なかなか新作が公開されなかった2020年の映画界で、数少ないヒット作の1つが、クリストファー・ノーラン監督の『TENET テネット』。前作『ダンケルク』以来3年ぶりの新作は、“時間の逆転”がテーマとなった作品で、「難解だ」との声も少なくありませんが、同業者はノーランをどのように見ているのでしょうか? 『クライマーズ・ハイ』『日本のいちばん長い日』『検察側の罪人』などを手掛けた原田眞人監督は、『ケトルVOL.56』でこのように語っています。
「今回の『テネット』もそうですが、ノーランは映画制作におけるお金の使い所をよくわかっているなと思います。お金を儲けるためでなく、もっとすごい映画を作るために儲ける。そして実際に圧倒的な物量ですごい画を作り、観客を驚かせ、さらに予算を増やしていく。
それは監督のわがままと言えばわがままなんですけど、そこをノーランは彼の作家性として押し切って、実際に映画会社から莫大な予算を引っ張っているじゃないですか。彼のような監督がいると、若い世代の監督たちのロールモデルになる。『成功すればあれだけのことができるのか。だったら俺たちも頑張ろう』と思えるんです」
ノーランは、過剰とも思える“リアルへのこだわり”で知られていますが、それは素直に評価すべきポイントのよう。原田監督は、アルフレッド・ヒッチコックやスタンリー・キューブリックとの類似性を指摘した上で、“次世代へのバトン”をキーワードとして挙げています。
「もはや現実的にはデジタル撮影のほうができることはいっぱいあるんですよ。しかし、それでもノーランがフィルムにこだわるのは、自分も前の世代の監督たちからいろいろなものを受け継いで映画を作っており、次の世代にそれを引き継ぐ責任があると考えているからだと思います。『映画史という大きな時間の流れの中に自分がいる』という感覚を持っている。僕がノーランをリスペクトするのは、その哲学なんです」
◆映画館で作品を上映することへのこだわり
新型コロナウイルス騒動は映画界を直撃。5月公開予定だった原田監督の最新作『燃えよ剣』も、いまだ公開日が決まらない状況が続いています。原田監督は「配信を否定するわけではないけれど、ノーランと同様に映画館での公開にはこだわりたい」と述べ、配信の問題点について、こう語っています。
「いちばんは受け手とのコミュニケーションが成り立たないところです。お客さんの顔が見えない。誰に向けて作っているのか見失うと、映画はただの商品になってしまいます。儲けを貪ることだけを考えるようになる。しかし、映画会社はコロナ禍を理由に人との接点を切ろうとしているのが現状です。それは良くないと思うから、できるだけ声をあげているつもりではあります。しかし、日本のいち映画監督が言ったところで、なかなか解消されない。だから、ノーランのように世界的な影響力のある監督には、映画館で作品を上映することにこだわり続けてほしいと思います」
そしてノーランについて、こうエールを送っています。
「優れた映画は過ぎ去ったものとして切り捨てられず、周期的にリバイバルブームが起こります。チャップリンもキューブリックも、定期的に映画館で上映されるじゃないですか。やっぱり劇場で観るべき映画は歴史に残る。クリストファー・ノーランもゆくゆくはそういう存在になりたいと思い、“映画館映画”を作り続けているのでしょう」
もし、映画館がなくなったら──映画ファンにとっては恐ろしい未来ですが、昨今の状況を鑑みると、決してあり得ない話ではないはず。それに立ち向かうノーランは、同業者から見てもリスペクトすべき存在のようです。
◆ケトルVOL.56(2020年10月15日発売)
【関連リンク】
・ケトル VOL.56-太田出版
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