小学生から中学生にかけては東京ディズニーランドが大好きで何度も行ったし、そのときの楽しい気分は今も鮮やかなまま自分のなかにある。大阪に来て10年ちょっと経つが、USJに行く機会がなかった。入口の前まで行ったり、周辺の土地をうろうろしたり、テレビ番組で園内の様子を見て雰囲気は知っていたけれど、なかに入ったことはなかった。USJに初めて行ってみることにした。
その冷たい缶を素手で握る勇気がなく、手袋も一緒に買った
大阪市此花区に「ユニバーサル・スタジオ・ジャパン」というテーマパークがあって、世界的な規模で大人気なのはもちろん知っているが、今まで一度も行ったことがなかった。
私は大阪に住んでいて、自分の街から電車を乗り継げば、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(以下、USJと表記します)の最寄りであるユニバーサルシティ駅まで30分弱で行ける。また、ユニバーサルシティ駅を利用する人の多くが乗換駅として使う西九条駅は、私が大阪に移り住んで以来、長くお世話になっている「シカク」という書店から近く、そこで降りることはよくある。そこで店番の仕事をして、そのあとに駅前の居酒屋などに寄って帰ろうとすると22時頃になっていて、西九条駅のホームにちょうどUSJ帰りの人たちが多くいる。園内で売っているらしい華やかな帽子をかぶり、みんな大きなお土産袋を持っていたりする。
私は積極的にテーマパークに行こうとするほうではないが、かといって嫌いというわけでもない。いや、特に小学生から中学生にかけては東京ディズニーランドが大好きで、何度も行った記憶があるし、そのときに感じた楽しい気分は今も自分の心のなかに、鮮やかなままにある。
子どもの頃はそういう場所が大好きで、40代後半を生きる今はだいぶ縁遠く感じているけど、決して嫌いではない、というのが素直なところだ。そんなぼんやりした態度でいるから、大阪に来て10年ちょっと経っても、結局、USJに行く機会はめぐってこなかった。
近くまで行ったことは何度もある。たとえば、もう10年近く前、自分が書く原稿の企画として、あえてUSJの近くまで行って、園の周辺を散策して半日ほどを過ごしたことがあった。USJのある此花区は大阪市の西側の港湾エリアで、園のすぐ近くこそホテルやショッピング施設が立ち並んで賑やかだが、そのあたりを少し離れれば昔ながらの静かな住宅街が広がっていたりする。
割と最近、東京からご家族とUSJに遊びに来ていたライターのパリッコさんと、夜、ほんの短いあいだだけだが乾杯しようと、ユニバーサルシティ駅まで会いに行ったこともある。あとそうだ、USJが大好きで年間パスポートを持っている友達と一緒にUSJ周辺を散歩したことがあって、ゲートの前に来たところで友人が「トイレに行きたくなったので(園のなかに)入ってきます」と言った。年間パスポートを持っている人だからこその、すごい使い方である。そのとき、私は「じゃあついでに」と頼んで園のなかでポップコーンを買ってきてもらった。遊園地で売られているできたてのポップコーンが好きなのだ。だからUSJのポップコーンの味だけは知っている。
入口の手前まで行ったり、周辺の土地をうろうろしたり、関西のローカルテレビ番組のロケで園内の様子を見たりして、なんとなく雰囲気は知っていながら、しかし内部に足を踏み入れたことはない……。そんな場所としてあったUSJに、ついに行ってみることにした。これもまた、今日までやらずに生きてきたことのひとつだと思ったのだ。

行くことに決めたのは連休の最終日で、天気のいい日だった。とんでもなく混雑しているのだろうと覚悟して向かったのだが、数日前から日本に押し寄せていた寒波の影響で朝からやたらに寒く、そのせいか、駅前は思ったより静かだった。

駅の改札を出てきた人はみんな「やばっ!」「さむっ!」と、冷たい風に驚き、だが、それすらも楽しんでいるようである。USJにはハリーポッターのエリアがあって、だから、ハリーポッターの映画の登場人物を模した格好をしている人も多い、長いコートの裾が風に吹かれて揺れている。コンビニで買った親子丼をそのまま地面に置き、しゃがんで食べている人がいる。海外からの観光客もかなり多いようで、色々な言語が聞こえてくる。
私は、少し遅れそうだという友人を駅前で待っている。園内ではビールが買えるが、高価らしい。安く飲めるうちにと、コンビニで缶チューハイを買おうとして、その冷たい缶を素手で握る勇気がなく、手袋も一緒に買った。

今回同行を買って出てくれた友人はUSJに何度も来たことがあって、園内の勝手がだいたいわかるという。頼りになりそうである。無事に合流したあとに聞くと「今日は結構空いてる感じがする」とのこと。連休であっても、こんな感じでふいに“穴場の日”が生まれたりするらしい。

この待ち時間ならではの少し退屈な幸福感みたいなものがある
事前に公式サイトで購入してあったチケットのQRコードをスマホの画面に表示させ、ゲートを通過する。
なかに入ると大きな屋根のついた通りが目の前にあって、その両脇にショップが並んでいる。その前にはポップコーンを売る屋台があって、これは以前、年間パスポートを持つ友人が私のために買いに行ってくれた店だろうか。そこで再びポップコーンを買う。

テーマパークと言えばポップコーンである。東京ディズニーランドによく行っていた子どもの頃も、ポップコーンを何度も買って食べた記憶がある。私はシンプルな塩味が好きなのだが、いつの頃からかキャラメル味が台頭し始めた。ディズニーランドに行った最新の記憶では、園内にたくさんポップコーンを売る屋台があるなかで、塩味を売るところは2か所か3か所ぐらいしかなくて、他は全部、アレンジの効いた味付けになっていた。
これはどういうことなのだろうか。塩味が8割に対しその他が2割などというのならわかるのだが、塩味の割合がもう、消えそうなほどに少ないのだ。私にとっては寂しいことである。その点、USJのポップコーン売り場には圧倒的に塩味が多いようだった。それだけでもう、気に入ってしまいそう。
テーマパークのポップコーンといえば、肩に下げる“ポップコーン入れ”である。東京ディズニーランドにも色々な形のものがあって、多くの人がそれを持っているのを私は知っている。シーズンごとに新作が発売されるようで、どれも可愛い。『スターウォーズ』に登場するロボット「R2-D2」の形のやつもあって、それを持っている人を見るたびにうらやましくなる。それは過去の一時期に販売されたものらしいのだが、一度、メルカリで中古品を買ってやろうかと、購入ギリギリのところまでいって、「待てよ、それを買ったとして、どのように使うんだ?」と思って踏みとどまった。
USJでも可愛いポップコーン入れが売られている。USJには「スーパー・ニンテンドー・ワールド」というエリアがあって、ニンテンドー関連のグッズもたくさん用意されている。ポップコーンケースにも、スーパーマリオのスターをかたどったものがあって、可愛い。「欲しいな、いくらぐらいするのかな」と思って近づいてみると5,000円である。それをぶら下げている人は結構たくさんいて、みんな自分よりも幸せそうに見える。
紙の箱に入った塩味のポップコーンをものすごい勢いで食べながら、園内を歩く。友人がスマホアプリを操作しながら「あっ、ニンテンドー・ワールド、整理券なしで入れる! 前に来たときは事前に申し込まないと入れなかった」と喜んでいる。それはありがたいことだ。そっちへ向かう。

土管を模したトンネルをくぐっていくと、スーパーマリオシリーズの世界観がカラフルに再現されたエリアが目の前に広がり、「すげー!」と声が出る。テレビでちらっと見たことはあったが、なるほど、USJに行く人はみんな、こんなすごいものを見ていたのか。

エリアのあちこちで「パワーアップバンド」という腕輪が売られている。これを腕につけていると、たとえばエリア内にある「?」のブロックをマリオのゲームのように叩いたらコインの出る音がしたり、色々な仕掛けで遊べるようだ。腕輪をつけた子どもたちは「チャリーン!」と鳴って、同じ場所を素手の私が叩くと「ブーッ!」と鳴る。欲しいと思うが、4,900円するから諦める。
少し切なくなったついでに思い出すことがある。ディズニーランドに友達と行くときも、使えるお小遣いはそれぞれに差があって、というかそもそも、ディズニーランドに行けている時点でそれだけの余裕があるわけで、誘ったけど来ない友達もいた(本当は行きたかったのに行けなかったのかはわからないが)。子どもながらに自分が贅沢なことをしているという感覚はあって、園内ではできるだけ倹約するようにしていた。
たとえばディズニーランドでご飯を食べるとして、園内で食事しようという時点で贅沢なのはわかっているが、そのなかでも、トゥモローランドにあるピザ屋のピザか、ウエスタンランドのカレーが、価格に対しての満足感が大きいと、子どもながらに知り、自分や友人はいつもそのどちらかの店でだけ食事をしていた。大人になったらディズニーランドでステーキでも食べられるようになるのかもしれないと思っていたが、そんなことはなく、今、ディズニーランドになんかよっぽどの覚悟がなければ行けないし、USJの腕輪も買えない自分だ。
それでも、スーパー・ニンテンドー・ワールドは、作り込まれたエリアのあちこちを見ているだけで楽しい。「腕輪で叩いている子どもを見れば、どういう音が出るかわかるから、それでいいよね」と友人に言ってみる。「うん。得だね」と返事があった。
エリア内の「ヨッシー・アドベンチャー」というアトラクションが45分待ちで、これも友人の経験上、割と短い待ち時間らしい。列に並んでみる。そうやって列に並んでいる気分もまた、なんだか懐かしい。
子どもの頃、何度か一緒にディズニーランドに行ったのが、その後、バンドを組んで今に至るまで活動することになったKとMである。Kは特にディズニーランドが好きで、大人になってからも、ディズニーランドのアトラクションの建設に関わる仕事をしたり、住まいを決めるのにもできるだけディズニーランドに近い場所を選んだりするほどだった。
KとMと私とは中学時代からの友達だが、ディズニーランドでアトラクションの列に並んでいるあいだ、会話が尽きないというわけでもなく、みんなそれぞれにしたいことをするのが常だった。Mが、当時発売されていた携帯ゲーム機「ゲームギア」を持ってきて遊んでいるのを横から見た記憶や、KかMのリュックのなかに『うしおととら』のコミックがごっそり(さすがに全巻ではなかったと思うが)入っていて、それを黙々と読んでいる姿を見ていた記憶などがある。私はそんなふうに準備がよくなくて、いつもきっと暇だった。60分とか90分とか120分とかという待ち時間を、その頃の自分は何を考えて過ごしていたのだろう。
列に並んでいると、自分の近くにいる見知らぬ人たちとしばらくのあいだ、一緒に過ごすことになる。過ごすといってもただ近くに立って、ゆっくりと前のほうに向かって動いていくだけなのだが、愛情表現に慎ましさのまったくないカップルが少し前にいたりすると、そっちを見まいと思いながらも目が向いてしまう。ふたりが顔を寄せ、髪に触れあい、急にキスするのを見て思わず「あっ!」と声が出てしまったりして、私は何をしているのか。
顔の似た家族、ひょうきんな子ども、眠そうな子ども、疲れた親、元気な若者、寒そうな人、海外の家族、孫のリュックを持った高齢の人、制服を着た高校生たち、そんな一群のなかに私もいて友人もいて、みんなぼーっとした時間を過ごしながら少しずつ、乗り場に向かって移動していく。この不思議なひととき。遊園地から足が遠のいていると、ひたすらにかったるく思えるそんな時間も、こうして実際にこの場にいると、あんまり嫌じゃない。それどころか、この待ち時間ならではの少し退屈な幸福感みたいなものがあるのがわかる。
子どもの頃の自分も、それから少し大人になって、友達や恋人と遊園地にいたときの自分も同じように、特に何も考えずに、きっとぼんやりと待っていたのだった。いよいよ乗り物への乗車口が近づいてきて、乗ってしまえば、あっという間のことだ。

今はいない人がかぶっていた耳のついた帽子がその人の愛らしさの象徴となって残されている
エリア内でも一番人気の「ドンキーコングのクレイジー・トロッコ」というアトラクションはさすがに120分待ちらしい。一旦それは諦めて、別のエリアまで歩き、「ジュラシック・パーク・ザ・ライド」という急流すべり的なアトラクションを体験し、園内にたくさんあるレストランのなかでもリーズナブルな価格帯に見えた「スヌーピー・バックロット・カフェ」でテリヤキビーフバーガーセット、1,600円を注文して食べた。しっかりと空腹は満たされた。

その後、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」というエリアに向かい、作り込まれた街並みをゆっくり眺めた。ここも人気エリアで、多くの人がいる。エリア内にはハリーポッターの物語の舞台であるスコットランドの街並みがかなり精巧に再現されていて、建物の細部を見ているだけで面白い。

そのなかにある「ハリー・ポッター・アンド・ザ・フォービドゥン・ジャーニー」というアトラクションの待ち時間がそれほど長くもないらしいので、乗る。すごい体験だったが、私は激しい揺れに酔い、ベンチでしばらく目を閉じる。今日はもうこれで終わりかもしれないと思ったが、念のために持ってきていた頭痛薬を飲むと、しばらくして元気になってきた。
それから「ジョーズ」に乗って、「ユニバーサル・モンスター・ライブ・ロックンロール・ショー」という舞台を見て、「マリオカート ~クッパの挑戦~」というアトラクションに並び、さらに昼間に一度あきらめた「ドンキーコングのクレイジー・トロッコ」にも乗った。列に並んでいる間、暇つぶしに友人としりとりをした。二字熟語限定というルールで1時間以上ラリーを続け、なかなか簡単に言葉が出てこなくなってきた。「つ」から始まる熟語をあらかた使い果たしたらしい友人がしばらく無言となって私の前に並んでいる。それがふいにこちらに振り返り、「佃煮!」と叫んだ瞬間が面白かった。
あちこちで写真を撮りながら、ここにいるみんな、だいたい同じような写真を撮っているんだろうなと思う。先日、何気なくつけたテレビで、家の片付けがうまくいかずに困っている人に密着したドキュメント番組が放送されていた。その人は、夫を病気で亡くし、それで気が抜けて、片付けができなくなってしまったらしい。専門家のアドバイスを受けながら子どもたちと力を合わせて物を整理して、家のなかはすっかりきれいになった。これだけは捨てられないと、その人が片付いた部屋に飾ったのが家族みんなでディズニーランドに行ったときに夫が園内で買ってかぶっていた帽子で、上部に耳のついた、そんなとき以外かぶることのなさそうなデザインのものだった。
家族の思い出がきっと無数にあるなかで、でも、その日のディズニーランドが楽しかったことはその人たちにしっかりと記憶されていて、今はいない人がかぶっていた耳のついた帽子が、その人の愛らしさの象徴となって残されている。
おどけた帽子、ふざけた写真、はしゃいで話し合ったこと、テーマパークに来た人が誰でもやるような、ありふれたことが、それぞれの人生のなかでずっと特別な場面として保たれることもある。私も未だに子どもの頃のディズニーランドの記憶を反芻して、あれからだいぶ長い時間を生きてきたことが不思議に思えたりする。

閉園間際、最後の最後に「モッピーのバルーン・トリップ」という乗り物にも乗って、気づいてみれば、開園直後から閉園時間まで、ほぼ休みなく歩き回っていた。園内で飲んだビールは合計2杯。750円の缶ビールと850円の生ビール。ポップコーンは本当はもう一回食べたかったけど我慢した。
長い列に並んでいるあいだ、周りの人たちがこのテーマパークのことを“ユニバ”と呼ぶ、その響きが何度も耳に入ってきた。マクドナルドを“マクド”と縮める関西のイントネーションに似た“ユニバ”だ。今日の一日でそのイントネーションが自分の体にしっくりと馴染んだ気がした。今までは“USJ”と気取った言い方を使っていたが、これからは“ユニバ”でいこう。私は今日、初めてユニバに行ってきたのだった。
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スズキナオ『今日までやらずに生きてきた』は毎月第2木曜日公開。次回第21回は2月12日(木)17時配信予定
筆者について
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。







