酒場と生活
第21回

小田原「潮若丸」の「湘南しらすせんべい」

暮らし

小田原にあるキンミヤホッピーをはじめた伝説的なお店「柳屋ホルモン焼・本店」に、漫画家のラズウェル細木先生たちと一緒に訪問することになった。柳屋はもちろん圧巻の良さだったが、その前にふらりと寄った店がこれまた良くて、小田原の底力を思い知らされた。というわけで今回はその「潮若丸」という店について。

神奈川県小田原市に、かつて店主が、キンミヤ焼酎とホッピーの抜群の相性にいち早く気づいて提供をはじめ、そこからキンミヤホッピーの組み合わせが大衆酒場の定番として各地に広がっていったという伝説的な店がある。

「柳屋ホルモン焼・本店」。その逸話を知って以来、ずっとあこがれていた。そんな柳屋に先日、光栄にもほどがあることに、キンミヤ焼酎を作る「宮崎本店」の東京支店長、伊藤盛男さんからお誘いをいただき、ついに訪問することができた。

待ち合わせは、店が開店する午後4時の少し前に、小田原駅。僕は、同じくお誘いを受けていて、よく酒の席もご一緒させてもらっている、漫画『酒のほそ道』の作者、ラズウェル細木先生、そして先生の担当編集さんら“酒ほそクルー”とともに、新幹線で小田原へ向かうことに。当然旅行気分なので、待ち合わせより2時間ほど早めに現地に着くようにして、どこか駅近くの店で軽くアップ、つまり一杯やりはじめましょうということになっていた。

その日訪問が叶った柳屋はもちろん圧巻の良さで、完全に酒場の聖地だった。今もまだその余韻をかみしめている。が、その前にふらりと寄った店がこれまた良くて、小田原の底力を思い知らされた。というわけで今回はその「潮若丸(うしわかまる)」という店について。

ふだんの僕や、ラズ先生などおなじみ酒飲みメンバーが飲みはじめるならばたいていは、「さてどうしましょう、とりあえずてきとうにぷらぷら歩いてやっている店でも探しますか」となる。ところがこの日は、頼もしい若き編集さんがおふたりも同行してくれていた。なんと事前に、周辺で早い時間から営業中の店をリサーチ&リストアップし「この近くだと『〇〇』『〇〇』『〇〇』というお店が営業中です」と教えてくださる。「じゃあそこへ行ってみましょう。時間も限られてることだし」と、現在地からいちばん近いという理由で訪れてみたのが、潮若丸だった。

店は意外にも真新しいビルの2階にあって、目立つ看板があるわけでもなく、ふだんの自分だったら見過ごしてしまっていただろう。ところが一歩店内に入ってみると、雰囲気は完全にザ・大衆居酒屋で、いきなり「え? 今ってほんとに2時過ぎだっけ?」と感覚が狂いはじめる。

テーブル席に着きメニューを確認。土地がら魚介系メニューが多いが、揚げものや串焼きや一品料理や食事も充実している。しかも随所に店主さんのこだわりを感じさせる、興味をそそられるものが多く、ここがいい店なことがすでに確信できる。

とはいえ、本番はこのあとの柳屋だ。あまり満腹になりすぎ&酔っぱらいすぎないよう、慎重に攻める必要がある。そこで、小田原にやってきてメニューにあれば頼まないわけにはいかない「鈴廣の板わさ(謹上かまぼこ)」(税込660円)からスタート。酒は、次でも飲むことは確定しているけれども大好きな「ホッピーセット(白)」(660円)で。

旅先独特の開放的な気分でホッピーで乾杯していると、すぐに板わさが到着。かまぼこは相模湾が近い小田原の名物で、なかでも代表的なのが創業1865(慶応元)年の「鈴廣」だ。

さて小田原名物のかまぼことはどんなもんか、と、まずはそのまま食べてみて面食らってしまった。ぷりんっという軽快な歯ごたえからして、僕の知っているかまぼことはまったく別もの。なんでも謹上かまぼこは、鈴廣のなかでも特に、弾力を感じられるよう作られているそうで、保存料や一般的に使われるでんぷんも不使用。魚と専用の塩を主な原材料に仕上げられているのだとか。

なるほど、心地よい弾力を楽しむと同時に、強い魚の旨味と絶妙な塩気が広がり、こりゃあうまい。合わせて食べる用にわさび漬け、そして珍しい「かまぼこのためのオリーブオイル」なるものも添えられていて、どちらも試してみたけど、最終的にはそのままがいちばんという結論に至った。一同、「かまぼこが美味しすぎる」というシンプルな事実がなんだかおかしくて、笑いあう。

これでぐっと勢いがついてしまい、頼まないわけにはいかなくなって「刺身5点盛り」(1958円)を注文。それから「辛味噌きゅうり」(550円)と、どんなものかはわからないけれど「数量限定! 売り切れ御免!!」とある「湘南しらすせんべい」(550円)もお願いする。

刺し盛りがやってきて歓声があがった。まずはその盛り自体が美しく、尾頭つきの小鯛を中心に、丸い大皿にきらきらの刺身たちがたっぷりとのり、とても値段からは考えられない豪華絢爛さだ。まぐろや太刀魚の他に、見ても僕には魚種のわからない切り身もあるから、季節ごとの地魚などが常に登場するのだろう。当然のことながら、どれも新鮮で、うっとりの味わいだ。

何気ない一品である辛味噌きゅうりもただものではない。皿に竹の葉とたっぷりの氷が盛られ、よく冷やしてごろっと厚めの斜め切りにされたきゅうりがその上にのっている。初夏めいてきた昨今の気分にぴったりだ。甘辛く濃厚で、じわじわと辛味が効いてくる辛味噌がまた、すごくいい。

これまた驚きの逸品だったのが湘南しらすせんべい。まず見た目からして、せんべいという言葉のイメージからはだいぶかけ離れている。形は細切りにした食パン、もしくは焼き菓子のフロランタンのような感じ。上面に押し固めたしらすが敷き詰めてある。そして全体がこんがりと黄金色に、たぶん揚げてある。

へ〜、こういうもんなんですね。なんて言いながらさくりとかじると、熱々の揚げパン的なじゅわっと感とともに、しらすの香りが口いっぱいに広がる。塩気は控えめで、だからこそしらすの風味が引き立つ。さらに、その下の生地が独特で、パンとも焼き菓子とも、もちろん一般的なせんべいとも違い、ほんのりあまくてもちもちしている。今までに食べたことのないものだから理解するのに時間がかかるが、とにかくうまい!

店主さんに聞いてみたところ、土台部分のメイン素材はもち粉だそう。これ、商品化したら絶対小田原名物になるよな、と思ったけど、いや、潮若丸に行かないと食べられないからこそありがたいんじゃないかと思い直し、ホッピーをごくり。

“アップ”なんて言いつつ入った店がこの良さだったもので、すっかり夢心地になり、柳屋からさらに充実のハシゴ酒で大いに酔っぱらった。この日は無茶なことに日帰りスケジュールだったんだけど、翌朝、きちんと家のふとんで寝ていた自分にも、とても驚いた。

*       *       *

『酒場と生活』毎月第1・3木曜更新。次回第22回は2025年4月17日(木)17時公開予定です。

筆者について

パリッコ

1978年、東京生まれ。酒場ライター、漫画家、イラストレーター。酒好きが高じ、2000年代より酒と酒場に関する記事の執筆を始める。著書に『酒場っ子』『つつまし酒』『天国酒場』など。ライター、スズキナオとのユニット「酒の穴」名義をはじめ、共著も多数。

  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
  15. 第15回 : 立石「ゑびす屋食堂」の「生揚げ煮」
  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
  17. 第17回 : 吉祥寺「戎ビアホール」の「エルビスサンド」
  18. 第18回 : 保谷「丸越」の「ソーセージ入りおにぎり」
  19. 第19回 : 神田「鶴亀」の「ニラモヤシ」
  20. 第20回 : 名古屋・伏見「大甚本店」の「煮アナゴ」
  21. 第21回 : 小田原「潮若丸」の「湘南しらすせんべい」
連載「酒場と生活」
  1. 第1回 : 秋津「もつ家」の「モツ煮込み」
  2. 第2回 : 大泉学園「あっけし」の「火の鳥」
  3. 第3回 : 西荻窪「をかしや」の「練り切り」
  4. 第4回 : 赤坂「赤ちょうちん ぶらり」の「角こんにゃく」
  5. 第5回 : 新宿「モモタイ」の「ミニカオマンガイ」
  6. 第6回 : 池袋「梟小路」の「天ぷらそば」
  7. 第7回  : 上井草「やしん坊」の「馬さし」
  8. 第8回 : 大阪・鶴橋「よあけ食堂」の「エビエッグ」
  9. 第9回 : 京都・西大路御池「髙木与三右衛門商店」の「国産牛モモビフカツ」
  10. 第10回 : 大阪・新大阪「松葉」の「串かつ」
  11. 第11回 : 大門「ときそば」の「辻がそば」
  12. 第12回 : 荻窪「カッパ」の「ゾートゥー」
  13. 第13回 : 三軒茶屋「ebian」の「メンチ」
  14. 第14回 : 和光市「濱松屋」の「肉汁ハンバーグ」
  15. 第15回 : 立石「ゑびす屋食堂」の「生揚げ煮」
  16. 第16回 : 青井「橙橙」の「鯛のうす造り」
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  18. 第18回 : 保谷「丸越」の「ソーセージ入りおにぎり」
  19. 第19回 : 神田「鶴亀」の「ニラモヤシ」
  20. 第20回 : 名古屋・伏見「大甚本店」の「煮アナゴ」
  21. 第21回 : 小田原「潮若丸」の「湘南しらすせんべい」
  22. 連載「酒場と生活」記事一覧
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