新人作家と新人編集者の危険な出会い/『ニュー・サバービア』刊行顛末記①

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今からちょうど1年前の2023年2月15日。ビビッドなライトグリーンの服を身に纏い、パンクバンドのミュージシャンのように長髪をなびかせながら、ひとりの若者が弊社のオフィスに現れました。私はその強烈な登場シーンを見て「これは只者じゃないぞ」と興奮したのを覚えています。その彼の名前は波木銅さん。デビュー作『万事快調〈オール・グリーンズ〉』で鮮烈な印象を残した新進気鋭の小説家です。

1月19日、波木銅さんの長編小説『ニュー・サバービア』が発売されました。大学在学中に松本清張賞を受賞しデビューした波木さんにとって、この小説が2作目となる長編となります。

一方で、この作品は私にとって書籍編集者としてのデビュー作でもあります。20代の時期から5年ほどユースカルチャー誌『クイック・ジャパン』の編集部で働いてはいましたが、文芸の世界では素人も素人、完全なる門外漢です。

商業デビューしたばかりの新人作家と、書籍経験ゼロの編集者。初期ステータスから危険な香りが漂う2人がどうやってタッグを組んで一冊の小説を作っていったのか。

著者である波木さんには多大なるご迷惑をおかけしましたが、これは「小説 編集 やり方」とググりながら関係者の前ではデキる編集者っぽく振る舞っていた私の大いなる反省文であり、この蛇足極まりない文章をきっかけにひとりでも多くの読者が『ニュー・サバービア』を手に取ってくれることを願った祈りの手紙でもあります。

「故郷についてのエッセイ」を書いてほしい

もともと『ニュー・サバービア』は、波木さんが故郷・茨城での青春エピソードを回想形式でつづるエッセイ――という連載企画でした。デビュー作の『万事快調〈オール・グリーンズ〉』を読んでそのドライヴ感あふれる文章にどハマりした私は「いつか波木さんと一緒に仕事してみたいな」とぼんやり考えてはいたものの、それはあくまで雑誌のコラム連載や単発のエッセイなどの想定で、まさか最終的に長編小説を刊行するとは思ってもいませんでした。

そして、遡ることちょうど1年前の2023年1月20日。『クイック・ジャパン』の連載が入れ替わるタイミングだったこともあり、「波木銅先生へのコラム執筆のお願い」という件名のメールを文藝春秋の担当者宛てに送りました。簡単に企画も考えて送っていたのですが、その概要がこれです。

<企画名>

「ニュー・郊外」(連載全3回)

<企画概要>

波木様のご出身地である茨城県日立市の風景とそれにまつわる記憶を通じて、令和の時代における「新しい郊外」の姿について考えるエッセイ企画です。『万事快調』で描かれていたような、波木様の視点から郊外で暮らす若い世代のリアルな心情を掘り下げていくような企画になればと思います。

今メールを読み返して気づいたのですが、企画タイトルは最初から『ニュー・郊外(サバービア)』でした。だいぶふわっとした企画ですね。まだデビュー作を読んだだけだったので、波木さんからどんな要望が来てもいいようにあまり趣旨をまとめずに提案した記憶があります。おそらく「地元のことを書いてね」ということだけは波木さんにも伝わったのではないでしょうか……。

噛み合わない打ち合わせ

そのメールから数日後、文藝春秋の担当者を通じて波木さん本人から返信があり、会社で打ち合わせをする流れに。会議室に現れた波木さんは腰まで伸びた長髪をなびかせ「初めまして〜」と爽やかに挨拶をしてくれました。私も波木さんほどではないものの当時はまあまあ長髪だったので「お、けっこう仲良くなれそうだぞ」と思いました。世の中にはなにか信念のある長髪と特に信念のない長髪(私)の2種類がいますが、いずれにしても長髪同士は仲良くなれるのです。

当時のクイックジャパンは基本的に連載コラムは3号分で完結、読者の評判がよかったり書籍の企画にできそうなものは継続していく、という方針だったため(今はその限りではありませんが)、まずは「3回の連載で地元についてのエッセイを書いてほしいです」と相談しました。波木さんはしばし考えたのち「……書けると思います」と小さな声で答え、それ以降は押し黙ってしまいました。慌てて「書くとしたらどんな感じのイメージになりそうですか?」と聞くと、「……まだわからないですね」とまた小さな声で答えました。

これはもしかしたらピンと来てないのか、と思い「もうちょっとテーマを絞ったほうがいいですかね、たとえば高校時代の友達の話とか」「上京してからの話も入れていいですよ」「帰省して地元を取材してみるとか?」と一方的に捲し立てたものの、波木さんは「……そうですね」「……なるほど」とますます小さな声で答えるのみ。これまでの少ない雑誌の経験に照らし合わせると、これは相当苦戦するパターンかもしれない、と頭の中でアラートが鳴り響きます。過去に頓挫してしまった連載や著者からの返事がまったく返ってこなくなった企画の苦い記憶も蘇りました。初対面の著者に「なんかちょっとノリが合わないかもですね……しゃべり方とか……」と笑顔でグサリと刺されたこともありました。編集者はたくさん傷ついて成長します。

一向に盛り上がらないラリーを続けたあと、最後に「いっそのことフィクションにしちゃったほうがいいですか?」と提案しました。すると「そうですね、フィクションのほうが書きやすいかもしれないです。エッセイの体をとったフィクションなら、いろいろ展開も思いつきそうですし」と初めて前向きな答えが返ってきました。

大いなる逸脱と期待

そして打ち合わせから1週間後、波木さんから連載の企画書を添付したメールが送られてきました。

自伝的なオートフィクションの形式を取り、三人称視点。郊外の街(地元)を舞台としつつ、序盤は虚実をないまぜにして(事実をベースとしつつ、二割程度のフィクション……「影響を受けた小説」として架空のタイトルを挙げるなど?を織り交ぜる)。ノスタルジーや、作家としての活動に影響を与えた過去の出来事についてなどを題材に、回想形式のエッセイ風に語る。

途中から時系列が現在を追い越し、未来のことが描かれるなど、後半に進むにつれてリアリティのラインが低くなっていく。最終的に、並行世界について書かれていたことが明らかになる。都市部と郊外における「得られる情報量の格差」をテーマに、SF的なフィクションの要素を交えつつ描く。

正直ほとんど意味はわかりませんでしたが、なんかワクワクしますよね。エッセイの依頼をしたはずが、自伝的SFオートフィクションになっていました。メールにも「今の段階ではエッセイの側面からやや逸脱してしまっている感じがあるため、問題がございましたらまた別の書き方を考えさせていただきます」と丁寧な文面が書かれていました。たしかに、想像を遥かに超える逸脱ぶりです。

問題は、これを3〜4ページ程度の連載×3回でこの壮大な構想を実現できるのか?という点でした。少なくとも3年くらいは連載しないと無理じゃないか……? 疑問も不安も山積みでしたが、面白くなるのは間違いない。期待に胸を膨らませ、ひとまず波木さんを信じて走り出すことにしたのです。

* * *

第2回につづく。
また、本書『ニュー・サバービア』の刊行記念イベントが3月3日(日)渋谷・大盛堂で開催決定! 著者・波木の恩師である額賀澪をゲストに迎え、“小説家師弟トーク”が繰り広げられます。作家を目指す方には特に貴重なトークイベントに、ぜひご参加ください。
※イベントには山本もスタッフとして参加しています

『ニュー・サバービア』刊行記念 波木銅トークイベント&サイン会

日時:2024年3月3日(日)15:00~16:30(開場14:40)
場所:大盛堂書店 3Fイベントスペース
   〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町22-1
出演者:波木銅、額賀澪(ゲスト)
※ご参加にはご予約が必要です。詳細は大盛堂書店ウェブサイトよりご確認下さい。