ブレーキはとっくに壊れている/『ニュー・サバービア』刊行顛末記②

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1月19日、波木銅さんの長編小説『ニュー・サバービア』が発売されました。大学在学中に松本清張賞を受賞しデビューした波木さんにとって、この小説が2作目となる長編となります。

一方で、この作品は担当編集にとっても書籍編集デビュー作でした。商業デビューしたばかりの新人作家と、書籍経験ゼロの編集者。初手から危険な香りが漂う2人がどうやってタッグを組んで一冊の小説を作っていったのか。

これは「小説 編集 やり方」とググりながら関係者の前ではデキる編集者っぽく振る舞っていた担当編集である私(山本)の大いなる反省文であり、この蛇足極まりない文章をきっかけにひとりでも多くの読者が『ニュー・サバービア』を手に取ってくれることを願った祈りの手紙でもあります。

構想通りには進まない

2作目の新人作家と文芸シロウトの編集者。噛み合っているのかどうかもわからない新人コンビは、大いなる不安と期待を抱えたまま『クイック・ジャパン』の2023年2月発売号から連載『ニュー・サバービア』をスタートさせました。第一回は、喫茶店で恋人とコーヒーを啜りながら主人公(波木さん)が地元の思い出を語る……という話です。「マジでほんとなんもなくて。貨幣制度や火を扱う技術もまだ発明されてなかったね。殺人も合法だったから、治安も最悪で……」。冒頭から波木節が炸裂し、地元ディスワードが次々と繰り出される非常にスリリングな展開。しかも連載初回の最後には、その故郷が原発事故で壊滅したことも明かされます(詳しくは『クイック・ジャパンvol.165』をチェックしてみてください)。

どうなるのかまったくわからないがこれはイケそうだぞ……という期待が膨らむ一方で、やっぱり連載3回じゃ絶対足りないだろ、と思いました。初回でカルト宗教や原発などすでに多くの伏線が張られ、しかも主人公の回想によって語られる故郷はすでに壊滅している。実は長編SF小説として書いてしまいました、と言われても全然おかしくありません。

無事に第1回が掲載されたあと、さっそく波木さんから第2回の構想が送られてきました。

第2回では第1回と同様、回想形式のフォーマットで会話相手や状況を別のもののにしつつ、虚実入り交じった内容を語る内容で、「事故で壊滅してしまった地元」というシチュエーションにフォーカスし、第3回ではフォーマットを変え、語り手≒自分が地元を直接訪れることになり、そこで事件に巻き込まれる……といった展開を考えております。

ここまで1か月ほどやりとりを重ねてきたので、この時点で3割くらいは理解できるようになっていますが、あまりにもニュアンスすぎる。そして構想の通りの原稿はおそらく上がってこないだろう、という確信も持ちはじめていました。

馬車道ハタリの登場

そして第2回で登場したのが、主人公・波木の地元の友人である馬車道ハタリ。態度も口も悪いがどこかチャーミングなこの登場人物が、のちに長編小説『ニュー・サバービア』の方向性を決定づける存在になります。

「ユニクロを着ているような人間は一流にはなれない。ましてや面白い小説なんて書けない。一生この町から出られないし、このまま老いて、忘れられて……死ぬ。ここにあるジャンク品のように!」

「ベトナムやバングラデシュの子どもや女性を搾取して安く作らせてるからお前が安く買える。搾取構造に加担してまで服代をケチりたいか?」

「それに上等なツラしてないんだから、服にくらい金かけなよ。どうせ親の金なんだから」

なんと一方的で痛快なセリフでしょうか。日々ユニクロの服を愛用している私は原稿を読んで「そこまで言わんでも」と呟きました。これらのセリフひとつとっても、馬車道という人物は暴力的なのに抜群にチャーミングで、もっと馬車道のめちゃくちゃな発言を聞きたい……と思わせてくれる。そして、もしもこの連載が続いていずれ書籍にできるとしたら、そう思える魅力的なキャラクターがいるというのはすごく大事なことだろうという朧げな予感もありました。

そして電話で連載第2回のちょっとした修正などを電話で相談するなかで「次が最終回ですけど、どうします?」と聞いてみました。すると波木さんは「主人公の波木が馬車道に殺されます」と答え、私はすぐに「オーケーです」と言いました。狂っています。もはや当初の依頼である「地元についてのエッセイ」は遠く彼方に置き去りにされ、気づけば私小説ともフィクションともつかない奇妙な連載が爆誕していました。

ただ私も波木さんもこのまったく着地の見えない連載をめちゃくちゃ面白がっていて、波木さんの書きたいイメージも私には到底想像もつかないスケールで膨らんでいて、それはおそらく雑誌の連載だけでは絶対におさまらないだろうと感じていました。

この先の展開はまったく予想がつかないけれど、雑誌の連載だけで『ニュー・サバービア』を終わらせてしまうのはあまりに惜しい。きっと連載で書かれている文章は壮大なイメージのうちのほんの一部分だけで、それは波木さんが書けば書くほど面白いものになっていくという予感がありました。そして編集者としてというよりも、読者として単純にこの物語をもっと読みたかった。

そしてこのとき「この連載を長編にできませんか?」と波木さんに初めて伝えたのでした。

波木さんも「これはやれそうです」と二つ返事で答えてくれました。

行けるところまで行ってくれ

案の定、3回の連載ではだいぶ駆け足になってしまった部分があったので、そうした部分をひとつひとつ検討していくと、長編として書くなら連載時のキャラクターなどは一部引き継ぎつつ、もはや物語は最初から書き直したほうがいいだろうという結論になりました。

そして3回の連載を終えたのち、波木さんと私は長編小説に向けたWeb連載のプロット作りに取り掛かりました。Web連載という形をとったのは、定期的に締切があったほうが書きやすいという波木さんの意向と、Webなら雑誌のときのような文字数の制限に苦しむことがないだろう、という判断です。

波木さんはいい意味で編集サイドの意見をあまり気にしていないようで、私も波木さんの思い描く物語の壮大なスケール感をなるべく生かしたいと思っていたので、多少の矛盾や飛躍があってもプロット段階ではほとんど手を加えることはありませんでした。連載がはじまってから私の編集者としてのブレーキはとっくに壊れており、もはやこのスピードとスケール感で行けるところまで行ってくれ、できるならこのままの勢いで書き切ってくれ、と祈るような気持ちでした。

唯一、波木さんに私から提案したのは「馬車道を主人公にしてみてはどうですか?」ということ。いい意味で空気が読めず自分の思ったことを直接口にし、素行も態度も悪いものの思考や行動には信念に基づく一貫性があり、そのせいですごく生きづらそうな人物。この馬車道が思う存分に暴れ回ったら、きっとめちゃくちゃ面白い小説になる――。

波木さんも同じように馬車道というキャラクターに可能性を感じていたようで、馬車道を主人公に据えて物語を進めていくことになりました。

「小説 編集 やり方」

とはいえ長編小説の編集などしたこともない私は自分のアイデアにまったく自信が持てず、しかも成り行きとはいえ波木銅さんの受賞後第一作を担当することになり、それなりに大きなプレッシャーを感じていました。具体的には夜中に「小説 編集 やり方」「文芸 編集者 仕事」などのワードで検索し、上位にヒットしたまとめサイトや文芸誌の有名編集者のインタビューを片っ端から読んでますます自信を失ったりしました。

社内のベテラン編集者たちにも「どうすれば売れる小説が作れるのでしょうか?」とバカ丸出しの質問をしてみたところ、誰に聞いても20年以上前に弊社で爆発的ヒットを記録した小説『バトル・ロワイアル』の話を壊れたラジオのように繰り返すばかりで、参考にはなりませんでした。というか『バトル・ロワイアル』しかないんかい。

真面目な話をすると、三宅隆太『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』(新書館)という本を先輩に借りて隅々まで読みました。ストーリー構成の基本的な考え方や起承転結を作る上でのありがちな失敗などが詳細に書かれていて、これ一冊読めばまあなんとかなるやろという気分になりました。編集者が持つべきは良い本を貸してくれる先輩。借りパクしたままでごめんなさい。

少し脱線しましたが、「とにかく鉄は熱いうちに打て」と連日波木さんとメールや電話でやりとりし、長編のプロットをまとめていきました。しかも私はその勢いで「ひとまず2週間に1回、2万字くらいのボリュームで連載を書き進めたら3か月後には連載が完結して、今年中に本が出ますよ」というめちゃくちゃなことを言いました。理論上はたしかにそうですが、ちゃんとした編集者なら絶対にそんなことは言わないと思います。私も今はそんなこと言いません。ぶん殴られても文句は言えない相談でしたが、波木さんもよくOKしてくれたものです。

そんなわけで『クイック・ジャパン』での3回の連載を終えた2023年の6月から、新生『ニュー・サバービア』の連載がものすごいスピード感でスタートしました。

* * *

第3回へつづく。
また、本書『ニュー・サバービア』の刊行記念イベントが3月3日(日)渋谷・大盛堂で開催決定! 著者・波木の恩師である額賀澪をゲストに迎え、“小説家師弟トーク”が繰り広げられます。作家を目指す方には特に貴重なトークイベントに、ぜひご参加ください。
※イベントには山本もスタッフとして参加しています

『ニュー・サバービア』刊行記念 波木銅トークイベント&サイン会

日時:2024年3月3日(日)15:00~16:30(開場14:40)
場所:大盛堂書店 3Fイベントスペース
   〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町22-1
出演者:波木銅、額賀澪(ゲスト)
※ご参加にはご予約が必要です。詳細は大盛堂書店ウェブサイトよりご確認下さい。