人気漫画『弱虫ペダル』の著者である渡辺航も推薦する、フランスの自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」について記された愉しく感動的な旅行記、『旅するツール・ド・フランス』(小俣雄風太)が2024年5月17日に太田出版より刊行されました。
日本では誰も知らないようなフランスの街並みやレースの様子を、著者の体験や写実的な文章によって「ツール・ド・フランス」を知っている人はもちろん、知らない人でも楽しめる一冊となっています。
OHTABOOKSTANDでは、本書の刊行を記念して全6回にわたり本文の一部を試し読み公開します。第2回は、第1回に続き「ツール・ド・フランス」がどのようなものなのかを紹介していきます。フランス人及びにヨーロッパの人々にとって「ツール・ド・フランス」がどのような存在なのでしょうか?
ツール・ド・フランスとは?
出場できるのは、ほんの一握りの選手だけ
今日のツールは、チーム単位で招待される。どんなに自転車に乗るのが速くても、ワールドチームと呼ばれる世界トップの18チーム、あるいはそれに次ぐランクのプロチーム(こちらも18チーム)に所属していなければ出場はできない。さらにそのチームの中で8名の出場選手に選抜される必要があり、出場22チーム、全196名は名実ともに世界のトップレベルの選手であると言っていい。
110回の歴史の中で、出場したことのある日本人選手はわずか4名。日本では自転車ロードレースがまだまだメジャースポーツではないこともあり、狭き門となっている。しかし、1970年代から日本でも映像で紹介されたことで、憧れと夢を抱きツールに挑戦しようと研鑽を積む日本人選手は数多い。2024年の時点でワールドチームに2名の日本人選手が在籍し、ツール出場の可能性を持っている。
1人が勝つために他の選手は犠牲となる
ロードレースのチームは、国ではなくスポンサーによって構成される。なぜチーム単位での出場になるかというと、これもロードレースという種目の競技特性によるところが大きい。ロードレースにおいては、個人の勝利は同時にチームの勝利としてみなされる。というのも、チームにはエースとアシストという役割が明確に分かれており、通常1名のエースが勝つためなら、残りの7人の成績は問われない。
この7人は、とにかく自分のチームのエースが勝てるように手助けをすることが存在意義だ。競技時間と移動距離がとにかく長いロードレースにおいて、エースの風よけになる、補給食や着替えの運搬を行う、小用を足す時に背中を押してあげる(選手たちは乗ったまま用を足す!)、パンクの際には自身の自転車を差し出す、などなどアシスト選手の仕事は多岐にわたる。そしてエースは盤石の体制を整えてもらったうえで勝負に出て、勝つ。その結果得た賞金はチームで山分けして、独り占めすることはない。アシストがいなければエースも勝つことはできないからだ。このチーム内での人間関係は泥臭くて、美しい。ひとくちにエースといっても、総合優勝を狙う選手を据えるチームもあれば、最初からステージ優勝を狙うチームもある。前者の場合はオールラウンダーが、後者の場合はスプリンターがエースとなる。
総合優勝とステージ優勝
ツールでは、3週間の合計タイムを競う「総合優勝」と、毎日のレースを競う「ステージ優勝」をかけた争いが同時に起きている。少しややこしいが、平坦ステージ[*]で勝利を狙うスプリンターは、タイム差がつく山岳ステージ[**]で活躍できないため、総合優勝は狙えない。一大会でステージ5勝を挙げても、総合成績では下の方ということはざらにある。総合優勝を狙えるのは、オールラウンダーと呼ばれる山岳も走れて個人タイムトライアルも走れる万能型の選手だが、そんな才能を持っている選手は一握りにすぎない。ツールに出場する選手のうち、総合優勝を実質的に狙える選手は5人ほどだ。他の選手はトップ10入りを目指したり、単発のステージ優勝を狙う。全てのチームが総合優勝を狙うわけではなく、そのあたり各チームの思惑が交錯し、展開が複雑化する。それが「路上のチェス」とも呼ばれる所以だ。ちなみにツールの総合優勝で賞金50万€(約8000万円)。ステージ優勝では1万1000€(約180万円)。他のメジャースポーツと比べると驚くほど低い。
[*] その名の通り平坦なステージ…なのだが、4級や3級の山岳ポイントをいくつか含む場合も、フィニッシュが平坦基調なら平坦ステージとみなされることが多い。スプリンターを抱えるチームは、目を三角にしてこの日を勝ち取りにいく。最高速度70km/h を超える集団スプリントは平坦ステージの華だ。一方で総合優勝を狙うオールラウンダーや山岳ステージを狙うクライマーたちにとっては休む日。
[**] 山岳ポイントがいくつも設定される、あるいはフィニッシュが山の上にあるステージを指す。距離と勾配に応じて山岳ポイントは2級や1級、超級と難易度が上がる。大会期間中、二〜三日ほど設定される超級山岳を含むステージでは、総合優勝を懸けたバトルが繰り広げられる。一方で筋骨隆々としたスプリンターは完走を目指し奮闘する。体重のある彼らは登坂が苦手だが、山岳ステージを乗り越えないと次の平坦ステージでチャンスを掴むことができないからだ。
栄光の黄色いジャージ「マイヨ・ジョーヌ」
ツールの総合優勝の証は、黄色いジャージ「マイヨ・ジョーヌ」。毎日のステージでその時の総合リーダーが着用してレースを走り、最終日パリでそのジャージを着ている者が栄えある総合優勝者となる。この黄色はツールのシンボルカラーであり、期間中、大会にまつわるすべてのものが黄色で彩られる。ちなみにこの黄色は、ツールを創始した新聞の紙の色が黄色だったことにちなむ。特別賞ジャージは他に3つ。最速スプリンターのためのポイント賞は「マイヨ・ヴェール」という緑色のジャージが、最速クライマーのための山岳賞は「マイヨ・ブラン・ア・ポワ・ルージュ」という白地に赤の水玉ジャージが、25歳以下で最速の選手にはヤングライダー賞として白いジャージ、「マイヨ・ブラン」がそれぞれ与えられる。
ツールはフランス人の原体験
開催時期は毎年7月と決まっている。これはフランスではバカンスの時期に当たる。生まれ育った町でツールの通過を観戦したり、旅先で家族で観戦するというのは多くのフランス人にとって幼少期の原体験だ。毎年違うコースを走るツールだから、フランスで長年生活していれば集団が近くを通過することは人生で一度や二度ではない。そんなところも、この大会が親しまれる理由になっている。近年はヨーロッパ各地のみならず、世界中から観戦のために人々がフランスを訪れ、そして世界の200近い国と地域で生中継されることもあり、フランスの大会という枠を超えた世界的なスポーツイベントに成長していることは先に述べた通りだ。そこにはパフォーマンスを競うスポーツとしての高揚があることはもちろん、移動を伴う旅や冒険といった筋書きのなさに思わぬ人間性の発露もある。フランスの優美な風景の中にとても人間臭い選手と観客がいること。それこそがツールの魅力なのである。
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美しい田舎町を駆け抜ける選手たち、道端で出会うヴァカンス中の人びとの熱狂──食、宿、自然etc…普通のガイドブックには載らない、フランスの原風景を体験できる“特別な3週間”の道しるべ。
小俣雄風太×辻啓 ポッドキャスト 書き起こしも抜粋収録されています。
生活の横をレースが通過する!ー「ツール・ド・フランス」がどのようにしてヨーロッパの人々に親しまれているのか、その魅力が詰まった一冊です。
『旅するツール・ド・フランス』(小俣雄風太)は現在全国の書店、書籍通販サイト、電子書籍配信サイトで発売中です。
【刊行記念イベント】「僕らの旅するツール・ド・フランス 小俣雄風太×辻啓」開催決定!
本書の刊行を記念してReadin’ Writin’ BOOK STOREさんにてイベントが行われます。是非お越しください!
日時:2024年5月26日(日)20:00-
場所:Readin’ Writin’ BOOK STORE
東京都台東区寿2丁目4-7
登壇者:小俣雄風太、辻啓
参加費:1,500円(会場/オンライン)
参加方法:詳しくは書店ウェブサイトやPeatixよりご確認下さい。→チケット購入