『うしおととら』や『からくりサーカス』などの作品で知られる漫画家・藤田和日郎さんは、週刊少年サンデーで『双亡亭壊すべし』というモダンホラーを連載中。同作には、リチャード・マシスンの『ヘルハウス』や、美術教育を受けていない人や精神障害者などによって手掛けられたアウトサイダー・アート、そして敬愛するスティーヴン・キング作品などのエッセンスが随所にちりばめられています。藤田さんにとってホラーはどんな存在なのでしょうか? ケトルVOL.52でこう語っています。
「僕にとってホラーは創造の原点であり、大切なエネルギー源。どんなに明るいキャラクターが登場する作品であっても、その根底にはホラー的な要素が必ず存在しています。というのも、僕の描く漫画は闘争をテーマにしているのですが、そこには『こんな恐ろしい奴がいたらやっつけたい』という強大な敵の存在が必要になるから。その時に頼りにするのが、少年時代から慣れ親しんだホラーの小説や映画なんです」
藤田さんとホラーとの出合いは、1970年代までさかのぼります。当時、日本では空前のオカルトブームが巻き起こっていました。ノストラダムスの大予言やネッシー、ユリ・ゲラーのスプーン曲げなどが話題を集め、さらに『エクソシスト』や『オーメン』といったホラー映画が大ヒットを記録。友人たちと一緒に映画館へよく足を運んでいた藤田さんが本屋で巡り合ったのが、キング作品の一つ『ファイアスターター』でした。そして、何かに導かれるようにキング作品を手に取った藤田さんは、その後さらなる衝撃を受けることになります。
「超能力モノってSF作品の定番だからこそ、新しい概念や不思議さを前面に押し出す傾向が強いと考えていたんです。ところがキングはそれに終始せず、個性豊かなキャラクターを登場させて心情の変化をありありと描いていました。それが僕にとってはすごく新鮮で。しかも、すごく泣けたんです。SF作品を読んで怒りや怖さを感じることはありましたが、涙を流す経験なんてそれまで一度もなかったので、なおさら魅了されましたね」
◆最悪な結末を書けるキングは精神的な体力がありすぎる
すっかりキング作品の虜になった藤田さんは、『呪われた町』『シャイニング』『キャリー』などの初期作品はもちろん、『骸骨乗組員』や『神々のワードプロセッサ』といった中短編集に至るまで読み漁ったそうです。そして、読めば読むほどキングの偉大さを感じるようになったそうです。
「キングは精神的な体力がありすぎるんですよね。主人公が悲劇的な結末を迎える物語がいくつかあるんですけど、そういう作品ってハートの強度が高くなければ書けないんですよ。僕自身、登場人物の幸せなひとときを描いた後に不幸のどん底に落としたり、死んではいけないキャラクターを死に追いやったりしたことがありますが、精神的なダメージは相当なものでした。それくらい作者は登場人物に感情移入するものなんです。だから、主人公をこれでもかというくらい過酷な状況に追い込むキングは本当にすげえよなといつも思っています。しかも作品によっては、僕の考える100倍は嫌な終わり方をしますし」
人が想像しうる最悪の結末を本当に用意してしまうのは、キング作品の特徴の一つでもあります。そんな藤田さんが選ぶ「最も恐怖を感じたタイトル」は何だったのでしょうか?
「正直なところ『一番怖いものは幽霊じゃなくて人間だ』という結論はあまり好きじゃないんです。どうせなら、しっかり超常現象も含めて全部怖がりたい。そう考えている僕でも怖いと思ったのは『ミザリー』ですね。お気に入りの作品を作家が汚すことが許せないファン心理もわかるし、書き続けるためならどんなことでもするという作家の気持ちもわかる。それは自分自身が漫画家なのでなおさら。ちょっと模範解答すぎて恥ずかしいのですが(笑)」
藤田さんの作品のファンは必読の1冊のようです。
◆ケトルVOL.52(2020年2月16日発売)
【関連リンク】
・ケトル VOL.52-太田出版
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