「どこから来たの?」と聞かれ続ける移民のルーツ 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より

絵本戦争 禁書されるアメリカの未来

2021年から現在まで、アメリカでは保守派の保護者や政治家を中心とした「禁書運動」が盛んにおこなわれています。「ペン・アメリカ」の調べによれば、2023–2024学校年度に4000冊を超える本が禁書に。ヤングアダルト(以下、YA)と呼ばれる若者向けの書籍と絵本を含む児童書が主な対象となっています。

2025年1月28日に太田出版より刊行した、堂本かおるさん著『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』では、禁書対象となった絵本を一冊一冊見ながら、多様な人々が生きるアメリカ社会と、それらが禁書とされている現在の姿を浮かび上がらせています。刊行を記念して、本書の一部を試し読みとして、3回に分けてOHTA BOOK STANDに公開いたします。

 『Where Are You From?』(どこから来たの?)の主人公の少女は、クラスメート、バレエの先生、友だちのお母さんから何度も「どこから来たの?」と質問される。アメリカ生まれの少女は「ここ(アメリカ)から。みんなと同じように」と答える。すると「そうじゃなくて、本当(really)はどこから来たの?」と重ねて問われる。

『Where Are You From?』(HarperCollins,2019) 著:Yamile Saied Mendez 画:Jaime Kim

 「どこから来たの?」は、ラティーノを含む人種・民族マイノリティが頻繁に聞かれる質問だ。アメリカ生まれで英語に訛りがなくとも、外観から移民と判断され、とくに知る必要のない場であっても単なる好奇心、ひいては自身の優越感を満たそうとする人々から、出身地を聞かれる。

 アメリカ生まれであることを伝えても、「では親はどこから来たの?」と聞かれ、その親もアメリカ生まれだと「では祖父母はどこから来たの?」と聞かれる。これが、「本当(really)」の意味するところだ。聞き手は「メキシコから」「セネガルから」「中国から」といった具体的な国名が返ってくるまで満足しない。自分の祖先も何世代か前に、どこかほかの国からやってきたことは念頭にない。

 本作は、周囲の人からこの質問を幾度も投げかけられた少女がアイデンティティを見失い、大好きなアブエロ(スペイン語でおじいちゃん)に「私はどこから来たの?」と尋ねる物語だ。

 その長い生涯に数え切れないほど「どこから来たの?」を聞かれたであろうおじいちゃんは、いったん目をつむり、幼い孫娘のための答えを模索する。やがて「君はパンパスから来たんだよ。広くて自由な土地だ」と語り出す。パンパスは南米アルゼンチンに広がる広大な草原地帯だ。二人は話をしているうちに、いつしかガウチョ(スペイン語でカウボーイ)の姿となって馬にまたがり、南米の壮大な自然のなかにいた。

 おじいちゃんは「君は暖かく青い海から」来たのでもあると、カリブ海の島、プエルトリコの風景の中で語る。さらには朝焼けのアフリカで海を見下ろす場所に立ち、「肌の色ゆえに鎖に繫がれた」が、この土地(アメリカ)に我ら全員の「ホーム」を築いたのだとも言う。

 おじいちゃんは南米、カリブ海、アフリカのすべてを、女の子が「そこから来た」のだと言う。もちろん、おじいちゃんは自分もしくは自分の親がどの国から来たのかを知っている。しかし、おじいちゃん自身にも歴史によって世界のいろんな場所からの血が流れているのだ。

 女の子は問う。「だけど、私は、本当はどこから来たの?」。おじいちゃんは自分の胸を指差し、「ここだよ」と言う。「私の、そしてすべての祖先の愛から来たんだよ」。

 本作はラティーノに限らず、「あなたはどこから来たの?」と聞かれるすべてのマイノリティの子どもたちと、この質問を投げかけるすべての人に向けた物語だ。

 著者のシャミーレイ・サイエデ・メンデスはアルゼンチン出身、その夫はプエルトリコ出身で、イラストのジャイメ・キムは韓国出身だ。

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アメリカではいま、保守派による禁書運動が暴走している

黒人、LGBTQ、アジア系、アメリカ先住民…マイノリティを描いた絵本がなぜ禁書されてしまうのか
NY在住ライターが禁書となった数々の絵本を通して見る、アメリカの姿

非営利団体「ペン・アメリカ」によると2023-2024学校年度に、前学校年度の2.7倍にあたる4231種類の本が禁書指定された。アメリカでいま、何が起きているのか。

この禁書運動は2021年に突如として始まった。ターゲットになっているのは、禁書運動を推進する保守派の親や政治家が理想とする<古き良きアメリカ>にとって都合の悪い、子ども向けの本たちだ。

黒人、LGBTQ、女性、障害、ラティーノ/ヒスパニック、アジア系、イスラム教徒、アメリカ先住民……8つのトピックにわけて、禁書運動の犠牲となった数々の絵本を一冊ずつ見ていくことで、マイノリティの苦難の歴史と、その中で力強く生きる姿、そして深刻化している政治的な対立<文化戦争>の最前線を知る。トランプの大統領再選が決まったいま、必読の一冊。

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  1. 第1回 : なぜ黒人たちの髪をテーマとした絵本『ヘア・ラブ』が禁書になるのか 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
  2. 第2回 : オスペンギンのカップルが、子どもを育てる絵本『タンタンタンゴはパパふたり』も禁書に 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
  3. 第3回 : 「どこから来たの?」と聞かれ続ける移民のルーツ 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』試し読み記事
  1. 第1回 : なぜ黒人たちの髪をテーマとした絵本『ヘア・ラブ』が禁書になるのか 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
  2. 第2回 : オスペンギンのカップルが、子どもを育てる絵本『タンタンタンゴはパパふたり』も禁書に 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
  3. 第3回 : 「どこから来たの?」と聞かれ続ける移民のルーツ 堂本かおる『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』より
  4. 『絵本戦争 禁書されるアメリカの未来』記事一覧
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