「自分の思うままに生きていた」――特別支援学校の寄宿舎で働いて気づいたこと

文芸

かつて支援学校の寄宿舎職員として働いていた作家のこだまさん。そんな彼女が十数年前に出会ったのが、一人のダウン症の少年“けんちゃん”だった。彼の奇妙に澄んだことばやあふれる創作欲、そして自分の思うままに生きるその姿に、強く心をつかまれたという。そんな彼をモデルにして生まれたのが、こだまさん初の連作小説となる『けんちゃん』(扶桑社)だ。

現在、OHTABOOKSTANDにて「おしまい定期便」を連載中のこだまさんに、ベストセラー『夫のちんぽが入らない』の執筆直後から、約9年間にわたって温め続けてきた同作の舞台裏や、けんちゃんとの思い出、初めて小説執筆に取り組んだ感想などについて、じっくりと語ってもらった。

思うままに生きる、その姿がうらやましかった

――ダウン症の少年・けんちゃんを軸に、特別支援学校の寄宿舎指導員や新聞記者、コンビニ店員、支援学校の女子生徒という4人の交流を描いた連作小説『けんちゃん』。本作の中心人物であるけんちゃんは、実際にこだまさんが寄宿舎で働いていた時期に出会った高校生がモデルだと伺っています。

こだま 現在のように文筆活動をする前、私は教師をしていたんですね。20代で一度教師を辞めた後、臨時で寄宿舎の指導員になったんです。けんちゃんに出会ったのは、そのときですね。彼が16歳で入学した時に私も仕事を始めて、彼が卒業するまでの3年間、ずっとその姿を見てきました。

――「網走監獄 脱獄中」と書かれたTシャツを着ていたり、大好きなペプシがないと落ち着かなかったり……と、小説の中でまず印象に残るのが、けんちゃんのユーモアあふれる個性です。障害を持つ子が多数いる寄宿舎でも、けんちゃんは特別な存在だったのですか?

こだま とにかく発想が豊かな子でしたね。彼の語る夢や計画が私の想定を遥かに超えていて、目が離せなくなってしまったんですよね。たとえば、一人で黙々と机に向かって作業をしているから「何をしているのかな?」と覗き込むと、けんちゃんがアーティストになったときの壮大なプランを一生懸命考えているんですよ。「全国五大ドームツアーをやる」「何月何日に札幌ドームでライブ」「1年の最後に紅白歌合戦に出る」とか、時期や場所もしっかり決めて。でも、五大ドームといってもドームの名前をたくさん知らないから、西日本などの土地については「鳥取放送室で開催」とか、規模が小さくなっていくという(笑)。

――もはやドームじゃなくなってますね(笑)。でも、いまのエピソードを彷彿とさせるシーンは小説の中にもありました。机で作業するけんちゃんに指導員の多田野先生が「何の仕事をしているの?」と問いかけると、「さ、さ、作曲を、た、頼まれているのさ」と答えるやりとりとか。

こだま 実際のけんちゃんも、昨日は画家として個展をしていたかと思えば、今日は作曲家として曲を作っているような、日々やりたいことで溢れている子でした。あと、「憧れの人ランキング」などを書いた新聞も毎晩書いていましたし。その創作欲や直に表現している姿が本当に純粋におもしろかったです。また、一人の世界に入って哲学者っぽい顔をして大人びた雰囲気を出しているのに、手元にペプシがないだけで泣き叫んだりすることもある。何より自分の思うままに生きている姿が、なんか羨ましく思えちゃいましたね。

人それぞれが持つ「視点」を書きたかった

――小説の中には、こだまさんが支援学校で感じていた体験が散りばめられているように感じます。働き始めてから「障害」への見方が変わった部分はありましたか?

こだま 最初は障害のある高校生とどういう会話が成立するのかが何もわからなかったんです。でも、いざ行ってみるとみんな話しかけてくれるし、何より痛感したのが、彼らが本当に普通に楽しんで生きているということ。もちろん苦しそうな時もあるけど、楽しく生きている姿のほうがずっと印象的でした。

――「障害」とはどんなものだと思われますか?

こだま けんちゃんの姿を見ながら、「彼自身は自分の障害をどの程度わかっているんだろう?」と思ったことがあって。彼は障害を乗り越えようとするわけでも、意識するわけでもなく、「これが自分だ」と思って生きている。自分とまわりの人を比較しないから、卑屈じゃないんですよね。彼を見て、「そういう感覚を私も持てたらいいのにな」ってずっと思っていました。一方で、つらさと向き合いながらもがいている人もいる。「障害がある」といっても、ひとくくりにできないものですよね。

――今回の連作小説では、さまざまな人の視点から書かれていますが、それはまさに「障害はひとつではない」という想いがあったからでしょうか?

こだま 関わる人によって、同じ障害であっても見方はまったく違うという状態を書きたかったですね。たとえば寄宿舎で働く指導員の多田野先生は、自分がうまく自立できていないという葛藤を踏まえながら、先生としてけんちゃんに向き合っています。けんちゃんと同じ支援学校に通う女子高校生・葉月は、オシャレが大好きで最新の服にも詳しい、一見普通の女の子です。でも、通常学級では勉強についていけないし、ときにはキレて自分の行動が抑えられなかったりするから、支援学級に通っていた。障害を持つ子にもグラデーションはあって、「自分はここにいるべき人じゃない」という葛藤を持つ子もいる。そんな視点も書きたかったんです。

――昨今の障害をテーマに扱った世の中の作品には「感動するストーリー」が多いようにも思います。その風潮についてはどう思われますか?

こだま 「障害」をひとつのイメージにまとめて単純化してしまうことには違和感があります。この本では、障害のある人とその周囲の人々の暮らしは「ひとつの形」じゃないことを、さまざまな視点から伝えられたらうれしいですね。

最初に書き始めたのは9年前だった

撮影/杉原洋平

――本作を書き始めるきっかけは何だったのでしょうか。

こだま 元々、けんちゃんの口から飛び出す空想の世界について、個人の特定を避ける脚色を加えながら、同人誌やブログで時々書いていたんですよね。そのエピソードを編集者の高石さんがすごく気に入ってくださって、『夫のちんぽが入らない』を出した9年前の時点で「けんちゃんをテーマにぜひ小説を書いてください」と言っていただいたんですね。でも、書きなれているエッセイと違って、小説は書き方がまったくわからなくて、依頼をいただいてからも全然動けなかったんです。お声がけいただいてから3年か4年ぐらいして、ようやくぽつりぽつりと一回目の原稿を出せた感じですね。

――アイデア自体は9年前から、原稿は3年前から存在していたんですね。

こだま はい。でも、最初の原稿は自分でも恥ずかしくて読み返せないくらい硬い文章だったので、すぐ消しちゃいました。その後も書いては消し、納得いかずに消し……「書いたけど出せません」の連続でしたね。

――賽の河原で積んだ石を、自ら壊すような日々ですね……。

こだま 本当にそうです。「月に1回、この日に出しましょう」と締め切りを設定してもらっても、出せない。待たせているのに稚拙な原稿しか送ることのできない恥ずかしさが膨らんでいって、どんどん書けなくなるという悪循環に入ってしまって。そのうち、自分の作が気持ち悪く見えて、もう誰にも原稿を読ませられない状態になっていました。

――つらいですね……。どうやってその状況から抜けだしたんですか。

こだま 3年前くらいに、前後のつながりは関係なく、書けそう場面だけを書き、つないでいきました。そのうちに、ふと調子をつかんで「あ、こう書けば、小説でもエッセイと変わらず書けるんだ」って気づいたんです。一人称や三人称といった視点の問題などでまた止まる時期もありましたけど、「書いては直して」を繰り返すうちに、文章がマッサージみたいにほぐれてきた感じです。

6本の指で書かれた『けんちゃん』

――また、けんちゃんのような存在に会うため、支援学校で働きたいと思いますか?

こだま やってみたいなとは思うんですけど、いま持病の自己免疫疾患が悪化してしまって、12月には手術もしました。こんな状態なので、身体を動かず仕事は無理だな……と思っています。数年前から左手に力が入らず生活が不便になっていました。

――あ、たしかに、指がとても動かしづらそうですね……。どうやって執筆されているのですか? 

こだま 右手の5本、左手の1本という6本の指だけを使って、パソコンで書いています。『けんちゃん』も、この状態で書きました。この作品では、何かしらの障害や隠したい過去を持つ人を主人公にしているのですが、その一人である新聞記者の水上は、生まれつき左手の指が1本ありません。この設定は、私の指の痛みや不自由さ、見た目の不恰好さを痛感して生まれたものです。「もう体が限界を迎えているんだろうな」とは思うのですが、指が動く限りは書き続けたいですね。

パソコンの明かりだけを頼りに、執筆する日々

――『夫のちんぽが入らない』で衝撃的なデビューをしたこだまさんですが、当時から現在に至るまでには創作活動をしていることを伝えていないと伺っています。現在もその状況でしょうか?

こだま はい、現在も伝えていませんね。

――こだまさんは遠方にお住まいですが、今日は取材のために東京に来てくださっています。夫にはなんと伝えていらっしゃるんでしょうか?

こだま 夫が出張の日に、何も言わずに家を空けてきたというだけですね。でも、昨日も東京で電車で移動している最中に「やっぱり出張行かないかも」という連絡が来て、「え、もう東京にいるのにどうしよう……」と恐ろしくなりました。バレたら離婚でしょうから、もう綱渡りのような人生ですね。

――……バレたら離婚になりますかね。

こだま 『夫のちんぽが入らない』の一冊を書いたことだけでもう殺されてもおかしくないと思ってますし、さらに9年間無断で東京に行き、コラム等でも家族のことを書き続けているので……。身内が真実を知ったら、もう絶対に許されないでしょうね。その覚悟をもって、いまも文章を書き続けています。

書いているとき「生きているな」と感じる

――こだまさんは、OHTABOOKSTANDでも「おしまい定期便」などのエッセイを執筆されています。とはいえ、旦那様には打ち明けていないということは、ご自宅ではどんなタイミングに原稿を書いているのでしょうか?

こだま 執筆時間は、夫が仕事で家を空けている日中と、夫が寝ている深夜の時間です。夫は早寝なので、彼が寝たら部屋の明かりを全部消してパソコンの光だけで作業していますね。たまに深夜に目覚めた夫に「何してるの?」と不審がられることもありますが、「小説やブログを読んでる」と伝えています。でも、忙しい時は本当に大変ですね……。夫の休みと締め切り日が重なると、内心、締め切りのことを考えてヒヤヒヤしながら夫の買い物や温泉に付き合っている状態です。だから、夫がいない日は夜遅くまで気にせず書けて幸せです。「好きなだけ時間を使っていいんだ!」って。

――本当に綱渡りのような環境で、原稿を書かれているのですね……。その中でも書き続けられる理由はなんでしょうか。

こだま 書いている時だけは「なんか、生きてるな」って思うんです。結果、二重生活みたいになってしまって、どっちが本当の自分かわからなくなる時があります。でも書くことがなくなったら、どうやって生きていけばいいのかわからないかもしれません。原稿の依頼が来る前からブログの執筆だけが人生の楽しみでした。今後、もし依頼がなくても、これからもずっと書き続けるのだと思います。

――そんな時間の集大成として生まれた『けんちゃん』ですが、どんな人に読んでもらいたいですか。

こだま この作品は編集の高石さんが「読みたい」と強く言ってくださったから生まれたものなので、まずは9年も見放さずに伴走してくれた高石さんに読んでもらえてよかったです(笑)。「障害」と聞いただけで身構えてしまう人、どう接したらいいかわからない人、障害の有無にかかわらず、やりたいことを見つけられずにいる人にも、けんちゃんのどっしりとした生き方を知ってもらえたらうれしいですね。
(聞き手・構成/藤村はるな)

関連商品