2021年から現在まで、アメリカでは保守派の保護者や政治家を中心とした「禁書運動」が盛んにおこなわれています。「ペン・アメリカ」の調べによれば、2023–2024学校年度に4000冊を超える本が禁書に。ヤングアダルト(以下、YA)と呼ばれる若者向けの書籍と絵本を含む児童書が主な対象となっています。
2025年1月28日に太田出版より刊行した、堂本かおるさん著『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』では、禁書対象となった絵本を一冊一冊見ながら、多様な人々が生きるアメリカ社会と、それらが禁書とされている現在の姿を浮かび上がらせています。刊行を記念して、本書の一部を試し読みとして、3回に分けてOHTA BOOK STANDに公開いたします。
禁書は黒人の日常文化を描いた作品にも及んでいる。なかでも”髪“にまつわる作品への反発がことさらに強い。
『Hair Love』(ヘア・ラヴ)は、父親が苦心して幼い娘の髪をセットする愛らしい作品だ。第92回アカデミー賞にて短編アニメ賞を受賞した同名の短編アニメ作品が絵本化されたもので、テレビ・アニメ化もされた人気作品だ。
さらに同じ少女を主人公に、「AはAfro(アフロ)、BはBraids(ブレイズ)……PはPuff(パフ。幼い黒人の女の子の髪型。括ると縮れた毛が自然に丸いお団子のような形になる)……」と、黒人の髪にまつわる単語でアルファベットを学べる『Hair Love ABCs』も出版されている。
黒人の髪は社会的な意味を持つ。直毛、もしくはゆるいウェーブの髪を持つ白人やアジア系にとってポニーテール、ツインテール、ボブは基本的な髪型だが、黒人の縮毛には適さない。代わりに先述のアフロ、ブレイズ、パフ、ツイスト、コーンロウ、ロックス(ドレッドロック。近年は「恐ろしい」という意味の「dread」を省く傾向にある)、バンツーノットなど固有の髪型がある。
しかし白人社会は、白人と同じ髪型を黒人に強要してきた。縮れた髪で白人と同じ髪型にするには、まずヘアアイロンや、リラクサーと呼ばれるストレートパーマ液で直毛にすることから始めなければならない。そうした道具も整髪料もなかった奴隷制時代にスカーフで髪を覆うことから始まり、後には黒人自身が毛質に適した整髪料、直毛化の道具を開発、販売を始めた。
かつてはアメリカでも、女性は人種を問わずに社会進出が難しく、ビジネスを立ち上げても男性経営の企業と同等の成功は収められなかった。そうした時代にあって女性起業家として米国初のミリオネアとなったのは白人女性ではなく、白人企業が製造しない黒人女性用のヘアケア製品を開発、販売し、大成功を収めた黒人女性のマダム・C・J・ウォーカー (1867–1919)だった。黒人女性たちは自身の美を叶え、社会的に受け入れられるためにも少ない所得をやりくりして、マダム・C・J・ウォーカーの製品を購入したのだった。
マダム・C・J・ウォーカー以後も時代が進むに連れて製品や技術の質はどんどんと向上し、黒人女性の直毛スタイルはごく自然に見えるようになった。しかし髪の手入れは黒人専用のヘアサロンか自宅で行われるため、白人社会はそうした黒人女性たちの努力にまったく気付かない。いつの時代にも白人を模した髪型を要求し続け、ナチュラルヘアと呼ばれる地毛を活かした髪型は”職場にふさわしくない””民族的過ぎる”といった理由で解雇や退学をも引き起こしていた。これがいかに理不尽であるかは、逆の社会を想定すると理解できる。黒人の毛質が基本とされる社会で白人やアジア系は強いパーマをかけてアフロヘアにしなければならないとしたら……。
生まれつきの身体特性を否定され、薬品やウィッグなどで矯正しなければ社会的に受け入れられない事態を防ぐために、近年、人種民族固有の毛質に基づく髪型を理由に罰してはならないとする「クラウン法(王冠法)」と呼ばれる法律が作られた。
同法はまずカリフォルニア州で2019年に導入され、2022年には連邦法として制定された。制定後、一般社会だけでなく、ニュース番組に登場する黒人の女性/男性ニュースキャスターやコメンテイターの髪型が一変した。丁寧に手入れされ、スタイリングされたアフロヘアやブレイズ、ツイストヘアなどがいまではごく当たり前となっている。その象徴はバイデン政権のホワイトハウス報道官だったカリーヌ・ジャン゠ピエールだろう。2022年の就任以来、ナチュラルヘアで毎日の定例記者会見を仕切った。
『ヘア・ラヴ』には縮れた髪の手入れが簡単ではないことも描かれている。ブラシで髪を解くのも時間がかかり、子どもであっても整髪料が必要だ。そうした苦労があるからこそ逆に無限に近い髪型のバラエティが生み出された。子どものヘアスタイルは親のセンスと腕の見せ所になり、ひいては髪を結う時間が親子の絆を育む場にもなっている。まさに文化なのだ。
しかし黒人文化の重要な部分でありながら白人社会からは「縮れた髪は美しくない」とみなされ、故に「まっすぐな髪になりたい」と願う少女は多い。そうした女の子たちに髪は自身の文化であり、美しいのだと自尊心や勇気を与えるための絵本は何冊も出されている。『私の髪が大好き!』(I Love My Hair!)、『私の髪に触らないで!』(Don’t Touch My Hair!)、『私の髪はガーデン』(My Hair is Garden)などタイトルだけでどんなメッセージが込められた絵本であるかは一目瞭然だろう。しかしこれらもまた、禁書となっている。
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アメリカではいま、保守派による禁書運動が暴走している
黒人、LGBTQ、アジア系、アメリカ先住民…マイノリティを描いた絵本がなぜ禁書されてしまうのか
NY在住ライターが禁書となった数々の絵本を通して見る、アメリカの姿
非営利団体「ペン・アメリカ」によると2023-2024学校年度に、前学校年度の2.7倍にあたる4231種類の本が禁書指定された。アメリカでいま、何が起きているのか。
この禁書運動は2021年に突如として始まった。ターゲットになっているのは、禁書運動を推進する保守派の親や政治家が理想とする<古き良きアメリカ>にとって都合の悪い、子ども向けの本たちだ。
黒人、LGBTQ、女性、障害、ラティーノ/ヒスパニック、アジア系、イスラム教徒、アメリカ先住民……8つのトピックにわけて、禁書運動の犠牲となった数々の絵本を一冊ずつ見ていくことで、マイノリティの苦難の歴史と、その中で力強く生きる姿、そして深刻化している政治的な対立<文化戦争>の最前線を知る。トランプの大統領再選が決まったいま、必読の一冊。
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