多くの人がある日直面する「親の介護」。それはやがて確実にやってくる〈自分介護〉の絶好のリハーサル機会でもありますが、最初は誰もが介護の初心者。ひとりまたは家族だけで抱え込むのは危険です。では「誰(どこ)を」「どのように」「頼れ」ばいいのでしょうか。
2025年に太田出版より刊行した『じょうずに頼る介護 54のリアルと21のアドバイス』(一般社団法人リボーンプロジェクト・編)は、親の認知症介護から完全セルフ介護まで、当事者たちの実体験によるリアルな事例集です。老々介護/老後資金計画/実家の後始末/老いと向き合う/障がい者と仕事/シングルの保証人/介護申請/施設入所/在宅死の選択/相続人がいない/お布施と戒名/墓じまいetc..本音で知りたかった実践的裏ワザと、正気の保ち方。刊行を記念し、本書の一部を試し読みとしてOHTA BOOK STANDにて公開します。
忙しさにかまけて親の介護のことなど考えてもみなかった圭太さん(43歳)が、電話で話す父親の様子がどうもおかしいと気づいたのは、つい最近のこと。しかし、妹はずいぶん前から母からのSOSを受けて、こまめに顔を出してくれていたらしい……。
父が壊れ母が疲弊……同時介護の危機
「お父さんがおかしいのよ」
母からの電話を受けても圭太さんはピンとこなかった。老夫婦のいつものいさかい、母の愚痴だろうと聞き流していた。関西地方の実家から車で30分の隣の市で暮らす妹から、「お父さん絶対におかしい。認知症かも。言うことがころころ変わるし、お母さんに怒鳴ったりもするのよ」という連絡を受けて、何事か起きていると初めて気づいたという。慌てて帰省したものの、事態は思った以上に深刻だった。
「父の言動に振り回されて、母が限界を迎えていました。朝方のとんでもない時間に食事が用意されていないと怒鳴り散らす、思うようにできないと手が出ることもあると聞き、帰省して医者に連れて行ったり、地域包括支援センターを訪ねて介護相談したり。診断はアルツハイマー型の認知症でした。介護保険の申請をして、とりあえずケアマネジャーと話をすることができましたが、これを1週間の有給休暇中にこなすのは大変でした」
これまで母と妹に押し付けて、東京で仕事にかまけていたことを反省して、長男として相応の介護負担を引き受けようと決心した圭太さん。介護の情報収集から始めたのだが、想定外の出来事が次々と襲ってくる。
「認知症って、物忘れや居場所がわからなくなることか、くらいの理解しかなくて。こんなに怒りっぽくなったり暴れたりするなんて、思ってもみませんでした。正気で話ができるときもあって、症状が出るときと出ないときのギャップが激しいので、これも悩みの種でした」
十分とは言えないながらも父の介護態勢を整えて帰京した圭太さんを追いかけるように、妹から電話がきた。
「お母さんが倒れちゃった。心臓病だって。いま、入院したところ」
両親を一緒にはおいておけない
頼みの綱の母が倒れるなんて、これも想定外だった。
「心労がたたったのか、発作を起こして救急搬送されたそうです。手術したこともあって入院は1カ月にも及びました。それでも、母の入院で時間的余裕ができたのは不幸中の幸いでした。母のいない間、父の症状も少し治まったようにも見えたし、ヘルパーさんを派遣してもらったので、父もなんとか順調に一人暮らしを送れるようになって、僕もほっとしました。今のうちに、母の退院後の生活を考えておかなくてはと頭を切り替えました」
母が安心して暮らせる施設を探し始めた圭太さん。ある重要な事実に気づいた。両親の経済状況などまったく知らなかったという事実に。
「年金生活だというのは知っていましたが、生活費にいくらかかっているか、貯蓄はいくらあるのかなんて知りませんでした。介護付きの有料老人ホームに入居するには実家を売却しなければいけないこともわかりました。もちろん、両親を別々の施設に入れるのも、月々の利用料を考えたら無理な話です」
すると、母親は体力が落ちているにもかかわらず「やっぱり家に帰りたい」と言う。父親は「俺はどこにも行かない」の一点張り。仕方がないので、恐る恐る母を帰宅させた。
「父も母の入院が堪えたみたいで、帰宅後しばらくはおとなしくしていたようですが、2カ月もすると元の木阿弥でした。認知症にも内弁慶と外弁慶があるんですね。ヘルパーさんには遠慮できるのに、病後の母には声を荒げるんですから」
妹は介護疲れからかうつ気味になるし、とにかく父と母を離す算段をしなくてはと、圭太さんは焦った。
スパイもどきの脱出劇
両親二人の生活が行き詰まって、妹は医療保険で入院できる精神病院に父を措置入院させることまで考えたという。最後は、父に隠れて母を連れ出し、当面妹の家で同居してもらうことにした。子育て真っ最中の妹一家に面倒をかけることになったが背に腹は代えられない。
「まるで、スパイ映画のようでした。僕が別室で父と話をしている間に、妹が母を父に気づかれないように自分の家に連れ帰ることにしたんです」
一人残された父親の生活も心配だが、本人はどこ吹く風。一日1回はヘルパーに訪問してもらっているが、いつまで続けられるか心もとない。安心して父親を任せられる施設を探して、母を帰宅させるのが長男の務めだと自らに言い聞かせている圭太さんだ。
アドバイス「介護保険で入れる施設があります 費用を抑えたいなら介護老人保健施設」
佐々木世津子(主任ケアマネジャー/介護事業所経営 )
介護保険の施設サービス
民間の老人ホームは高騰しています。入居金が何千万円で月額利用料が数十万円となると、夫婦二人分の費用を工面できるのは限られた人しかいないでしょう。その点、介護保険サービスで入れる公的施設は、費用面では大きなアドバンテージがあります。ただし、民間の老人施設に比べ入所条件は厳しめです。
介護保険で入れる施設には、「特別養護老人ホーム(特養)」「介護老人保健施設(老健)」「介護医療院」があります(167ページ参照)。「特別養護老人ホーム」は要介護度が3以上でなければ入所できません。年金程度の利用料で済むので人気がありますが、その分、入所待ちの人が多く入所までに何年もかかっています。
本ケースの圭太さんのお父さまには、「介護老人保健施設」をお勧めします。老健は、退院後、自宅に帰るのが不安な人に対して、施設でリハビリに取り組み在宅復帰を目指す施設です。医師による医学的管理の下に、看護、介護、リハビリ、栄養管理、食事、入浴などのサービスが提供されます。
ただし、自宅復帰が目的ですから終身利用を目的とはしていません。入所期間は原則3カ月で、3カ月ごとに「入所継続」か「退所」かの判定会議があり、「退所」と判断されれば退去の手続きをしなければいけません。が、状況が変わらず入所継続の方も多く、何回も継続して数年間入所している方も少なくありませんし、看取りまで行うケースもあります。老健に入所している間に「要介護3」がとれたら「特養」に申し込み、待機するというのがベストかと思います。老健なら費用も月額10万円以内に抑えられます。
老健にはショートステイもあります。在宅介護中、介護をする側が体調を崩したり、外出する際、短期間入所して介護を代わってもらう仕組みです。圭太さんのお母さまは介護負担に耐えられないくらい体調を崩しているわけですから、すぐにでもショートステイを利用できると思います。
遠距離介護のサポート
遠距離介護の場合は、帰省するたびにかかる交通費もばかになりません。交通費を節約するには、新幹線なら「えきねっとトクだ値」や、予定が決まっている場合は「早割」、「エクスプレス予約」など、40%、50%割引のサービスがあります。JR各本社の情報を確認してください。飛行機なら、全日空、日本航空、ソラシドエア、スターフライヤーには「介護帰省割引制度」があります。飛行機移動が可能な地域ならぜひ活用してください。
ちなみに、ご両親の金銭管理は大丈夫でしょうか? 銀行が「認知症で判断能力がない」と判断すると、本人の口座が凍結されることがあります。家族や圭太さんが「代理人」の指定を受けて代わりに入出金を行えるようにしておくことも必要になってきます。スマートフォンで口座管理できる機能も利用したいですね。