多くの恋愛映画やドラマの原作者として知られるいくえみ綾さんは、小気味好い台詞の応酬、コントのような会話劇、胸に刺さるモノローグ、そしてエッセンスとしての間などが作品の特徴。様々な演出技法によって、独自の世界が構築されていますが、とりわけ印象的なのが「台詞回し」です。劇作家の根本宗子さんは、『ケトルVOL.57』で、このように語っています。
「いくえみ先生はあまり『いい台詞』を意図して書こうとは思っていない気がしていて、そういう部分が、いくえみ作品の突出しているところだと思っています。間やモノローグを丁寧に描写されていますが、その一方で、いくえみ作品ではどの台詞が印象的だったか考えたときに、すぐには思いつかないことがあります。それは、どんな台詞を言うのかにプライオリティを置くのではなく、台詞を言う順番を大切にされているからなのかな。
ひとつひとつはたとえ、ありきたりでも、その順番によって印象に残る。先生の描く群像劇には、いくらでもいい台詞を入れることはできると思いますが、極めて日常的な言葉で成り立っていて『急に台詞の筆圧が濃くなった』と感じることはありません。もちろん例外もありますが、日常的な台詞で彩られることが、いくえみ先生の世界観に合っているんです」
小説、映画、ドラマから生まれた名言や名台詞は数多くありますが、そういった視点からは一歩離れることが、作品への“没入感”に繋がっているのは間違いないよう。キャラクターの感情が伝わるキーワードは「共感」です。
「いくえみ先生は、常に普遍的なことを描かれています。たとえば、高校生のときに感じていた人間関係における違和感やトラブルは、どの場所にいても同じように繰り広げられると考えている気がするんです。作品によって『場所』を変えているだけで、だからこそ、どんな題材でも描くことができるのだと思います。
ここまで多くの人に受け入れられてきたのは、誰もが経験したことがある共感度の高い話を描いているから。なかでも、出来事ではなくて、感情を描いているというところですね。おそらくですが、いくえみ先生はいろいろな感情をストックされているのではないでしょうか?
出来事をストックする作家さんは多いですけれど、感情をストックしている作家さんはあまり聞いたことがありません。でも、先生はそうしている気がします。どれだけ自分が感じたこと、思ったことを物語に入れられるか。そのことが、作家性につながってくるのかもしれませんね」
しかし一方では、「いくえみ先生の作品は、女性が何を考えているのかよくわからない表情が多い」「女の人は何を考えているのかわからない、という先生の価値観がベースにあるのかも」とも語る根本さん。このあたりまで含めて、「あるある」と思えるような点が、人気の秘密なのかもしれません。
◆ケトルVOL.57(2020年12月15日発売)
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・ケトル VOL.57-太田出版
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