ミュージアムで迷子になる
第12回

つくるを学ぶ子供博物館――ヤング・ヴィクトリア&アルバートを大人目線で読む

学び
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ミュージアム研究者・小森真樹さんが2024年5月から11ヶ月かけて、ヨーロッパとアメリカなど世界各地のミュージアムを対象に行うフィールドワークをもとにした連載「ミュージアムで迷子になる」。

古代から現代までの美術品、考古標本、動物や植物、はては人体など、さまざまなものが収集・展示されるミュージアムからは、思いがけない社会や歴史の姿が見えてくるかもしれません。

 ロンドンを代表する美術館にヴィクトリア&アルバート美術館(以下、V&A)がある。そのコレクションは工芸・デザインの領域が基礎となっている。つまり、絵画や彫刻などの「美術」ではなく、「非美術系の応用芸術」に関わる領域だ。V&Aは大英博物館ともコレクションを共有する体制で運営されており、観光名所というだけでなく研究機関という意味でも二つのミュージアムは”ロンドンの両輪”といったところである。

 あまり日本では知られていないが、V&Aにはヤング・ヴィクトリア&アルバート(以下、ヤング V&A)という名前の分館がある。東ロンドンのベスナル・グリーンにあるこのミュージアムは、十四歳までの子供を対象にした体験学習型の展示を行う。この種の「子供博物館(Children’s Museum)」は、歴史的には19世紀に米国ブルックリンに始まったミュージアムの形式で、とくに世界に広がったのは20世紀後半のこと。日本では東京・立川にあるPLAY! MUSEUMや、キッザニアのような商業施設で知られている。

吹き抜けには広場とカフェがあり展示室が左右二階に配置される。元は19世紀に建築された本館ビル

 ヤング V&Aの前身であるミュージアム・オブ・チャイルドフッドは1974年にV&Aの子供向けの教育部門として生まれた。当時は「子供向けにつくられたり、子供がつくったもの」を展示する施設だったが[*1]、「子供がつくることをいかにして学べるのか」という観点に重きを置き2023年にリニューアルしたものがヤングV&Aである。

誰もが学べる“子供向け”

 近年の子供博物館は学びの主体性を重視するラーニングの方法を積極的に取り入れるようになった。

 教育内容のエッセンスを抽出し、それらを来館者(つまり子供たち)が能動的に学ぶようなしかけをつくる。キャプションの内容を理解しやすくしたり、文章表現を簡潔に言い換えたり、文字の大きさやフォントを調整して読みやすくしたりする。展示位置を低めにしたり音声や図像・映像を多用したりもする。こうした展示の設計は、若年層を対象としたアクセシビリティ(公正に利用可能な状態にすること)を目指したものだ。しばしば体験的な方法が採られるのは、学びを来館者が自分ごとにできる工夫によって「利用可能にしている」のである。

 この分館は、その名とは裏腹に、子供が楽しめるだけでなく大人にとっても非常に刺激的なミュージアムである。ヤングV&Aの芸術教育が焦点を当てるのは、「つくる」という行為。考えてみれば、何かをつくることとは大人も子供も関係なく楽しむもので、つくる行為を本気で学べるミュージアムならば、大人も面白いのは当たり前。そして同館が重視するアクセシビリティとは、様々な条件をもった人々がその教育を利用できる公正な状態を目指すことであり、つまりは、“誰でも”楽しめること。子供向けにアクセシブルな展示には、誰にとっても学びがあるはずだ。

 本稿ではヤングV&Aの展示を例に、つくる方法を誰もが学べることを目指す“子供向け”ミュージアムのしくみについて、“大人目線で”解題してみたい。

「社会を変える」をデザインする

 ヤングV&Aの展示は「デザイン/プレイ/イマジン」という三つのキーワードに分けられており、それらは互いに交差している。ワードに沿って順に見ていこう。

ここは「…をする」ためのミュージアムです、と様々な動詞が並び、「デザイン/プレイ/イマジン」はその3本柱

 まずは「デザイン(Design)」のセクション。「デザインは世界を変える。だからあなたも世界を変えられる」という力強いフレーズとともに、世界を設計する(=デザインする)の仕方を具体的に見せていく。

 パートはいくつかに分けられている。「素材」で分けられた展示がある。木、鉄、プラスティック……椅子や照明などから、その素材ごとに、我々が暮らす社会で欠かせない製品が何から構成されているのか見て取れる。

 別の部屋は、「行為」で分類されている。切る、曲げる、折る、描く、染める、鋳型にはめる、掘り出す、音をチューニングする、縫う、編む、ラミネートする、デジタル化する、印刷する、3D印刷する……と、全てが動詞で表現されて、どのような行為によって様々なものがつくられているのかわかる。

 デザインとは何かという説明は、「目的」という観点からもなされる。住宅、ベンチ、工具、メガネ、ソーラーパネル、義足などが展示され、デザインが人々の必要に応えるプロセスが図示され説明されている。いわゆる“必要は発明の母”というやつである。プロセスのなかでは、解決したいと考える問題が言語化されて意識されるようになる、という段階がある。その段階が意識されることで、デザインする際の目的意識が明確になる、という利点について明快に理解できる。

子供たちによるZINE
「これはクールじゃないよね!」

 すぐ横の展示には、ジェンダーや人種間の格差、投票の意義、気候変動問題やLGBTQ差別を訴えるポスターやプラカード、ビラやZINEなどが展示されている。これは、デザインには目的があるという理解と対応させるとその意図がわかりやすい。つまりこれらは、それぞれの社会課題という「必要」に対して「社会を変える」デザインなのである。

 具体的には、デモや出版物のつくりかた、問題意識の共有や運動グループを組織する方法などの実例が示されている。これらはターゲット層と同世代の子供たちの手で実際につくられたものである。環境活動家グレタ・トゥーンベリが十六歳という若さで出版したスピーチ集『No One Is Too Small to Make a Difference』も取り上げられていたりと、子供達自身の手によるデザインである点が強調されているのは、こうした社会活動は当事者が「できること」、つまりアクセシブルなものであることを強調するためなのである。

 デザインは私たちの周りにあります。衣服からウェブサイト、都市から体験に至るまで、すべては設計されたものなのです。デザイナーは、問いを立てたり、アイデアで遊んだり(=プレイ)、さまざまな解決策を考えたり(=イマジン)、最も効果的な答えを選ぶことで、私たちのニーズに応えます。それは人々による、人々のためのプロセスなのです[*2]。

 ギャラリーの冒頭にあるデザインに関する簡潔で的を射たこの説明は、平易な言葉でものつくりの本質を伝えている。デザイン=つくるの対象は、プロダクトやインフラから、人とのつながりや体験、社会変革に至るまで、あらゆるところにあるということが理解されるだろう。

素材を触ってプレイする、プレイするルールをつくる

 一方「プレイ(Play)」には例えばこのような展示がある。二歳以下を対象にしたパートでは、什器には丸みを持たせてあり、柵に区切られたスペースで保護者と一緒に子供たちが自由に遊び回る――プレイする――場所となっている。この年齢の子供たちはじっくり展示物に向き合って鑑賞するような年齢でないが、彼らは単に居心地の良さそうな空間で遊んでいる。これがこの展示の「鑑賞/利用」方法である。

 ここは10m四方ほどの広さで、各所にはフロアや壁面が様々な素材でつくられていることがわかる。これも展示である。芝生、大理石、木……と、それらの素材に触りながら体験することができるのだ。各素材別の展示セクションには、その素材に関連させた作品が展示ケースに置いてあって、例えば大理石のところには古代ギリシャ=ローマ様式のトルソ、というように同素材でつくられた作品を見ることができるようになっている。

 プレイ展示の別のセクションには、ゲームの展示セクションがある。ボードゲーム、カードゲーム、ビデオゲーム、そしてスポーツなど、ゲームの歴史を伝える展示がある。ゲームとは、ルールに従って「プレイする」ものである。その横には各種にビデオゲームをプログラミングしたり、すごろくのようなボードにカードを組み合わせて自分独自のゲームを設計することができる展示がある。

素材が強調された「プレイルーム」

 これはプレイするルールをつくる、つまりデザインすることを学べる展示である。プレイという言葉は、日本語で「遊ぶ/競技する/演奏する/演じる」と様々に訳すことが可能だが、この語の幅広さが示すように、ボードゲームやビデオゲームだけでなくスポーツ、音楽、ロールプレイ(ごっこ遊び・演劇)に至るまで、プレイするゲームのつくりかたについて体験的に学ぶものとなっている。

ストーリーをイマジンする、イマジンしてプレイする

 三つ目の「イマジン(Imagine)」セクションでは、絵画作品が壁に並んでいる。「ストーリー・マシーン」という展示では、分類され数十点ほど掲げられた絵画に「あなたは誰に会うつもりですか?」「あなたはどこにいくのでしょうか?」などの問いかけがなされている。これに合わせてストーリーを想像するというしかけである。展示物を選びそれらに物語をつけるこれはまさに、キュレーションのレッスンでもあり、子供向けのミュージアムでキュレーション教育をしているということになる。

イメージにお話をつける=ナラティブでキュレーションする、ストーリー・マシーン展

 出色なのは、それらの多くはレプリカではなく本物の作品であるという点である。これはV&Aという、歴史とコレクションに厚みがあるミュージアムの特性を生かしている。また、先述の問いかけに合わせて並べられたイメージは、絵画などの美術品に限らず、映画のポスターなどの広告、写真、浮世絵などと表現ジャンルを超えて選ばれている。これもまた、応用美術を基礎としてきた同館ならではのものである。

 この隣には舞台がある。柱が立ち祭壇状の赤い舞台が照明に照らされ、子供たちがわいわいきゃっきゃと何かのセリフをしゃべって、ごっこ遊び(プレイ)をしている。絵画によるキュレーションと同じく、イマジネーションを働かせストーリーをつくり、演劇(プレイ)をしているのである。

 「デザイン/プレイ/イマジン」という三つの言葉が支えるヤングV&Aの展示は、ものづくりの本質を子供たちに届く方法で、つまり、アクセシブルに伝えている。昔子供だった大人たちには、世界をイマジンしてデザインするこうした学びを得る機会があっただろうか。衝突や不寛容ばかりが目立つ昨今の世の中で“大きな子供たち”に足りないのは、ひょっとすると、アソビ=プレイの精神なのかもしれない。

[*1] ヤング以前にミュージアム・オブ・チルドレンの改築を請け負ったCaruso St John Architectのサイトで当時の様子が一部確認できる。https://carusostjohn.com/projects/victoria-and-albert-museum-childhood/#more
[*2] 「デザインギャラリー」入口の展示パネルより。

筆者について

こもり・まさき 1982年岡山生まれ。武蔵大学人文学部准教授、立教大学アメリカ研究所所員、ウェルカムコレクション(ロンドン)及びテンプル大学歴史学部(フィラデルフィア)客員研究員。専門はアメリカ文化研究、ミュージアム研究。美術・映画批評、雑誌・展覧会・オルタナティブスペースなどの企画にも携わる。著書に、『楽しい政治』(講談社、近刊)、「『パブリック』ミュージアムから歴史を裏返す、美術品をポチって戦争の記憶に参加する──藤井光〈日本の戦争画〉展にみる『再演』と『販売』」(artscape、2024)、「ミュージアムで『キャンセルカルチャー』は起こったのか?」(『人文学会雑誌』武蔵大学人文学部、2024)、「共時間とコモンズ」(『広告』博報堂、2023)、「美術館の近代を〈遊び〉で逆なでする」(『あいちトリエンナーレ2019 ラーニング記録集』)。企画に、『かじこ|旅する場所の108日の記録』(2010)、「美大じゃない大学で美術展をつくる vol.1|藤井光〈日本の戦争美術 1946〉展を再演する」(2024)、ウェブマガジン〈-oid〉(2022-)など。連載「包摂するミュージアム」(しんぶん赤旗)も併せてどうぞ。https://masakikomori.com

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