プランは崩壊し、編集者は宇宙へ投げ出された/『ニュー・サバービア』刊行顛末記③

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1月19日、波木銅さんの長編小説『ニュー・サバービア』が発売されました。大学在学中に松本清張賞を受賞しデビューした波木さんにとって、この小説が2作目となる長編となります。

一方で、この作品は担当編集にとっても書籍編集デビュー作でした。商業デビューしたばかりの新人作家と、書籍経験ゼロの編集者。初手から危険な香りが漂う2人がどうやってタッグを組んで一冊の小説を作っていったのか。

これは「小説 編集 やり方」とググりながら関係者の前ではデキる編集者っぽく振る舞っていた担当編集である私(山本)の大いなる反省文であり、この蛇足極まりない文章をきっかけにひとりでも多くの読者が『ニュー・サバービア』を手に取ってくれることを願った祈りの手紙でもあります。

脅威のスピードで連載は走る

波木さんが作り上げた壮大な世界観のプロットをもとに、いよいよOHTABOOKSTANDでの連載がスタートしました。『ニュー・サバービア』第二章の幕開けです。

2週間に一回、2万字という脅威のスピード&ボリュームで小説の断片が送られてくる。毎回驚くような展開が用意されており、重量感のある言葉の塊を頭の中にブチ込まれる感覚でした。どれだけ他の作業が重なっていても、波木さんからのメールが届くとすぐに原稿ファイルを開いて読みたくなってしまう。当初作ったプロットをも置き去りにして馬車道は自転車で爆走し、予測不能な方向へ飛躍する。私は必死にその後ろを追いかけていきます。ある時は電車の中で、ある時は取材先の控室で、私はその原稿を貪るように読みました。

物語の一応の着地は設定していたので、この頃になると波木さんの原稿の傾向もわかってきて、波木さんが話す言葉も4割くらいはわかるようになってきました。私がやることといえば細かい矛盾点の指摘とゴールに向けた微修正くらいのもの。とはいえあまりに展開がスピーディかつダイナミックなので、全体の整合性は後回しです。長期の連載はよく長距離走に例えられますが、波木さんの場合は400m走をインターバルなしで何度も駆け抜けているような感覚でした。

波木さんはその勢いを保ったまま3か月の連載(全6回)を走り切りました。ラストシーンは圧巻です。私はそのまま波木さんの宇宙に放り出され、その無重力空間の中でこれはもう最高の小説になるだろうと確信し、頭の中で書籍の装丁や帯、そして書店に並ぶ様子を思い描いて浮かれていました。2作目となる以上「デビュー作を超える」という目標も明確に生まれました。

連載中は無敵の鉄人のように見えた波木さんも「なんとか書き切りましたね……」とさすがに疲弊した様子でした。私はこのとき9割は完成したも同然というつもりでしたが、実際にはそんなはずもなく、ここから単行本化に向けた怒涛の修正作業が始まりました。400m走6本を走り切った波木さんは、休む間もなくフルマラソンを走り出します。ここまでくると編集者にできることはメディカルチェックと給水のみ……なんていうことはなく、私はこの怪物のような原稿の塊を最高の形にパッケージして世に送り出すべく、デザイナー探しの旅に出ます。

ストロングスタイルの装丁家

波木さんの物語の持つ圧倒的なエンターテインメント性と、ハードボイルドな人物造形がひと目で伝わる意匠にしたい。おそらくそれは写真やタイポグラフィではなく、強烈なパワーのあるイラストだろう……という確信があり、小説よりもコミックのような佇まいが似合うのではないかとぼんやり妄想しました。そこでメールを送ったのがデザイナーの森敬太氏です。森氏は数々の素晴らしい漫画の装丁を手がけており、そのすべてにおいて表紙はもちろん帯のデザインの隅々まで迫力があってカッコいい。モノとして手元に置いておきたくなる本を生み出す天才です。あとものすごくオシャレな人というイメージがあったので、普段は部屋着のスウェットのまま出社している私もちょっといい服を着て打合せに向かおうと思いました。

さっそく森敬太氏から返信があり、板橋区の事務所で打合せを設定。まだ小説の形になっていない連載原稿の分厚い束をメール便で送りつけ、この世で最もおいしい焼き菓子である代々木上原『ナタ・デ・クリスチアノ』のエッグタルト6個入りを差し入れに意気揚々と東武東上線に乗り込んだのでした。実は社外でまとまった原稿を読んでもらった最初の人が森敬太氏だったので、感想もかなり気がかりでした。デザイナーが中身にノッてくれないと本作りは難しい……というのはこれまでの雑誌の経験からうっすらと感じていました。

あいさつもそこそこに開口一番、森敬太氏は「めちゃくちゃ面白かったっすね!!」と興奮気味に語り、第一関門はクリア。「で、ラフももう考えてまして……」とラフイメージも見せてくれました。こういう場合は最初に複数パターンのデザイン案を用意していただく場合が多いですが、森敬太氏の提案はひとつだけというストロングスタイルでした。

しかし、それは私が思い描いていた本のイメージとドンピシャでした。しかも「イラストはこの人にお願いしたいんですよね」と森敬太氏が提案してきたのは、私も第一候補として考えていた画家の高木真希人さん。『クイック・ジャパン』で何度も仕事をお願いしたことのある旧知の仲でもあり、こんなシンクロが生まれるのかといたく感動。これは絶対にカッコいい本になると自信を持った私は森敬太氏と固い握手と熱い抱擁を交わして板橋区をあとにしました。

『バトル・ロワイアル』は素晴らしい

そして高木真希人氏にもまずは原稿を送ってみたところ「読んでいてとても痛快で、現実を押し開く力のある想像力に感服しました」と長文の感想が届きました。装画の制作も快く引き受けていただき、もう私はこの時点で完全に成功を確信していました。あとは波木さんが修正作業を重ね、高木真希人氏が素晴らしい絵画を描き、森敬太氏が完璧なアイデアで具現化する……。私はただひたすらに寝そべってそれを待つのみです。この間、私はたまに波木さんに電話をかけては「どんな感じですかね?」などとのたまったりしましたが、ちょっとウザがられてるだろうなと思いました。

初めて小説のゲラが上がってきた日には急に不安に襲われ「これ、どうやったら本になるんですかね?」とベテラン上司に聞いてみたところ、詳細はよく覚えていませんが「結局なんとかなるよ」みたいな答えでした。『バトル・ロワイアル』の話もされたと思います。そういえば初めての担当書籍なのに会社からほとんどなにも教わってないぞ。でも『バトル・ロワイアル』がいかに素晴らしい作品かというのはわかりました。映画しか観たことないので今度読んでみよう。

そしてついに原稿が完成。私は波木さんの作り上げた物語の世界に没頭しました。小学生のころ、図書室で夢中になって『ハリー・ポッター』や『ダレン・シャン』を読み漁っていたときのように。この小説が形になって全国の書店や図書館に並び、小学生には難しいかもしれませんがどこかの10代の若者がそれを手に取って、夢中になって読んでくれるだろう……と考えるだけでワクワクしました。雑誌の小さな連載から始まった企画が、多くの人の手によって小説という形になることに純粋に感動していました。

実は原稿が完成した時点で制作スケジュールはかなり崩壊していましたが、会社の都合でなぜか発売が1か月延びるという幸運にも恵まれことなきを得ました。

無事に刊行、そして

デザイン素材入れから仕様決定、印刷入稿、校了、下版までの流れはすべて森敬太氏が丁寧に教えてくれました。製本のことは毎回『クイック・ジャパン』で多大なるご迷惑をおかけし貴重な寿命を削らせていただいているシナノ印刷の鶴田さんが丁寧に教えてくれました。本当にありがとうございます。

小説の構成については三宅隆太『スクリプトドクターの脚本教室・初級篇』ですべて学びました。『中級篇』もすごく面白かったです。いつか出るかもしれない『上級篇』を楽しみに待っています。

内容については、発売直前に会社のメルマガで書いた原稿が残っていたのでここに引用します。

10代の記憶をたどったときに最初に思い浮かぶのは、畑の真ん中を走る外環自動車道が図々しく視界を塞ぐ故郷の風景でした。それは私の鬱屈とした記憶と結びついていて、思い出すたびやるせない気持ちになります。文化と切り離された思春期、東京は近いようで恐ろしく遠く、私にとって故郷はまさに“悪い場所”でした。

「私は変わりたかったよ。変えなきゃいけないところを変えられないまま、いろんなものを失っちゃった。この町と同じだね」(本文より)

1月19日、波木銅さんの松本清張賞受賞後第一作となる新作長編『ニュー・サバービア』が刊行されました。原発のある片田舎の町で、小説家を夢見ながら退屈な日々を送っていた主人公の馬車道ハタリ。上京し数年が経ったある日、彼女のもとに見知らぬ作家の私小説の原稿が届く。そこには原発事故で壊滅した故郷にまつわる、彼女の重大な秘密が描かれようとしていた――あらすじはこんな感じです。作品の立ち上げから著者と何度も打ち合せを重ねていくうちに、馬車道が語る故郷の風景が、私の記憶の中の風景にどんどん重なり合っていきました。知らない街のはずなのに、10代のころに見てきた景色とそれに伴う痛みが鮮明に蘇ってくるのです。

終盤、馬車道はある使命を胸に、自転車を漕いで忌まわしき故郷へと帰省します。夢を諦め、労働に追われ、「変われなかった」とぼやきながら、彼女は目の前の敵をなぎ倒してひたすらに突っ走る。その姿はとてもたくましくて痛々しくて爽快で、かつての私と同じような鬱屈とした郊外の若者たちをきっと勇気づけてくれると思います。

このあとも実はたくさんの些細なトラブルやミスなどが多数発生し幾度となく床に崩れ落ち社内で絶叫しましたが、幸いにも致命的な失敗はありませんでした。波木さんは壮大な物語を最後まで書き切り、高木さんは素晴らしいイラストを描き上げ、森敬太氏がそれを最高の形に仕上げてくれました。帯の推薦コメントは敬愛する樋口毅宏先生に書いていただきました。「樋口毅宏推薦!」という文章が世界一似合う本だと思っています。

完成した書影はこちら。装丁=森敬太(合同会社飛ぶ教室)、装画=高木真希人

こうして1月19日、波木銅さんのデビュー2作目となる小説『ニュー・サバービア』が書店に並びました。少しずつSNSで読者の感想を読めるのがとてもうれしく、これからは重版、そして本屋大賞受賞を勝手に目指してガンガン宣伝していきます。

そして完成した本をまっさきに送ったのは、波木さんの大学時代の恩師である小説家・額賀澪さんでした。波木さんが松本清張賞に応募したきかっけを作った人物であり、偶然にも私が前職で広報パンフレットやフリーペーパーを作っていた際にお世話になった先輩でもあります。波木さんと額賀先生とのトークイベントは3月3日(日)開催ですのでぜひ。

以上が私の小説編集の初体験です。編集者が担当小説について語るというのはあまりにも蛇足だなと書きながら何度も思いましたが、ひとりでもこれをきっかけに『ニュー・サバービア』を手に取っていただけたらこの上ない喜びであります。

* * *

『ニュー・サバービア』刊行顛末記、おわり。

また、本書『ニュー・サバービア』の刊行記念イベントが3月3日(日)渋谷・大盛堂で開催決定! 著者・波木の恩師である額賀澪をゲストに迎え、“小説家師弟トーク”が繰り広げられます。作家を目指す方には特に貴重なトークイベントに、ぜひご参加ください。
※イベントには山本もスタッフとして参加しています

『ニュー・サバービア』刊行記念 波木銅トークイベント&サイン会

日時:2024年3月3日(日)15:00~16:30(開場14:40)
場所:大盛堂書店 3Fイベントスペース
   〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町22-1
出演者:波木銅、額賀澪(ゲスト)
※ご参加にはご予約が必要です。詳細は大盛堂書店ウェブサイトよりご確認下さい。