シェアハウス/『ピン芸人、高崎犬彦』試し読み【第4回】

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『おもろい以外いらんねん』、『ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい』で知られる大前粟生による世界初のピン芸人小説『ピン芸人、高崎犬彦』が3月22日に太田出版より刊行されました。

OHTABOOKSTANDでは、全六回にわたって本文の一部を試し読み公開します。第四回は、シェアハウスで暮らす犬彦のルームメイトが登場します。

 犬彦は北区王子でシェアハウスをしている。王子駅前には巨大なボウリングのピンを模した植物の刈り込みがあった。クリスマスになると電飾が飾りつけられ、お正月には門松仕様になり、バレンタインにはハートの矢に貫かれる。犬彦は妙にこの刈り込みを気に入っていた。通り過ぎる人たちの全員がそのシュールさを気にも留めないところにも愛着を感じていた。

 飛鳥山を背にして駅から北東へ、隅田川を目指して十数分歩くと、犬彦が芸人仲間と暮らす築三十年の一軒家がある。二階建てで、どうにも曰くつきらしかったが、おばけが出たら出たでネタになる。むしろ出てくれ、と入居者たちは思っているが、その気配は一向にない。

 犬彦の他にこの家に住んでいるのは、ターメリック担々麺の石田アルミ、ぽいぽいぴんぴんのボケの上級太郎、J・J・エイブラムス亭カニ公園のツッコミ担当マックスおはぎ。

 マックスおはぎが一番の古株で、十年以上前からここに住んでいた。芸人たちのシェアハウスの場としたのもマックスおはぎだ。入れ替わり立ち替わりいろいろな芸人がこの家を巣立っていった。マックスおはぎは芸歴一六年で美容師の経験があり、ここ数年は芸人をターゲットに出張美容室を開くことで生計を立て、さらには転売にも手を出していた。ネタはろくに作ったこともなく、J・J・エイブラムス亭カニ公園のボケであるマグカップンに任せきりだ。

 そんな自分に思うところがあるのか、マックスおはぎは最近家を空けがちだった。

 新しいシェアハウスメイトがくるという連絡も、他の三人はマックスおはぎからグループLINEで簡単な報告を受けただけだった。

「もうそろそろですっけ」犬彦はあくびをした。

「今月末」と石田アルミ。「うわ。あれ、今日? 今日じゃん」

「なんでオレら入居者なのにそいつの名前も知らされてないの。おはぎさんは既読無視だし」これは上級太郎。

 リビングに年中出しっぱなしの埃臭いコタツに入り込み、三人とも仰向けになっていた。「ドッキリかな」とアルミが言って、もしそうならばどういうリアクションが正解なのか三人でぼんやり考えた。

「オレらみたいなのにドッキリしそうな番組ってアレくらいだろ、じゃああの人たちがMCか。はあ、褒めてもらいてえなあ。認められてえなあ……うああ……宝くじ当たったらなにに使うか考えてる時の気分になってきた。最初楽しいけど、すぐ虚しくなるやつ……」

 はあ、と上級太郎がため息をつくと、はあ、と犬彦からも悲しみが漏れた。

「名前の由来聞かれた時なんてこたえればよかったですかねえ」

「またそれかよ」

『◯◯の人たち』の収録から数日が経っていた。

「……親が、アンチひこにゃんで、とか?」

「却下すね。ひこにゃんって懐かしいすね」

「なんですっけそれ」

「彦根のゆるキャラ」

「あー」

 石田アルミはたこ焼き屋のバイトをクビになったばかりで、上級太郎は四年間つきあってきた彼女にフラれたばかりだった。アルミ曰く「許可を得てパクってきた」大量のたこ焼き粉があるから、連日たこ焼きや、たこ焼き粉で作るお好み焼きとかなにかそういう類似のものばかり食べていた。そうするとちょっと頭もおかしくなってくる。

「ちくしょー」上級太郎が叫んでキッチンからフライパンを持ってきた。片手にはどうして家にあるのか誰にもわからない金槌が握られていて、ガンガンとフライパンの縁を叩きはじめた。「フライパンを平らにしたら、たくさん焼けるだろうが!」

「うひょー」とアルミがよろこんだ。

「おひょー」と犬彦も言ってみる。

 あまり楽しいとも思えなかったけれど。

* * *

新しいシェアハウスメイトとは一体誰なのか――。

これまで描かれることの少なかった“ピン芸人”にフォーカスをあてた大前粟生の最新作『ピン芸人、高崎犬彦』。からっぽの芸人・高崎犬彦とネタ至上主義の芸人・安西煮転がしの10年間を追いかけることで、芸人にまとわりつく「売れること」と「消費のされやすさ」の葛藤を描く。

『ピン芸人、高崎犬彦』(著:大前粟生)は現在全国の書店、書籍通販サイト、電子書籍配信サイトで発売中です。

 

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