『鉄拳』のVR版 なぜ自分がファイターになって戦う形にならなかった?

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プレイステーション(PS)と共に歩み、今や対戦格闘ゲームの象徴ともなった『鉄拳』シリーズ。近年のゲーム界のキーワードはバーチャルリアリティ(VR)ですが、『鉄拳』はVRとどう向かい合ってきたのでしょうか? 鉄拳シリーズに四半世紀にわたって携わってきたプロデューサーの原田勝弘さん(バンダイナムコエンターテインメント)は、『ケトルVOL.51』でこのように語っています。

「最新技術を追い続けるという意味で、VRにも早い段階から取り組んできました。オキュラスリフトが話題になる前に開発機を手に入れて、いろんなアイデアをスタッフと出し合っていました。そこで生まれたのが『サマーレッスン』。PSVRが業界向けにアナウンスされた際、真っ先に持っていった企画です。

あれはゲーム内キャラクターがプレイヤーを意識して、こっちに近付いたり、話しかけてきたりするゲームです。初めてヘッドマウントディスプレイを被ってみたときから、他人が自分のパーソナルスペースに入り込んでくるという体験は、絶対にインパクトがあるものになると言い続けていたので、それを実現してみたんです」

これまでは“平面”で楽しんでいた世界観を“空間”として楽しめるのがVR。常に新たな挑戦を続けてきた鉄拳の開発陣がVRに挑戦するのは必然ですが、開発作業は一筋縄ではいかなかったそうです。

「最初は失敗から始まりました。というのも、当初は『鉄拳』のVR版で自分がファイターになって戦える企画を考えたんです。実際にプロトタイプも作りました。ブライアンという強面のキャラクターと対峙するゲームです。しかしプレイしてみたら、体験してみた全員が数分で、『迫力ありますね! でも、ゲームとしては嫌です』という判断になりました。よく考えたら、これは他人にケンカを売られるという体験に近いので、プレイヤーにしたら恐怖なんですよね。

じゃあ、どういった体験だったら他人にパーソナルスペースを侵害されても、不快ではない良いドキドキ体験になるのか。その試行錯誤のなかで別の企画とVRを合体させて生まれたのが『サマーレッスン』でした。

『サマーレッスン』にはキャラクターにリアリティを感じてもらうための工夫がたくさん入っています。わざわざレンズを多重構造にして、目に光の屈折まで入るようにしてみたり、手の指にシワを入れてみたり。それだけに視覚的なリアリティの追求としては新鮮さを与えられたものの、ゲームとしての面白さの追求では、まだまだこれからだと思っています」

そして「今後はAIの進化が鍵を握る」と語る原田さん。一方で、ゲームの外側の体験をいかに取り込んでいくかが課題だそうです。

「『鉄拳』は世界大会を行っているのですが、近年はパキスタンやペルーといったそれまで無名だった国の選手たちが躍進しています。各地の大会で世界チャンピオン経験者たちが圧倒されている。インフラが満足に整っていないような国の選手たちが、いかに『鉄拳』を知り、いかにトレーニングをしてきたか。そういう背景はドキュメンタリー映画としても成立するくらい感動的なストーリーになると思っています。

このゲームの外側で起こっているプレイヤーたちのドラマを、なんとかしてゲームの中に取り入れたい。大会を観戦するようなコアなファンだけじゃなく、『鉄拳』を買った人みんなに知ってもらえるようにしたいんです。プレイヤーに体験を与えるだけでなく、プレイヤーの体験をゲームの中で知っていけるような仕組みを取り込んでいくことで、『鉄拳』というゲームの体験はもっともっと豊かなものになると思っています」

まだまだ進化を遂げそうなゲーム業界ですが、チャレンジへの意欲を失わない原田さん。これからも我々を驚かせ、楽しませてくれるゲームを届けてくれそうです。

◆ケトルVOL.51(2019年12月17日発売)

【関連リンク】
ケトル VOL.51-太田出版

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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