昔のように食べられないことは、みっともないことなんかじゃない。性別とか関係なく「自分」を大事にしていこう。
フードライターの白央篤司さんが、加齢によって変化する心身をなだめながら、作って食べる日々を綴った手探りエッセイ『はじめての胃もたれ 食とココロの更新記』を、10月29日に刊行しました。
刊行を記念して、本書の一部を試し読みとして公開いたします。
「最近、何をしてるときが一番楽しいですか」
先日インタビューを受けていたら不意に聞かれた。そうだなあ……と考えてわりにすぐ浮かんできた言葉は「かけ湯」だった。
「かけ湯………ですか?」
「ええ。お風呂入る前にかけ湯するときが最高に気持ちよくて。2~3回でいいのに、つい何回もやっちゃうんですよ」
「そうですか……。じゃあ、次に楽しいときは?」
「打たせ湯ですかね、スーパー銭湯とかでの」
結構な勢いで上から出てくるお湯を肩や腰に受けてるとき、気持ちよくて我を忘れてしまう。頭頂に受けてるときなど気持ちよすぎてゴロゴロ鼻が鳴りそうになる。楽しい忘我の時間そのものなんだが、そういうことを聞きたいわけじゃなかったようで、早々に質問を切り上げられた。
後で考えてみれば食に関するインタビューを受けてたんだから「新しい食材と出合って使い方をあれこれ考えているとき」とか「仲間と好きなお酒を持ち寄って寛ぐひととき」などの答えを期待していたんだろう。悪いことをした。
風呂に限らず、この頃「体の休め方・ほぐし方」ということを強く意識するようになった。書き仕事で同じ態勢を続けてると体が固まる、こわばってくる感じがするというのは別のページでも書いたが、「じゃあ、どうほぐすのか」をもっと考えないといかんな、という思い。この辺結構、切実なんである。以前は風呂に漬かってぐっすり寝ればリセット出来たが、最近は目覚めた瞬間「あれ、まだ疲れてる」なんて感じることもある。むしろ寝てる間に首などが凝って起きるなり揉んだりもする。そもそも朝までぐっすり寝られたらラッキーだ。出歩いて体も使って疲れているのに、いざベッドに入ったら眠れないことが増えた。クタクタなのに眠れないのはつらい。のび太がうらやましい。睡眠の質向上をうたったヤクルトの商品があれだけ売れたの、分かるなあ……。
いままでは「わりと元気」なことが普通だった。何もせず普通にしていればわりと元気だったので、ただしたいこと、しなきゃいけないことを何も考えずに出来ていたが、体調として「なんとなく疲労感」「ちょっとだるい」「どっか痛む」「どっか本調子じゃない」時間が長くなってきたので、以前のような「普通の状態」に近づけるためには自分の体をほぐしたり、心をしっかり休めたり、眠りやすい状態を作ったり、快適な調子に近づけてくれるものに頼ったりしなくてはならない。こういう行為ってまとめて言うと「養生(ようじょう)すること」、なんだと思う。そう、「養生」が生活におけるキーポイントになってきた、と実感する。「養生」って言葉の捉え方も人それぞれだと思うが、私は「自分を大切にすること」だと思っている。難しいことじゃなく、寒いときは体を冷やさない格好をする、暑くて汗をかいたときはしっかり水分をとるなど、ごくシンプルなことも養生だ。別のところで書いた「日傘を差す」「腹八分目にする」なんてのも養生の一環だと思うし、苦手な人とは無理につきあわない、気が向かない飲み会には行かない、なんてことも一種の養生だと思う。
若い時期は無理しまくっても平気だった。さほど若くはない時期に入っても無理はきいた。40代も終わりのほうになって中高年も佳境(?)に入ってくると、無理したらメンテナンスやケアが必須だ。つまりは養生がマストになってくる。まさに人生の更新期。そんな時期へ入ったことを早々に自認して、自分がいま抱えている不調と向き合い、その不調がなるたけ小さいうちに自分に合った対処法を見つけることが大事じゃないだろうか。そうすることで、生活の質は保たれていくように思う。
ちょっと話は飛ぶが、40代前半の頃に私はツレから腹巻きをすすめられた。そう、映画『男はつらいよ』で車寅次郎が着てる、あの腹巻きである。昔から私は腹を冷やしやすく下しやすい傾向にあって、ツレはそれを察してくれたのだったが、最初は正直「腹巻きなんていかにもオッサンくさいよ」と抵抗が強く、乗り気になれなかった。
「いまは素敵なデザインのもあるんだよ」
プレゼントしてくれた「ほぼ日」オリジナル腹巻きは確かにデザインがしゃれていて、寅さんチックな感じでは全然無い(寅さんごめん)。現代はいろんなものがあるなと思いつつ、試しに着てみたら……あったかい。何だ、この快適さ。フィット感もすごくよく、腹部が守られてる気がする。数日間試してみて快調を実感。次第に腹を下すことは少なくなった。冷えやすいんだから腹部を温めるという単純な対応。こんなことで私の積年の不調が改善するなんてなあ……と目を見張る思いに。小さい頃からどれだけ急な腹痛に悩まされてきただろう。カッコ悪いと却下せずに、もっと早く試してみればよかった。いや、そもそも対応策があるとも思わなかった。なんとなく「体質だから」と放置してきてしまった。
私はNHKの『あさイチ』という情報番組が好きでよく見ているのだが、心身の不調や加齢による変化にどう対応するか、どんな対応策があるかというのがよく特集のテーマになっている。こういう特集を、もっと中高年男性向けに作ってもらえないかというのが近年の私の思いだ(※)。
マガジンハウスの雑誌『クロワッサン』は縁もあってよく書かせてもらったり、取材も受けたりするのだが、あの雑誌も中高年の心身不調対策をよく特集されている。男版の『クロワッサン』が欲しい。紙媒体でなくてもいい。女性向けはたくさんあれど、男性向けはなかなかない。男性向けと銘打つことでアクセスしやすくなる人は多いはず。
人間、不調であることに自分ではなかなか気づけない。例えば体が冷えている人は、芯からあったまるまで自分が冷えていることには気づけないものだ。冷え切った体に、人間は次第に慣れてしまう。慣れは怖い。男性だったら「男は冷え性などならない」なんて思っている人もいるのではないだろうか。性別関係なく冷えやすい人はいるし、冷えからくる不調を抱えることも多々ある。
仕事や家事やらの忙しさから、少々の不調で自分をケアしてはいられない人も多い。そのうち「不調であること」に慣れてしまい、それが「普通」になってしまう。同年代、みんなこんなもんだろうなんて流してもしまう。心身の不調を見つめるのが怖い、見たくない、認めたくないという思いもあるだろう。私と同年代の、昭和50年代以前に生まれた男達は、心身の不調を人に言うのはみっともない、恥ずべきことだ、という思いも強いかもしれない。弱いと見なされるのはいやだ、私は弱くない、まだまだ老いてなぞいない……。どう思うのも個人の自由だが、ちょっとしたことでグンと改善することだってあるのに、もったいなくはないだろうか。
私達はもっと自分をいたわっていい。いや、いたわろう。
『あさイチ』なんかを見ていると、ドラマティックに体型を変えるというのではなく、中高年の体型をそれなりに良く見せる着方とか、「いかにも隠してます!」というデザインじゃないのにスッキリ見せられる洋服の選び方とか、あるいは自分にあった色味の選び方とか、無理なくすぐに活用出来そうな女性向けの情報があふれていて、実用的でうらやましい。男性版も欲しいよとよく思う。グレイヘアや薄毛に関しての特集なんかを見ていても同様だ。私も最近、鏡を見てドキッとする。年齢に応じたヘアケアやヘアスタイルの選び方、あるいはカラーリングに関することなど、専門家が解説してくれたらうれしい。
対策を教えてくれるのがありがたいのはもちろん、同年代の人々が「ああ、同じようなこと悩んでいるんだな」と分かるだけでホッとする。ひとりじゃないことが信頼性の高いメディアによって可視化されるとしたら、こんな心強いことはない。
『あさイチ』の話を続けてしまうけれども、ファッションのことにせよスタイルのことにせよ、「モテとか関係なく、自分がこうありたいから」という個の気持ちが尊重されている番組作りがいいなと強く思う。
誰かの視線を気にするわけでも、誰かに気に入られたいわけでもない。いまの体型じゃ、いまの髪型じゃ、自分がいやだから変えたい。「私がこうありたいと思う私」を大事にする。その上で専門家がアドバイスをする。これ、基本にしたい。とかく中高年男性用の情報はモテと絡めて記事にされがちなのだが、「そういうの、もういいから……」とうんざりな人も割にいるんじゃないかと思う。みんながみんな「ちょいワルおやじ」になりたいわけじゃないし、「そんなんじゃモテないぞ」的な脅迫ビジネスもたくさんだ。
1日の終わりに心身をうまくほぐすコツを教えてくれるような、疲れた自分を上手にチャージする方法をいろいろ紹介してくれるような、現代社会に根差した、中高年男性向けの地に足の着いた生活情報メディアが必要だと心から思うし、制作したいという夢もある。
私と同世代の男性はまだまだセルフメンテ情報に疎く、興味があってもリーチ出来ず、「老いまかせ」な人が多いと感じている。体調メンテといえばサウナに行って汗をかくか、たまにサプリか栄養ドリンクを飲むぐらい……という感じの彼らに、「こんなことやると、より快適になるかもよ」みたいな気楽な感じで情報を届けたいのだ。
もしも中高年男性向け生活情報メディアが出来たら、勝手な夢だが私は「おひとり様向け自炊術」なんてコーナーをプロデュースさせてもらいたい。50代、60代まで興味はあっても自炊に近づけなかった、続けられなかったシングル男性の多さを感じることが多く、彼らとごはん作りをうまく結び付けられたらと思うのだ。
食欲が湧かない人、食がグッと細くなった人向けのレシピや食べ方の工夫とか、カロリー少なめでも満足しやすいごはんのレシピ、老年期に向けて健康を維持したい人向けの献立の組み方とかはニーズもあるだろうし、詳しく語れる専門家もいろいろと知っている。あるいは料理教室に行ってみたい人に向けた情報、自己練習したい人に向けてミールキットの存在を伝える、または疾患を抱えて食事制限がある人向けの宅配食情報など、いままであまりなかった形の食情報をいろいろと詰め込んでみたい。
いまこの原稿はお灸をしながら書いている。生活情報誌のベテラン編集者から「セルフお灸、なかなかいいんですよ。私はやってみて快適」とおすすめしてもらい、早速試してみた。いやー、手軽に出来るキットがあるもんなんですね。値段も手頃。シール状になってて、肌に簡単に貼れる。「冷たいものを飲んだり食べたりし過ぎたときに」「疲れているのに寝つけないときに」いい、とされるツボなんてあるのか。まさに私が求めてるものじゃないか。指南書に従い、手探りでツボを見つけてお灸をオン。だんだん熱くなってくるが耐えられないほどじゃない。体のあちこちで熱さの感じ方が違うのも面白いぞ。
まだ5回ほどの体験だが、肩と首の凝りがちょっとよくなってきた気がする。効能は短期間で出るものじゃないだろうが、漢方薬のページで書いたのと同じく、「不調に対応している自分」というのがなんだか快いのだ。私は自分の不調をスルーしていないという事実だけでも、気分の上でちょっとの救いになる。これもまた私に適した養生法のひとつになってくれますように。
【付記】
生活の上でいろいろ頼りにするものが出来るのはいいことなんだけど、「すがりはしない」よう、気をつけている。頼りにはするが、すがらない。これ無しでは心配、いられないみたいになったら別のケアが必要になってしまうから。また肩こりでも冷えでも、本当に不調を感じたらすぐ病院へ。病はセルフケアでは治せません。
※『あさイチ』ではかつて男性の更年期や更年期障害のことも取り上げてくれたことがあった。中高年男性向けの生活情報もしっかり視野に入れて番組作りをされていることは理解しているし、今後も期待したいと心から思っている。
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「あなたの胃は、もう昔のあなたの胃ではないのですよ」
そう気づかせてくれたのは、牛カルビだった。
調子にのって食べすぎると胃がもたれる。お腹いっぱいが苦しい。量は変わらないのに、ぜんぜん痩せない……老いを痛感する日々がだんだん増えているはず。
人生の折り返し地点を迎えて、いままでのようにいかないことがどんどん増えていく。でも厚揚げやみょうが、大根おろしみたいに、若い頃にはわからなかったおいしさを理解することだって同じくらいあるはず! いまこそ、自身を見つめ直して「更新」してみませんか?
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