アルフレッド・ヒッチコック監督といえば、『疑惑の影』『レベッカ』『汚名』『見知らぬ乗客』『裏窓』『めまい』『北北西に進路を取れ』『サイコ』『鳥』など、映画史に残る傑作サスペンス映画を手掛け、“サスペンスの神様”と称される人物。『TENET テネット』が現在公開中のクリストファー・ノーラン監督も、大きく影響を受けています。
ヒッチコック監督は、観客を騙すための映像テクニックにこだわり抜き、その演出術を語ったロングインタビューは『定本映画術ヒッチコック/トリュフォー』(晶文社)にまとめられ、いまなお映画制作者のバイブルとなっています。ストーリーだけでなく、映像そのものでも観客のミスリードを誘い、次の展開を予想できなくする。ヒッチコック映画の王道テクニックですが、これはクリストファー・ノーランにも共通しています。
実際、長編デビュー作の『フォロウィング』はロッテルダム映画祭をはじめ、各国のインディペンデント系映画祭で“ヒッチコックの再来”と讃えられました。また、ヒッチコックもノーランもイギリス出身であり、ハリウッド映画にイギリス的な要素を色濃く表すことで知られています。
そんなノーランが具体的に「ヒッチコック映画を参考にした」と発言しているのが『ダンケルク』(2017年)です。「映画的なサスペンスや視覚的なストーリーテリングの探求はヒッチコックなくして完成しない」と語ったノーランは、この作品でヒッチコックが監督した『海外特派員』(1940年)の戦闘機墜落シーンを引用。くしくも史実の「ダンケルク撤退戦」と同時期に撮影された同作では、ドイツ軍の砲撃を受けたイギリス軍機が、あえなく海へと墜落していく様子を迫真の映像で描き出しています。
コックピットの窓に海面がどんどん近付き、着水と同時に海水が窓を突き破って流れ込んでくる。ヒッチコックはそんな映像をワンカットで捉え、本当に墜落事故に遭遇したと観客に錯覚させるほどの衝撃を与えました。もちろん、ノーランはこれをヒッチコック同様にCGに頼らず再現。見事にそっくりな映像を作り出しています。ただ、どうやって撮影したかは「まだ秘密」とのことなので、近い将来きっと出版される『クリストファー・ノーラン映画術』を待つしかなさそうです。
◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)
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・ケトル VOL.56-太田出版
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