原田眞人監督が語るクリストファー・ノーラン 映画と映画館への真摯な態度

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クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』は先日、全世界の興行収入が350億円を突破。日本でも絶賛公開中ですが、「難解でよく分からない」という声もあります。『クライマーズ・ハイ』『日本のいちばん長い日』『検察側の罪人』などを手掛けた映画監督の原田眞人さんは、『テネット』をどう見たのでしょうか? 『ケトルVOL.56』で、このように語っています。

「お話はすごく単純ですよね。主人公のスパイが武器商人の陰謀を止めようとして、その奥さんに近付く。奥さんには息子がいるんだけど、彼を人質にされて武器商人に束縛されている。主人公はそんな奥さんを助けようとする。人間関係が図式的で、ドラマとしての深みはほとんどありません。

ただ、ノーランはいつもキャラクターがシンプルなんですよ。そこに時間のトリックを絡めて複雑な物語に見せるのが彼の作家性で、『インセプション』もひとりひとりの人物は単純です。でも、それがすごいビジュアルで表現されるから、『内容がわからなくてもいいや』と映画に身を任せられる。そこは『テネット』も一緒。プロットに幼稚なところはあれ、そういうスケールの大きさは、『こういう人が映画界にいてくれないと困るな』と思わされるところがあります」

とにかくリアルさにこだわり、莫大な予算を使う制作スタイルについて、「成功すればあれだけのことができる」と、若い世代への励みになると語る原田さん。ノーラン監督の強みは、イメージの強さにあるそうです。

「彼の作品は予告編で映像の一部を観ただけで、すごく盛り上がる。『これは観たい』と思わせる力が強い。それで実際の映画を観ると、プロットの辻褄が合わないところがたくさんある。しかし、ひとつひとつのビジュアルの演出がすごいから、文句が言えなくなってしまう。これはチャップリンのようなサイレント時代に活躍した名監督たちにも通じる資質です。

サイレントからトーキーに変わったとき、映画はイメージではなく、ロジックが先導するものになってしまいました。セリフによる展開はロジックを要求するからです。サイレントの時代は、映画はストーリーの辻褄が合っているかどうかよりも、ひとつひとつの映像のインパクトこそが大切でした。ノーランはいまの時代にそれをやっている監督だと言えます」

ノーラン監督について、「最終的には自分でサイレント映画を作るんじゃないか」と、考えているのだとか。『テネット』は「『インセプション』以下、『ダンケルク』以上」と、辛口の評価を下していますが、それもこれも彼と彼の作品を愛する気持ちから出たもののようです。

「映画館の価値をわかっている人ですよね。フィルムを守り続けているのもそうですが、先人から受け継いだ文化を絶えさせないようにしている。我々のような映画人にとっては、そこの信頼感がある人です。だから、個々の作品はけなすこともありますが(笑)、それでも監督としては応援しなくちゃいけない人だと思うんです」

原田さん自身、5月に公開予定だった監督作『燃えよ剣』が延期され、未だ公開日が決まらない状況ですが、配信ではなく映画館での公開にこだわるのは、ノーラン監督と同じ気持ちから。「難解だ」という指摘に対しては、

「難解っていうのは、頭のいい人なら理解できるということでしょう? でも、ノーランの映画を完全に理解できる人は、彼以外にはいない(笑)。それは『難解』とは言わないですよ」

と、語っており、原田さんが言うように、作品に身を任せてしまうのが正解なのかもしれません。

◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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