なぜツール・ド・フランスはコースが変わるのか

旅するツール・ド・フランス
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人気漫画『弱虫ペダル』の著者である渡辺航も推薦する、フランスの自転車ロードレース「ツール・ド・フランス」について記された愉しく感動的な旅行記、『旅するツール・ド・フランス』(著・小俣雄風太)が2024年5月17日に太田出版より刊行されました。

日本では誰も知らないようなフランスの街並みやレースの様子を、著者の体験や写実的な文章によって「ツール・ド・フランス」を知っている人はもちろん、知らない人でも楽しめる一冊となっています。

OHTABOOKSTANDでは、本書の刊行を記念して全6回にわたり本文の一部を試し読み公開します。第4回は、ついに始まる「ツール・ド・フランス」のレースについてを紹介していきます。

プロローグ

 様々な大人の事情があって[*] 、いまやツールは、ヨーロッパの近隣諸国を含めた自転車レースとなっているのだ。ちなみにコースは毎年変わる。昨年のスタート地点はデンマークのコペンハーゲンだったから、レースが始まる前に陸路1230kmの移動があったという。

[*]毎年コースが変わるツールのスタート/フィニッシュ地点は各都市の入札で決まる。フランス国外からの入札も主催者の貴重な財源となる。また、開催国のメディア露出も、フランス国内だけで開催するより大幅に増えることになる。
 
 ビルバオはパリからおよそ950㎞南方に位置している。始めからビルバオまでフライトで行くという手も無いことはないのだが、毎年最終日だけはパリ・シャンゼリゼと決まっているため、レンタカーの返却を考えるとパリに入り陸路移動したほうが、後々スムーズだというわけだ。そんなわけでフランス初日は移動日。空港を出たのが14時過ぎだったので、ビルバオまでの途中の街、ボルドーで一泊することになっていた。

 まだレースも始まっていないし、何と言っても陸路の移動しかしていない我々。この後散々見飽きるとわかっていても、高速道路から見えるフランスの田舎の広大な風景には旅情を掻き立てられる。7時間ほどのドライブを経て、ボルドー郊外に到着。ボルドーといえば世界に名だたる赤ワインだが、この郊外にあってはブドウ畑の面影もない。それに、ボルドーに来たのだからワインを飲もうなんて風情もへったくれもないのが我々である。なんといっても、この日の夜は「レオン[*]」 だと端から決まっているのだ。ツール取材の宿を手配する啓兄は、いつもこの「レオン」の近くのホテルから優先的に探す。「レオン」はフランス全土に展開する海鮮レストランで、ムール貝が看板商品。そして僕も啓兄も、このムール貝が好きで好きでたまらないのだ。

 初日から、ご馳走を堪能することになった。この「レオン」はいわばファミレスで、価格帯もそう高くない(が、日本円換算にすると……)。フランス全土にあるといっても、ツールの取材旅程の中でうまいこと動線上にあることは少ないから、行ける時には全力で行っておくべきなのだ。大体の場合は郊外にあるが、パリなど大都市なら街中にもある。バケツいっぱいのムール貝とフリット(フライドポテト)を、ビールと共に食べれば、元気になること請け合い。 隣国ベルギーが本場なので、フランスでムール貝というのは少し邪道かもしれないが、僕の中ではフランスの大好きな料理である。「レオン」は細かいところが洒落ていて、店員の着るポロシャツに「幸せの中を泳いでいます」と書いてあったりするのがまたいい。新発見はマスの絵が描かれたお手拭きに、「あなたのお手拭きは無料でございマス」と気の利いたコピーが踊っていたこと。

[*] フランス全土で約80 店舗を展開する海鮮料理のチェーンレストラン。かつては「レオン・ド・ブリュクセル」という店名だったが、2021 年から「レオン」となった。以前の名称が示すように、1号店はベルギーのブリュッセルにあり、当地の名物料理であるムール貝が売り物。

 無事の到着と取材旅の成功を祈り、ビールで乾杯した。このボルドーには今年ツールが訪れることになっている。「一週間後には、再び戻ってくるのだから、ワインはその時だね」と言いながら、ムール貝のバケツを空にしたのだった。ほろ酔いで安宿に戻り、ベッドに入るとほどよい眠気に見舞われ、よく眠れそうだった。時差ぼけの心配はなさそうだ。ふと、これはまだ26日間の取材の一日目に過ぎないのだと、これから始まる長旅を案じ正気に返りかけたが、気づかないふりをして心地よい眠りに身を任せる。明日は始まりの地、ビルバオへ。

第1ステージ ビルバオ 7月1日

大いなる旅立ち

 ビルバオにやってきて三日目[*]、今日からツール・ド・フランスが始まる。

 「フランス一周」を意味するレースなのに、始まりの地がスペイン・バスク地方の中心都市ビルバオであるとはいったいどういうことなのか。

 3週間にわたるレースの開幕ステージを、「グランデパール」(大いなる旅立ち)と呼ぶ。このグランデパールが外国になるケースは、結構多い。というのも、一度レースが始まるとフランスと国境を接している国にしか動線上は立ち寄れないが、開幕直後の数日間を外国のステージにし、その後早めの移動日を設定してしまえば、遠隔地でもツールをホストすることができる。1954年にオランダ・アムステルダムが初めてフランス外でのグランデパールとなって以来、2023年のビルバオは実に24回目。2022年にはデンマークのコペンハーゲンでグランデパールを迎え、大会最初の三日間、デンマーク国内を走るという設定だったが、大会四日目には移動休息日が設けられた。チーム関係者やメディアは陸路900㎞という移動[**]を強いられたこともあり、大会1週目にも関わらず疲弊した表情が多かった記憶がある。昨年に続いての外国グランデパールに今年ビルバオが選ばれたのだが、これはスペインとしても史上2回目のことだ。

[*] ボルドー泊の翌日にビルバオに到着し、プレス登録を済ませ、その日の夜は市街地で出場全選手が紹介されるチームプレゼンテーションのショータイムに出席。そのまた翌日は一日フリーで、大会関係者への取材などをして過ごした。あっという間に三日目である。

[**] 選手やチーム首脳陣は空路で移動する。

毎年コースが変わる理由

 ツールが毎年異なるコースをとるのには理由がある。ツールでは移動そのものが競技だから、毎日のスタート地点とフィニッシュ地点は違う街になる。

 自治体にとって、関係者だけで数千人が動く大会、それを観に来る観客も万単位、さらに世界でのべ20億人が観るといわれる中継映像が街の史跡名所をテロップ付きで大写しにするのだからその経済効果は計り知れない。ツールの主催者が地方の自治体に頼み込んで「使わせてもらう」のではなく、各自治体がツールに「使ってもらう」ためにおらが街を売り込むのだ。あちこちの街は、ツールを呼び込もうと必死になる。観光大国フランスにおいて、自治体の観光戦略とぴったりはまるのがツールの「スタート/フィニッシュ誘致」なのである。そこには多額のお金が動き、その売り上げはツールの収益の少なくない割合を占めると言われる。ちなみに、スタート地点よりもフィニッシュ地点をホストする方が高くつくらしい。一日4時間は続くツールを、スタートから観続けられる人は多くないだろうが、華やかなフィニッシュシーンは多くの人が見たがる。選手の勝ち星は、その町の名前とともに記憶されることもしばしばだから、フィニッシュ地点のバリューは高いのだろう。諸外国にとっても事情は同じだ。昨年のコペンハーゲンは、自転車の街として知られる同市を世界に高らかにアピールする格好の機会となった。沿道にいるファンの多さに、デンマークが「自転車の国」だというイメージが強化された。
観光戦略[*]としてもイメージ戦略としても、抜群に機能したわけである。

[*] ガイドブックに載るようなフランスの大都市がツールをホストすることは意外に少ない。そもそも知名度が高くツールでの露出が不要なのかもしれないし、大都市であるほどレースの開催が大変だという事情もある。入り組んだ都市部では交通渋滞を免れず、安全性の観点でも不安が残る。スタジアムスポーツと違い、あらゆる街中が会場になりうるツールは、テロや活動家の対象にならないとは残念ながら言い切れない。そんな訳だから、ツールをひととおり観ることは、いまフランス(と近隣諸国)で観光に力を入れている小中規模の村や町を知ることにもなる。

* * *

 美しい田舎町を駆け抜ける選手たち、道端で出会うヴァカンス中の人びとの熱狂──食、宿、自然etc…普通のガイドブックには載らない、フランスの原風景を体験できる“特別な3週間”の道しるべ。
小俣雄風太×辻啓 ポッドキャスト 書き起こしも抜粋収録されています。

 生活の横をレースが通過する!ー「ツール・ド・フランス」がどのようにしてヨーロッパの人々に親しまれているのか、その魅力が詰まった一冊です。

 『旅するツール・ド・フランス』(著・小俣雄風太は現在全国の書店、書籍通販サイト、電子書籍配信サイトで発売中です。

【刊行記念】

「僕らの旅するツール・ド・フランス 小俣雄風太×辻啓」開催決定!

本書の刊行を記念して、明日Readin’ Writin’ BOOK STOREさんにてイベントが行われます。是非配信もありますので是非ご覧ください!

日時:2024年5月26日(日)20:00-
場所:Readin’ Writin’ BOOK STORE
   東京都台東区寿2丁目4-7
登壇者:小俣雄風太、辻啓
参加費:1,500円(会場/オンライン)

参加方法:詳しくは書店ウェブサイトやPeatixよりご確認下さい。→チケット購入

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