今や本好きの人に限らず、広く「学びの場」として人気な読書会。ひとりではなく「みんなで読む」ことで、どんなメリットがあるのでしょうか? 2006年に名古屋で誕生した「猫町倶楽部」は、年間のべ9000人が参加する日本最大の読書会コミュニティ。代表の山本多津也さんが行った工夫は、読書会の課題本に表れています。経営勉強会として始まったものの、ビジネス書は少なめで、メインは文学の古典や名著といった手軽には読めない本がほとんど。選書の基準は「脳が汗をかく本」としています。
「猫町倶楽部を始めた頃はビジネス書ブームでしたが、僕は当時から、そのうち文学が読書のど真ん中に来ると予感していました。これは『読書会のメリットとは何か』に関わることですが、いまはSNSに顕著なように、自分が見たいものしか見えない世界になっています。そういう中で自分の読書力を超えた本を定期的に読む機会を持つことで、自分を成長させていく。
それに文学は人によって全然違う読み方ができるじゃないですか。読書会の面白さは誤読も含め、『多様な意見に触れる』ことにあります。それが刺激になって世の中や人の見方が豊かになる。大げさに言えば、いまの世の中にはそういう場所が必要だと思っているんです」
出版業界では活字離れの影響で、「ビジネス書に比べ、文学は売れない」というイメージが広まっていますが、「もうすぐ潮目が変わると思います」と、山本さん。継続するコツとして、「課題本は主宰者が一人で決める」「同じジャンル、同じ作家の本ばかり読む会にしない」というポイントを挙げていますが、議論が白熱して、ケンカになったりしないのでしょうか?
「それを避けるため、猫町倶楽部では『他人の意見は否定しない』というルールがあります。それに読書会が終わってから、『テキストの議論はしない』。SNSやブログなど、顔が見えないメディアで議論すると過激になりがちですからね。あとは『知識自慢はかっこ悪い』というカルチャーも浸透しています。誰でも学び始めの時期は知識がありません。そこを否定してマウンティングしたら、本を普段読まない人が、ますます興味をなくしてしまいます」
そうした間口の広さを意識しつつも、猫町倶楽部では感想を言う際に「言葉にできないものを何とか言葉にしてみる」ことを大切にしているとか。
「それこそ『やばい』とか『すごい』で終わらせない。そういう態度が文化を育てていくと思っています。いまも『感想を言い合うだけで何が面白いんだ』と言う人はいっぱいいますよ。でも、僕はそうした意見に対して強く言いたいことがあります。ピエール・バイヤールの『読んでいない本について堂々と語る方法』という読書に関する名著がありますが、その趣旨は『本を1から10まで読み込むより、本に関して対話するほうがクリエイティブな行為なんだ』というものです。本を読むなら、ひとりで読むより、感想を語り合ったほうが学びになる。それが読書会の最大の意義なんです」
面白い本に出会った時は、その感激を誰かに伝えたくなるものですが、興味を持てなかった本でも、それについて語り合うことで得られるものはきっとあるはず。コロナの影響で、猫町倶楽部もオンライン開催を試みましたが、地域で区切られずに参加できるメリットも見つかり、これを機に読書会というカルチャーはますます盛り上がっていきそうです。
◆ケトルVOL.55(2020年8月17日発売)
【関連リンク】
・ケトル VOL.55-太田出版
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