酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡
特別編(前編)

『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(前編)を公開

学び
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自身もアルコール依存症の治療中で、数多くの自助グループを運営する文学研究者・横道誠さんと、「絶対にタバコをやめるつもりはない」と豪語するニコチン依存症(!?)で、依存症治療を専門とする精神科医・松本俊彦さんの、一筋縄ではいかない往復書簡「酒をやめられない文学研究者とタバコをやめられない精神科医の往復書簡」もいよいよあと一往復! そこで最終回を前に特別編をお送りします。『あなたも狂信する――宗教1世と宗教2世の世界に迫る共事者研究』を刊行した横道さんと松本さん、ふだんはお手紙のやりとりをしているおふたりに、「依存と宗教」「自助グループの未来にあり方」について対談形式でとことん語り合ってもらいました。その模様を前後編でお送りします。前編の今回は、画期的な自助グループ観が提示された前編をお届けします。

自助グループはハームリダクションされた宗教!?

トシ 『あなたも狂信する』、最初はどんなふうに展開していくんだろうか、と思って読み進めていったんですが、新宗教やカルト宗教のいろんな経験者や脱出者の自助グループの語らいと横道さんの自身のストーリーとが入って混ざりながら、だんだんだんだんと論が深まっていく、という流れでしたね。過去からだんだん現在に来る、という。ぐいっと引き込まれました。

特に後半で依存症の話が出てきて。いくつも読みながらそうだよなぁって思った箇所がありました。僕は勝手に自分の問題と引き寄せちゃうんだけど、「ダメ、ゼッタイ。」みたいな啓発をして、大麻がすごく危ないんだ! ということを言ってる人ってカルト的だなぁって思う一方、 それに対してワーワー食ってかかってる自分もカルトかもしれないっていう風に感じて……。自分が信じてることがあやふやになってきたところに、横道さんが自助グループにもカルト的な要素はあるって指摘する。「神」や「ハイヤーパワー」への依存を促すところがある、と。ただ、統制されていて害は少なく、ハームリダクション(解説)の効果もあるっていうね。

実はハームリダクションという概念が出てきたときに、一番最初に反発したのは断酒会やAAの方たちだったんですよ。だって彼らは全く飲まないのに、いきなり節酒とか減酒とかいう概念が出てきて、一体何なんだ!? って。でも、「それがほんとうは正しいんだ。ハームリダクションなんだ」という説明がされるようになって。 これは。この言葉だけを切り取ると、従来の依存症業界の方たちからするとひっくり返っちゃうような意見でした。

で、横道さんの本を読んでいると、自助グループが宗教的ハームリダクションという説も、一理あるなぁと。横道さん自身のストーリーと、同じような当事者の方たちの語りの中で、最終的には納得しました。冷静に考えると過激な本なんだけど。やっぱり自分が信じたものっていうのは一度、疑ってみなきゃいけないし、僕も時々いろんなことを強弁しちゃうんだけど、もうそれはちょっと謹んで謙虚になろうというふうに思わされた、驚きの本でしたね。

マコト お褒めの言葉をたまわりまして、まことに恐悦至極に存じまする。

トシ 島薗進先生の自己啓発セミナーの研究を引用している箇所がありましたが、自己啓発セミナーでは「ゲーム」と呼ばれる、「論破する」みたいなことって結構やるんですか。

マコト 島薗先生は『精神世界のゆくえ』(東京堂出版、1996年)でそう報告されていましたね。あのあたりの記述はすごくおもしろくって、「スリリングに読める学術書」を体現しています。フィールドワーク系研究の本領発揮でした。

トシ ああいうふうガンガンガンガン問い詰める「ゲーム」っていうやり方は、実はシナノン(元AAメンバーのチャールズ・デテリッチが創始した、薬物依存症者の自助グループで、後にカルト教団化した)が作り出したんですよね。AAから分派して薬物の自助グループを作るという取り組みをやった人で、言いっぱなし・聞きっぱなしじゃなくて、ガンガン論破して自己崩壊を起こしてもう一回自己を作り直させるっていうやり方でした。その後カルト化して、武装集団みたいになっちゃったりとかして……。だから確かに自助グループには危うさみたいなものは内包されていて。言いっぱなし・聞きっぱなしとか、個人の売名をしないとか、政治活動にコミットしないとかって、本当に「ハーム」を減じるための工夫なんでしょうね。

「宗教2世」がAAに参加すると感じる戸惑い

マコト 『あなたも狂信する』は、体裁としては完全にアマチュアリズムの本です。私は本業が文学研究者ですから、じぶん自身の文献学的なプロフェッショナリズムには自負があるし、もちろんほかの分野の専門家に対する尊敬の念も深い。だからこそ、他分野に関わるときにアマチュアリズムを大事にしているんです。「エセ専門家」になってしまわないように、という配慮です。

私がこの数年で出すようになった、発達障害や宗教2世の本、分野で言えば心理学や福祉研究や精神医学に関係するような本は、本業の文学研究者からすると、「横道さん何やってるんだろう?」と思われることが多いだろうなと思います。ただ私なりに思うのは、文学研究って、そんなに長い歴史があるわけじゃなく、いまの形に落ち着いたのもこの二〇〇年くらいのうちでしかない。その前の文献学の伝統はずっと遡れますけど、それでも哲学、数学、物理学などのように古代から高度な水準に達していた、とかではありません。文学研究って、もっといろんな可能性があるんじゃないかと思っていて、当事者研究と混ぜあわせながらやるという実験を始めたわけです。

今回の本ではそのひとつの展開として、全体としては文献学的文学研究の味わいも残ってるんだけど、アマチュアとして心理学、宗教学、経済学について勉強した上で書きました。全体の章立ては心理学の概念で割り振っています。公正世界信念だとか、メサイヤコンプレックスだとか、コンコルド効果だとか。

私はキリスト教系カルトの宗教2世なので、若い頃に自分の受けた教育を一生懸命に相対化しようと思って、標準的なキリスト教や別の宗教、つまり仏教やイスラム教などを熱心に勉強した時期が長くありました。そういうことから、私は文学研究者になったけれども、基本的にはずっと宗教学的なものが念頭にあって、研究をやってきたことになります。ローベルト・ムージルによる神秘主義への取りくみとか、グリム兄弟の神話に対する関心と宗教意識の関係とかについて、たくさん論文を書きました。

私が自助グループを初めて経験したのは、発達障害の診断を受けてから、ちょうど半年後ぐらいです。福祉の支援者から、どうも横道さんを見てるとお酒との付きあい方が良くないんじゃないか、と言われまして。今は大丈夫だとしても、十年後にはちょっと危険かもしれない、依存症のクリニックに通ってはどうか、ということを言われました。私は、多くの酒飲みと同様に、自分が依存症だなんて思ったこともなかったんですよ。ところが、依存症のクリニックに通ってみると、とりあえず毎週映像を使った学習をしてくださいとか言われて、診察の後にビデオを見せられたんですね。

トシ はい。

マコト そこで、連続飲酒、毎日飲んでるだけでも依存症の入り口だ、と。その前の機会飲酒、機会があったら飲んでしまうのでも十分依存症の助走になってる、というのでびっくりしました。私はその頃、夕方になったら5、6時間飲み続けて、日付が変わったらようやくベッドに入るという生活でした。そういう生活を何年も続けてきて、睡眠障害にもなって結局休職してしまったんですけど、自分自身がどのくらい危ない状況かわかってなかったんです。依存症の治療に繫がることができて、実はすでにかなり危険な状態になっていたんだということを理解しました。その映像を使った学習が終わった後には、AAというものがあるから参加してみてほしい、このクリニックで出張版のミーティングをやっているから、と主治医に言われまして、それで参加したのが初めてだったんですね。

そうしたら参加者たちが「神さま」とか「ハイヤーパワー」とかの話をするので、あぁなんていうところに来てしまったんだ、と思って。こういうのがじぶんには一番ダメだったのに、と。

それなのに、私にとって無視することができない空間。依存症というのは、現代でも非常に治しにくいものですから、それで自助グループが機能してきたということですよね。百年ぐらい前にAAが生まれて仲間内の語り合いをすると、スリップしにくくなるということが経験的にわかってきた。発達障害(正式な医学名は「神経発達症」)も依存症に似ているところがあって、現在の医学では手術や服薬によって体のなかの「神経発達症」を除去するということが不可能です。それで、少なくとも日本では発達障害の自助グループが栄えています。私がそれらに参加するようになったのは、最初にクリニックでAAを体験してから、さらに半年後くらいのことです。

私はすぐにじぶんでも自助グループをあれこれ主宰するようになったのですが、なんとかしてAAとは違う方向性の自助グループを作っていきたかったんです。かんたんに言えば、私はカルト宗教の影響で苦しんできたので、私の場合はAAのミーティングに出たらトラウマが疼いて、かえって酒を飲んでしまう。逆効果が発生するわけです。ですから私が主宰するならば、なんとしても宗教色のない自助グループでなければならなかった。

ちなみに断酒会は、主治医から雰囲気が体育会系っぽいと言われて、参加したこともないのに行く気がなくなってしまいました。私は発達障害の子がよくあるように、いじめられっ子のタイプだったので、マッチョタイプからいじめのターゲットにされてきた子供時代があります。というわけで、AAとも断酒会とも違う自助グループを作っていけたらいいなと思いながら、自助グループの主宰者をやってきました。

トシ そうだよね。多分僕ら依存症業界の人たちは、いわゆる宗教2世と言われている宗教に傷ついた方たちがAAに行ったらどんなふうな思いをするか、なんて全く想定してなかったような気がするんですよ。いま「宗教2世」っていう言葉が流布されて、ようやく患者さんの中でも少し語ってくれる人が出てきたんです。それまでは患者さんから「ハイヤーパワー」や「神」といった言葉が気持ち悪い、ってていうふうに言われると、かつての私は、それは「否認」だとか、まだ「底つき」が足らないとか。冷静に考えるととても残酷なことを言ってたわけですよね。だから横道さんがびっくりして、これは大変なところに来てしまったっていうふうに思ったのは、もう本当にその通りだろうな、と。でも、横道さんは語らうことを諦めなかったんですね。

筆者について

まつもと・としひこ 1967年神奈川県生まれ。医師、医学博士。国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所薬物依存研究部部長。1993年佐賀医科大学医学部卒業。神奈川県立精神医療センター、横浜市立大学医学部附属病院精神科などを経て、2015年より現職。2017年より国立精神・神経医療研究センター病院薬物依存症センターセンター長併任。主著として「自傷行為の理解と援助」(日本評論社) 、「アディクションとしての自傷」(星和書店)、「自傷・自殺する子どもたち」(合同出版)、「アルコールとうつ、自殺」(岩波書店, 2014)、「自分を傷つけずにはいられない」(講談社)、「もしも「死にたい」と言われたら」(中外医学社)、「薬物依存症」(筑摩書房)、「誰がために医師はいる」(みすず書房)、「世界一やさしい依存症入門」(河出書房新社)がある。

よこみち・まこと 京都府立大学文学部准教授。1979年生まれ。大阪市出身。文学博士(京都大学)。専門は文学・当事者研究。単著に『みんな水の中──「発達障害」自助グループの文学研究者はどんな世界に棲んでいるか』(医学書院)、『唯が行く!──当事者研究とオープンダイアローグ奮闘記』(金剛出版)、『イスタンブールで青に溺れる──発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)、『発達界隈通信──ぼくたちは障害と脳の多様性を生きてます』(教育評論社)、『ある大学教員の日常と非日常――障害者モード、コロナ禍、ウクライナ侵攻』(晶文社)、『ひとつにならない──発達障害者がセックスについて語ること』(イースト・プレス)が、編著に『みんなの宗教2世問題』(晶文社)、『信仰から解放されない子どもたち――#宗教2世に信教の自由を』(明石書店)がある。

  1. 第1回 : へい、トシ!(横道誠)
  2. 第2回 : ヘイ、マコト(松本俊彦)
  3. 第3回 : 自助グループと地獄行きのタイムマシン(横道誠)
  4. 第4回 : 「ダメ。ゼッタイ。」よりも「回復のコミュニティ」(松本俊彦)
  5. 第5回 : 無力さの受容と回復のコミュニティ(横道誠)
  6. 第6回 : 「回復のコミュニティ」に必要とされるもの――周回遅れのアディクション治療(松本俊彦)
  7. 第7回 : 当事者イメージの複雑化と新しい自助グループを求めて(横道誠)
  8. 第8回 : 「困った人」は「困っている人」――自己治療と重複障害(松本俊彦)
  9. 第9回 : ヘイ、トシ(再び)(横道誠)
  10. 第10回 : 人はなぜ何かにハマるのか?(松本俊彦)
  11. 第11回 : 紳士淑女としての”依存”のたしなみ方(横道誠)
  12. 第12回 : 大麻、少年の性被害、男らしさの病(松本俊彦)
  13. 第13回 : 自己開示への障壁と相談できない病(横道誠)
  14. 第14回 : ふつうの相談、そしてつながり、集える場所(松本俊彦)
  15. 第15回 : 依存症と共同体、仲間のネットワークへの期待(横道誠)
  16. 第16回 : つながり再考――依存症家族支援と強すぎないつながり(松本俊彦)
  17. 特別編(前編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(前編)を公開
  18. 特別編(後編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(後編)を公開
連載「酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡」
  1. 第1回 : へい、トシ!(横道誠)
  2. 第2回 : ヘイ、マコト(松本俊彦)
  3. 第3回 : 自助グループと地獄行きのタイムマシン(横道誠)
  4. 第4回 : 「ダメ。ゼッタイ。」よりも「回復のコミュニティ」(松本俊彦)
  5. 第5回 : 無力さの受容と回復のコミュニティ(横道誠)
  6. 第6回 : 「回復のコミュニティ」に必要とされるもの――周回遅れのアディクション治療(松本俊彦)
  7. 第7回 : 当事者イメージの複雑化と新しい自助グループを求めて(横道誠)
  8. 第8回 : 「困った人」は「困っている人」――自己治療と重複障害(松本俊彦)
  9. 第9回 : ヘイ、トシ(再び)(横道誠)
  10. 第10回 : 人はなぜ何かにハマるのか?(松本俊彦)
  11. 第11回 : 紳士淑女としての”依存”のたしなみ方(横道誠)
  12. 第12回 : 大麻、少年の性被害、男らしさの病(松本俊彦)
  13. 第13回 : 自己開示への障壁と相談できない病(横道誠)
  14. 第14回 : ふつうの相談、そしてつながり、集える場所(松本俊彦)
  15. 第15回 : 依存症と共同体、仲間のネットワークへの期待(横道誠)
  16. 第16回 : つながり再考――依存症家族支援と強すぎないつながり(松本俊彦)
  17. 特別編(前編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(前編)を公開
  18. 特別編(後編) : 『あなたも狂信する』刊行記念! 往復書簡特別編(後編)を公開
  19. 連載「酒をやめられない文学研究者とタバコがやめられない精神科医の往復書簡」記事一覧
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