回 : 「困った人」は「困っている人」――自己治療と重複障害(松本俊彦)
  9. 第9回 : ヘイ、トシ(再び)(横道誠)
  10. 第10回 : 人はなぜ何かにハマるのか?(松本俊彦)
  11. 第11回 : 紳士淑女としての”依存”のたしなみ方(横道誠)
  12. 第12回 : 大麻、少年の性被害、男らしさの病(松本俊彦)
  13. 第13回 : 自己開示への障壁と相談できない病(横道誠)
  14. 第14回 : ふつうの相談、そしてつながり、集える場所(松本俊彦)
  15. 第15回 : 依存症と共同体、仲間のネットワークへの期待(横道誠)
  16. 第16回 : つながり再考――依存症家族支援と強すぎないつながり(松本俊彦)
  17. 特別編(前編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(前編)を公開
  18. 特別編(後編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(後編)を公開
  19. 第17回 : 依存症を引き起こすのは、トラウマ?ADHD?それとも?(横道誠)
  20. 第18回 : アディクションと死を見つめて(松本俊彦)
連載「酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡」
  1. 第1回 : へい、トシ!(横道誠)
  2. 第2回 : ヘイ、マコト(松本俊彦)
  3. 第3回 : 自助グループと地獄行きのタイムマシン(横道誠)
  4. 第4回 : 「ダメ。ゼッタイ。」よりも「回復のコミュニティ」(松本俊彦)
  5. 第5回 : 無力さの受容と回復のコミュニティ(横道誠)
  6. 第6回 : 「回復のコミュニティ」に必要とされるもの――周回遅れのアディクション治療(松本俊彦)
  7. 第7回 : 当事者イメージの複雑化と新しい自助グループを求めて(横道誠)
  8. 第8回 : 「困った人」は「困っている人」――自己治療と重複障害(松本俊彦)
  9. 第9回 : ヘイ、トシ(再び)(横道誠)
  10. 第10回 : 人はなぜ何かにハマるのか?(松本俊彦)
  11. 第11回 : 紳士淑女としての”依存”のたしなみ方(横道誠)
  12. 第12回 : 大麻、少年の性被害、男らしさの病(松本俊彦)
  13. 第13回 : 自己開示への障壁と相談できない病(横道誠)
  14. 第14回 : ふつうの相談、そしてつながり、集える場所(松本俊彦)
  15. 第15回 : 依存症と共同体、仲間のネットワークへの期待(横道誠)
  16. 第16回 : つながり再考――依存症家族支援と強すぎないつながり(松本俊彦)
  17. 特別編(前編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(前編)を公開
  18. 特別編(後編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(後編)を公開
  19. 第17回 : 依存症を引き起こすのは、トラウマ?ADHD?それとも?(横道誠)
  20. 第18回 : アディクションと死を見つめて(松本俊彦)
  21. 連載「酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡」記事一覧
関連商品