2021年から現在まで、アメリカでは保守派の保護者や政治家を中心とした「禁書運動」が盛んにおこなわれています。「ペン・アメリカ」の調べによれば、2023–2024学校年度に4000冊を超える本が禁書に。ヤングアダルト(以下、YA)と呼ばれる若者向けの書籍と絵本を含む児童書が主な対象となっています。
2025年1月28日に太田出版より刊行した、堂本かおるさん著『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』では、禁書対象となった絵本を一冊一冊見ながら、多様な人々が生きるアメリカ社会と、それらが禁書とされている現在の姿を浮かび上がらせています。刊行を記念して、本書の一部を試し読みとして、3回に分けてOHTA BOOK STANDに公開いたします。
日本ではポット出版から出ている『And Tango Makes Three(タンタンタンゴはパパふたり)』は、LGBTQ絵本の代表作のひとつだ。オスのペンギン2羽がカップルとなり、卵を温めて孵化させ、生まれたヒナとともに家族となる、実話に基づいた物語だ。2005年の出版から20年を経たいまでも人気のロングセラーで、多くの児童文学賞を受賞しているが、当初より「ホモセクシャル(同性愛)を思わせる」「幼児には不向きだ」などと物議を醸し、当時からいまにいたるまで禁書の対象となり続けている。
ニューヨークのセントラルパーク内にある動物園には多くのペンギンが飼育されており、毎年、繁殖期になると「女の子」のペンギンと「男の子」のペンギンがカップルとなって卵を産み、ヒナを育てている。そんな中、どちらも「男の子」のロイとシローがいつも一緒にいることに飼育員が気付いた。
ペンギンの女の子たちはロイとシローに注意を払わず、ロイとシローも女の子を気に掛けなかった。けれど2羽は他のカップルが小石を積んで巣を作り、そこに卵を産んで温めている様子を見て真似をした。卵を産めない2羽は石を巣の真ん中に置き、座って温めた。でも、いくら頑張ってもヒナは生まれなかった。その様子がユーモラスに描かれている。
ある年、他のカップルが珍しく卵を2コ産んだため、飼育員はひとつをロイとシローの巣に置いた。2羽は交代で卵を温め続け、やがて女の子のヒナが誕生した! タンゴと名付けられたヒナを2羽の父親は見事に育て、セントラルパーク動物園初の「2羽の父親を持つペンギン」として子どもたちの人気者となった。けれど夕暮れになると3羽は他のどのペンギン一家とも同じように、他のどの動物一家とも同じように、3羽で慈しみ合い、家族として眠りにつくのだった。
動物の世界にも同性愛が存在すること、オス同士がごく自然に寄り添い、子どもを欲し、いったん卵を得ると何不足なく育て上げたという事実を、ユーモアを滲ませつつ、微笑ましく描いた作品だ。
2作とも幼い子どもに「性愛」を語ることはせず、家族以外の誰かを「大好きになる(愛する)」ことがあり、「一緒にいたい」と願うようになると伝えている。ミミズのカップルは一緒にいたいから「結婚しよう」と思うようになった。2匹には性別もその概念もないが、それを気にしたのは周囲のみで、当人たちはまったく意に介さず幸せにゴールインした。のちに2匹が子どもを持ちたいと思うかはわからない。
ペンギンのロイとシローは結婚という形式に関心はなかったが(実存した動物だからなのだが)、「家族を持つ」ことを強く願い、それを実現させた。読み手は妊娠の仕組みもまだ知らない年齢ゆえに、人間の同性愛カップルが子どもを得るには養子縁組、代理母出産、体外受精のいずれかになるであろうことは、何年も後に知る事象だ。
子どもにとって、この章の最初に挙げた「(人間の)ママ、もしくはパパがふたり」の絵本は、自分を育ててくれる両親の存在と、両親から自分へのあふれんばかりの愛情を確認する物語だ。子どもは自身の実生活からも、そうした絵本の物語からも、自分の両親が愛し合っていることは十分に感じ取れるものの、両親がカップルとしての愛情をどう発見し、育み、自分を産み育て、いまにいたっているかをまだ知らない。ミミズとペンギンの物語はそれを知ることができる。
また、読み手の子どもが同性愛者となるか、異性愛者となるかにかかわらず、ミミズの物語もペンギンの物語も自分の将来、大人になったときの物語の予告となり得る。そのためにも主人公は自分と同年代の子どもではなく、すでに〝大人〞ではあるが、子どもが親近感を抱ける可愛らしい動物の姿である必要があったのだ。
* * *
アメリカではいま、保守派による禁書運動が暴走している
黒人、LGBTQ、アジア系、アメリカ先住民…マイノリティを描いた絵本がなぜ禁書されてしまうのか
NY在住ライターが禁書となった数々の絵本を通して見る、アメリカの姿
非営利団体「ペン・アメリカ」によると2023-2024学校年度に、前学校年度の2.7倍にあたる4231種類の本が禁書指定された。アメリカでいま、何が起きているのか。
この禁書運動は2021年に突如として始まった。ターゲットになっているのは、禁書運動を推進する保守派の親や政治家が理想とする<古き良きアメリカ>にとって都合の悪い、子ども向けの本たちだ。
黒人、LGBTQ、女性、障害、ラティーノ/ヒスパニック、アジア系、イスラム教徒、アメリカ先住民……8つのトピックにわけて、禁書運動の犠牲となった数々の絵本を一冊ずつ見ていくことで、マイノリティの苦難の歴史と、その中で力強く生きる姿、そして深刻化している政治的な対立<文化戦争>の最前線を知る。トランプの大統領再選が決まったいま、必読の一冊。
『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』(堂本かおる)は現在、全国の書店、書籍通販サイトで販売中です!