いくえみ綾×浦沢直樹 ハッピーエンドとバッドエンドは紙一重?

カルチャー
スポンサーリンク

本離れ、活字離れが叫ばれて久しいですが、依然として多くの人に愛されているのが漫画。『鬼滅の刃』の大ブームを例に挙げるまでもなく、漫画はいまだ多大な影響力を持っています。今や世界からも注目される日本の漫画の特徴の1つは、登場人物の細やかな人物描写ですが、ひとつ大きな転換期がありました。『ケトルVOL.57』で対談した浦沢直樹さんといくえみ綾さんは、こう語っています。

浦沢 「少女漫画に描かれているような心の揺らぎだとか複雑な感情表現に惹かれて、男性読者が少女漫画を読み始めたのは、70年代だと思うんです。同時に少年・青年雑誌の中にも少女漫画的な表現が入ってきました。たとえば柳沢きみおさんの『翔んだカップル』やあだち充さんの作品などが70年代の後半から現れ、少年漫画が少女漫画を取り入れることで表現が広がったと思います。

ちばてつやさんのように少女漫画出身で、少年漫画の名作を描かれた方も多いです。僕が思うもともと漫画が持っている本質は、少女漫画に表れているような気がします。そして、特にいくえみさんはそれを容易にやってのけている印象なんです」

いくえみ 「読者さんからも『女性の嫌な部分を描くのが上手い』と言っていただくことが多いんですが、意識して描いたことはないんです。普段、私の周りで起きそうなことを自然に描いている感じ。そういう部分を自然と日常のように描いたら面白いと思って描いているだけで、特別に“嫌なところを描いてやろう!”というような気持ちはまったくないんですよ」

“漫画の本質は少女漫画に表れている”とは大胆な意見ですが、感情表現の名手は、ごくごく自然体でそれを描いているとは、これまた驚き。そうやって物語が進んでいけば、どこかで必ずピリオドを打たなければなりませんが、エンディングについて2人はどう考えているのでしょうか。

浦沢 「『MASTER キートン』で一話完結の連載を10年くらい続けているうちに、『物語ってそう簡単なものではない』と思うようになりました。毎回エンドマークがきちんとつくようなドラマなんて、そうないと思うんですよ。そこに嘘くささを感じ始めてしまったので、一話完結で連作のような形で続くものは、もうあまりやりたくないと思っています。

長編の場合は、どこで物語を切り取るかなんです。幸せなところで切り取ればハッピーエンドだし、悲劇的なところを切り出せばアンハッピーな終わり方をするというだけで、そこは作者がどこを切り取るかの違いで、物語自体は続いているわけです」

いくえみ 「私もそう思います。ハッピーエンドはどこで物語を切るかの話なんですよね」

浦沢 「登場人物もいつかは死ぬので、それまで描けば、結局はみんな死んでいく物語ですしね」

いくえみ 「どこまで描くか、どこで切るかの問題ですよね」

紙の上では物語は終わっても、物語は続いている──好きな漫画が終わってしまうのはファンにとって大事件ですが、そのように考えれば少しは救われるかもしれません。

◆ケトルVOL.57

【関連リンク】
ケトル VOL.57-太田出版

【関連記事】
北海道で人気の『ブギウギ専務』 無名バンドマンがMCに採用された理由
鼻を4回骨折し脳出血もしたジャッキー・チェンの「大ケガより怖いもの」
『北の国から』の「ルールルルル」はどうやって生まれた?
カバーされ続ける『今夜はブギー・バック』 それぞれの魅力

※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

関連商品
ケトル VOL57
太田出版