スポーツでありながら、旅 世界最大の自転車レース「ツール・ド・フランス」

旅するツール・ド・フランス
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人気漫画『弱虫ペダル』の著者である渡辺航も推薦する、フランスの自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」について記された愉しく感動的な旅行記、『旅するツール・ド・フランス』(小俣雄風太が2024年5月17日に太田出版より刊行されました。

日本では誰も知らないようなフランスの街並みやレースの様子を、著者の体験や写実的な文章によって「ツール・ド・フランス」を知っている人はもちろん、知らない人でも楽しめる一冊となっています。

OHTABOOKSTANDでは、本書の刊行を記念して全6回にわたり本文の一部を試し読み公開します。第1回は、著者・小俣雄風太が「ツール・ド・フランス」に惹かれていった経緯や「ツール・ド・フランス」がどのようなものなのかを紹介していきます。

はじめに

 自転車に乗ることが好きだった父は、90年代の初頭、深夜にテレビで放映されていたフランス一周自転車レースをよく観ていた。階下のリビングから印象的なテーマ音楽が布団の中まで聞こえてきたことをよく覚えている。僕は小学校に上がるかどうかという年齢だったが、それがツール・ド・フランスという自転車レースであることを知った。

 高校生になり時間を持て余していた僕は、気晴らしに自転車に乗るようになり、父がかつてたんまりと録画していたⅤHSでツール・ド・フランスをよく観るようになった。行ったことのない外国の風景の中に、自転車選手の集団が走り、沿道には熱狂的な人々が溢れている。この現象はなんだろう。スポーツ競技であるのに、お祭り騒ぎの市井の人々や、広大な山岳地帯や海、平原といった大自然、あるいはフランスの美しい街並が画面に映し出されている。選手も、市民も、自然も、街並も、等しくこの映像の主役であるようなのだ。

 2005年、大学生になって2度目の夏に、ツール・ド・フランスに行くことになった。98年から毎年ツールの取材を行っていた綾野真さんという気鋭のフォトライターがたまたま近所に住んでいて、アシスタントという名目で、同行することになったのだ。初めて1人で乗る飛行機と、シャルル・ド・ゴール空港で見た近未来的な天井はよく覚えているが、それからのことはあっという間すぎて細かく覚えていない。しかし、ツールを追いかけていると、毎日訪れる町ごとに歓迎があり、熱狂があり、祝祭があった。それは擦り切れるほど繰り返し見たVHSの映像の世界そのものだった。言葉もわからぬ異国の地の沿道で、何か身体の奥にたぎるものを感じた。19歳の夏だった。

 それから20年近く経って、10代で受けた衝撃を忘れられない僕は、再びツールを訪れることにした。7月のフランスの道路脇には、3週間を通してあの熱狂と祝祭が何も変わらず残っていた。相変わらず、スポーツ競技でありながら、フランス文化の写し鏡であるかのようなツール・ド・フランス。そして僕は、純粋な競技というよりも、旅する文化事象としての側面に大きく惹かれていることに気がついた。

 フランス全土を駆け抜けるツールを追いかけるということは、フランス文化の多様性を巡る旅でもある。決してガイドブックに載ることのない小さな村にも、ツールはやってくる。3週間の旅の中で、街並みや言葉や食文化は移り変わっていく。レースの背景として通り過ぎるこうした移ろいを書き留めておけたなら。そんな思いから2023年のツール取材旅を一冊にまとめたのがこの本だ。極私的な旅日記であるけれど、ツールという文化事象の本質をなんとか掴もうと苦闘した旅の記録でもある。レース中継には映らない、ツールの別の顔を感じてもらえたら幸いだ。

ツール・ド・フランスとは?

 世界最大の自転車レースが、ツール・ド・フランスだ。1903年に創始され、2度の世界大戦の期間に合計10年の中断を挟みながら、2023年に大会は第110回目を迎えた。

 フランス語で「フランス一周」を意味するように、創始されてからしばらくはフランスの外周を走る3週間弱のレースだった。21世紀の今日ではオリンピック、サッカーワールドカップに並ぶ世界三大スポーツイベントにも数えられる。だが五輪やW杯のように開催国が持ち回るならともかく、フランス国内を走るローカルレースがなぜ世界的な人気イベントになったのか? そこには純粋なスポーツイベントには無い、自転車ロードレースに固有の特徴が関係している。

スポーツでありながら、旅
 
 自転車ロードレースは、スポーツ競技でありながら旅でもある。ツールでは一日200㎞を、ほぼ毎日3週間にわたり走る。選手は一日に5時間近くを走り通し、7000キロカロリーを消費し、期間中の総走行距離は3000kmを優に超える。純粋に選手のパフォーマンスを比較する競技なら、競輪のように自転車競技場で行えば、天候や季節に影響されることもなく都合がいいはずだ。しかしロードレースでは街路が、田舎道が、山岳地帯が、国全体が試合会場となる。毎年コースは変わり、訪れる街も変わる。常に旅をしながら競技を行うという稀有なスポーツが自転車ロードレースであり、そしてそれこそがこの競技の大きな魅力になっている。

 フランスは世界でも有数の観光大国だ。花の都と称されるパリの歴史と文化の深さ、各都市に花開いた貴族文化と建築。町を離れればアルプスやピレネーといった雄大な山岳地帯が広がり、またラスコーのような先史時代の芸術まで見どころが多い。フランス各地を訪れるツールは、こうしたフランスの観光名所を試合の舞台とすることで、観光振興にも一役買う。元々は新聞社が創始したイベントだから、メディア戦略にも長けており、戦後しばらくはフランスの国威発揚としてもツールは十全に機能した。
美しい国フランスのスポーツ広報部長だったのだ。

 スポーツでありながら、旅。特に自動車が普及していなかった20世紀初頭、自転車は旅や冒険と同義の乗り物でもあった。人間の可能性を拡張してくれるもの。そしてその限界を見せてくれるツールの自転車選手たちは、民衆のヒーローとなった。労働者階級の子どもが夢見る職業となったが、一方であまりに過酷なレースに、ツールを走る選手は「路上の囚人」と称されもした。交通手段が多様化した今日にあっても、人力だけで移動する自転車選手は、どこか冒険家の面影を残していると言えるかもしれない。3週間を走り通すレースは他にイタリアとスペインにあるが、ツールこそがその元祖であり、競技レベルや注目度、露出といった面で他を圧倒している。世界最大の自転車レースは、今も昔もツールなのだ。

* * *

 美しい田舎町を駆け抜ける選手たち、道端で出会うヴァカンス中の人びとの熱狂──食、宿、自然etc…普通のガイドブックには載らない、フランスの原風景を体験できる“特別な3週間”の道しるべ。
小俣雄風太×辻啓 ポッドキャスト 書き起こしも抜粋収録されています。

 生活の横をレースが通過する!ー「ツール・ド・フランス」がどのようにしてヨーロッパの人々に親しまれているのか、その魅力が詰まった一冊です。

 『旅するツール・ド・フランス』(小俣雄風太は現在全国の書店、書籍通販サイト、電子書籍配信サイトで発売中です。

【刊行記念イベント】「僕らの旅するツール・ド・フランス 小俣雄風太×辻啓」開催決定!

本書の刊行を記念してReadin’ Writin’ BOOK STOREさんにてイベントが行われます。是非お越しください!

日時:2024年5月26日(日)20:00-
場所:Readin’ Writin’ BOOK STORE
   東京都台東区寿2丁目4-7
登壇者:小俣雄風太、辻啓
参加費:1,500円(会場/オンライン)

参加方法:詳しくは書店ウェブサイトやPeatixよりご確認下さい。→チケット購入

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