コマ、コイン、ポラロイドカメラ… ノーラン作品を印象的なモノから紐解く

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現在公開中の『TENET テネット』が大ヒット中のクリストファー・ノーラン監督の作品は、善と悪、夢と現実、真実と嘘など、常に二面性がテーマとなっているのが特徴。ノーラン映画に登場した様々な「モノ」から作品を読み解いてみましょう。

【コマ】
他人の夢の中に潜入する『インセプション』(2010年)の主人公・コブ。彼は常に「トーテム」というコマを持っています。コマを夢の中で回すと、そのままずっと回り続けるため、現実と夢を見極めることができるからです。

実はこのコマ、もともと彼の妻・モルが使っていたもの。以前、この夫婦は愛し合うあまり、深層心理の奥底にある「虚無」という場所に50年も引きこもっていました。そして、モルは何でも思うままにできる夢の世界に惹かれた結果、コマを「心の金庫」に隠すことで現実の存在を忘れようとしてしまいます。

一方、「子どもが待つ現実に還りたい」と思ったコブは、モルに隠れて金庫の中のコマを回し、「コマが回り続けているから現実じゃない」という暗示を彼女に埋め込みました。しかし、深層心理のコマは回り続けているため、現実に還ってもモルは「ここは夢の中」と思い込んでしまいます。結局、彼女は現実と夢の区別がつかなくなり自殺。永遠に回り続けるコマなんて本当は存在しないように、現実から目を背け、都合よく理想の世界を生きるのは不可能だったのです。

このコマは実際に発売されており、Amazonなどで買うことができます。当然、永遠に回る機能は実装されていません。ただ試しに回してみて、もし止まらなかったら……。急いで目を覚ましたほうがいいでしょう。

【コイン】
『ダークナイト』(2008年)のヴィランは、ジョーカーだけではありません。顔の半分が焼け焦げた怪人トゥーフェイスも強烈な印象を残しています。劇中の彼は当初、ゴッサム検事局の正義感あふれる検事ハーヴェイ・デントとして登場します。しかし、マフィアと汚職刑事の罠によって、恋人のレイチェルを失い、自身も重度の火傷を負ってしまいました。虚しさに囚われたデントは、怒りを煽るジョーカーに促されるまま、復讐の鬼となります。

しかし、デントはトゥーフェイスとなっても、一方的に悪人を裁くわけではありません。長年仕えてきた「正義」に裏切られた反動から、常に物事には二面性があるという認識を抱えており、復讐するかどうかをレイチェルの形見となった「幸運のコイン」のコイントスに任せています。表が出たら殺さない。では裏が出たら……。

この残酷な世界では、善人が生き残るとは限らず、悪人が罪を裁かれるとも限らない。ならば、人の命運を決めるものは何か。「それは『運』でしかない」とトゥーフェイスは語り、かつて自分が守った秩序の破壊者となるのでした。

トゥーフェイスのコインは1ドル硬貨で、両面に自由の女神が描かれています。こちらも映画グッズとして購入することができますが、本物は片側のデザインが違っているので、くれぐれも現実に使わないように!

【ポラロイドカメラ】
『メメント』(2000年)の主人公・レナードは記憶が10分しかもたないため、出会った人物や訪れた場所をポラロイドカメラで撮影し、そこにメモを書き添えることで、妻を殺害した犯人を捜す手がかりとしていました。

そんなレナードの前に、テディという男が現れます。レナードは覚えていませんでしたが、彼を撮影した写真は持っており、そこには「信じるな。こいつが犯人だ」と書かれていました。当然、メモを書いたのは自分です。その記述に従い、テディを撃ち殺すレナード。映画はテディが撃ち殺されるまでの過程がさかのぼって描かれ、レナードの「記録」とは違った真実を暴き出していきます。

個人情報が詰まったスマートフォンを持ち歩き、SNSに日々の出来事を投稿しているように、「自分」を証明する記録に囲まれて暮らしている私たち。いつどこに行き何をしたか。自分で覚えていなくとも記録を見ればすぐにわかると思っています。しかし、『メメント』はそうした客観的な「記録」も、自身の思い込みが入った時点で主観的な「記憶」に変わり、真実を覆い隠してしまうと伝えています。

レナードのカメラは「ポラロイド690」という一世を風靡した製品。ありふれたカメラだったことから採用されたわけですが、なんとポラロイド社は『メメント』公開の翌年に倒産。映画同様に驚きの結末を迎えました。

◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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