食べもの、動物、霊… いくえみ作品で物語にアクセントを生む3つのキーワード

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創作においてしばしば使われるテクニックが、登場人物の心理を、あるモノやコトによって語ること。漫画家のいくえみ綾さんの作品では、「食」「動物」「霊」が作品に頻繁に登場し、時には言葉以上に雄弁に心情を物語ります。全完結作品を調べてみると、ある傾向が見えてきました。

●食卓を囲むシーンは人々が親密になる証
「登場シーンの多いフードメニュー」 
1位 パン 22回
2位 ハンバーガー 20回
3位 チョコレート 18回

作中で一番多く登場するのは、学生たちが購買で買うメロンパンや焼きそばパン。学校帰りや映画の前にはファストフードのハンバーガーを食べ、悩みを相談する時はコンビニの棒アイスが定番。食べ物が絡むシーンでは、付き合う寸前の関係であっても、どうもロマンチックにはならないんです。むしろ強調されるのは「親密さ」。初対面でもご飯を食べれば会話が弾み、険悪な関係でもご飯を前にすると休戦状態に。美味いは正義!といったところでしょうか。

『I LOVE HER』では恋のライバル同士だった花と艶香が食卓を囲んでパスタを食べ、『君の歌がある』では上京した永見子が、絶交していた友里の作るシチューを口にします。「同じ釜の飯を食べる」などといいますが、いくえみ作品では、食が人物同士の関係を変化させるトリガーになるようです。

ただしチョコレートかチョコ味のスイーツが登場する時は要注意。『カズン』ではつぼみがチョコを食べるごとに不穏な展開が待ち受けています。他の作品でも、ほろ苦いチョコがシリアスな展開の幕開けとして使われることが多いのです。

●犬は引き寄せ、猫は離れる 動物が人の関係を示す
「登場する動物TOP3」
1位 猫 29匹
2位 犬 14匹
3位 カラス 6羽

いくえみ作品に登場する犬は、人同士を引き寄せる磁石のような存在です。『見つめていたい』では再会する男女のもとに犬。『バイアンドバイ』で主人公がおばあちゃんと会話するきっかけも犬。『プリンシパル』でも、犬のすみれが和央と糸真の関係を修復します。

一方、猫は「離れていく存在」として描かれることが多くなっています。『カズン』で茄子川が庭に集まる野良猫にエサをやり「紐で繋いどくか」と呟きますが、猫は彼のもとを離れた家族の象徴でもあり、茄子川本人がつぼみに気がないことの暗喩。『わたしは夢みる少女』でも、主人公は何の因果か黒猫を不倫相手の娘へ引き渡しますが、その後の「二匹は飼えない」という娘のセリフは「不倫相手が主人公を捨てる」ことを暗示するようです。

他にもカナリヤ、金魚などの小動物は人物同士の関係性が脆くなる時に不憫な最期を遂げることが多くなっています。ちなみに一般的にカラスは「不吉な存在」とされることが多いですが、白いカラスが夢に出ると幸運を呼ぶそうです。

●霊=後悔や未練を解く存在
「幽霊が登場する作品」
『バラ色の明日』『潔く柔く』『トーチソング・エコロジー』

いくえみ作品に幽霊的な存在が登場し始めたのは、1996年に発売された単行本『君の歌がある』に掲載された読み切り作品「あの星になるから」が初出です。事故で意識を失った主人公を天国の入り口で迎えるカメ・亀田がいくえみ作品初のオバケキャラ。その後、霊が見える大学生を通じて亡くなった妻が故人にメッセージを送ったり(『バラ色の明日』)、亡くなった先輩が夢に現れ後輩の恋路を応援したり(『かの人や月』)。

共通するのは、幽霊が命を脅かすような存在としては描かれない、ということ。そして彼らが遺された人々に「伝えられなかった言葉」(『トーチソング・エコロジー』)を伝えようとしていることです。

夢の中で「ありがとーな」と清正に告げるハルタ(『潔く柔く』)や、迪の前に高校生のままの姿で現れ「愛してるぜ」と笑う峻(『トーチソング・エコロジー』)。「霊はこの世に未練があって現世に残る」などといわれていますが……むしろいくえみ作品に登場する彼らというのは、生きる側が後悔や未練を残している時にこそ現れる存在なのかもしれません。

◆ケトルVOl.57(2020年12月15日発売)

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※この記事は、「太田出版ケトルニュース」に当時掲載した内容を当サイトに移設したものです。

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