多くの人がある日直面する「親の介護」。それはやがて確実にやってくる〈自分介護〉の絶好のリハーサル機会でもありますが、最初は誰もが介護の初心者。ひとりまたは家族だけで抱え込むのは危険です。では「誰(どこ)を」「どのように」「頼れ」ばいいのでしょうか。
2025年に太田出版より刊行した『じょうずに頼る介護 54のリアルと21のアドバイス』(一般社団法人リボーンプロジェクト・編)は、親の認知症介護から完全セルフ介護まで、当事者たちの実体験によるリアルな事例集です。老々介護/老後資金計画/実家の後始末/老いと向き合う/障がい者と仕事/シングルの保証人/介護申請/施設入所/在宅死の選択/相続人がいない/お布施と戒名/墓じまいetc..本音で知りたかった実践的裏ワザと、正気の保ち方。刊行を記念し、本書の一部を試し読みとしてOHTA BOOK STANDにて公開します。
ずっと介護していた85歳の父が、今年亡くなりました。父の介護が精神的にハードだったので、いまはちょっと気が抜けたようになっています。
介護の主な担い手は一人息子の自分
同居の父は、10年前にパーキンソン病と診断されました。いずれ介護が必要になるとの思いもあり、私は7年前に会社を辞め、フリーランスで働いています。いま、55歳です。父は3年前から要介護3で、車椅子生活に。この病気は進行してくると、体が硬直して動けなくなったり、立ったまま硬直してバタンと倒れたり……。私は家で仕事をしているので、父が倒れた大きな音に慌てて駆け付け、体を起こす、車椅子に座らせる、ベッドに寝かせる、その繰り返しでした。父が大声で私を呼びつ
けることもありました。
そんな場面では、動けなくなった父を覚醒させようと、怒鳴ったり、頬を何度も叩いたりしていたので、虐待ぎりぎりだったと思います。私自身も冷静な対応をしていたとは思えません。一度、ハンマーで大工仕事をしているときに父に呼ばれたことがあるんです。向かおうとしたら、高校生の息子が私の肩をぎゅっとつかんで、「お父さん! ハンマーは置いていけ!!」。見ると、ハンマーをしっかり握りしめていた。いまにも父に襲いかかりそうな鬼気迫る顔をしていたんでしょうね(笑)。
父は転んで擦過傷も多いので、訪問看護師さんに「どうしてこんなにケガを?」と虐待を疑われたこともあります。
パーキンソン病は認知症も併発しやすいらしく、父もまたそうでした。動けるときは「仕事に行く」と言ってヘルメットをかぶり、鞄を抱えて自転車に乗ろうとする。それを止めるのが大変でした。目を離したすきに外に出てしまうことも多かったですね。ちゃんと歩けないので遠くには行かないのですが、この2年間は夕方、父を探しに行くのが日課のようになっていました。父は一日の中でも、ちゃんとしているときと、意識がもうろうとしているときがあって、まったく様子が違うので、私自身も混乱するんです。
私の親なので、自分が介護を担当するのは当たり前と思っていました。妻は仕事もあるし、子育てもある。私がやれることはやればいいと思ってヘルパーさんは頼まず、3年前からは訪問リハビリが週2回、2年前から看護師さんに週1回来てもらっていました。失禁もあるのでリハビリパンツをはかせ、私がパンツを取り替えたり、食事の世話をしたりという毎日でした。
ただ、ケアマネジャーには「車椅子から落ちるからといって椅子に縛り付けてはダメ」、「お父さん一人だけ家に残すときも外から鍵をかけると虐待になるんですよ」と言われていました。でも、本当は車椅子にはベルトを付けたいし、私が出かけるときは外鍵をかけたい。近くには交通量の多い道路もあるので外に出たら危険すぎる……。いつも家から出ようとする父を一人でおいてはいけないので、仕事で出かけたくても家族が帰ってこないと出られない。ある意味、がんじがらめでした。
体験入所を試みるも、受け付けなかった父
この病気は秋から冬に体が硬直しがちなんです。自分一人の介護では限界だなと思ったこともあり、1年前から何度か体験入所をさせていました。体験入所だと騙してグループホームに入れたこともあるのですが、施設から電話がかかってきて、面会に行くと父が真面目な顔をして「入るのはいやだ。子どもが親を介護するのは当然だ。俺たちも親の介護はやってきた」と引かない。もともとは穏やかな性格なのですが、職員の言うことをまったく聞かなくなる。職員に暴力を振るおうとしていたのも見ました。知っている父の顔ではなくなるので、あきらめて連れ帰ってきました。
この冬の体の硬直は特につらそうでした。パーキンソン病はある一定の症状以上だと難病医療費助成を受けることができるので、今年になってケアマネジャーに相談して、難病指定を受け、ヘルパーさんに来てもらう段取りをしていました。もちろん、難病指定のことは以前から知っていましたが、そんなに援助があるわけじゃないと聞いて、それまで申請していなかったんです。介護認定も3年前と同じなのはおかしいと知人に言われましたが、父は体調のいいときもあるので改めて介護認定を取り直そうと考えたことはありませんでした。
父が亡くなったのはそんなときで、直接の死因は誤嚥性肺炎。生きていてつらいだろうな、と父のことを見ていましたし、追い詰められたときには父に手をかけそうな気持ちになったこともありますが、最期はあっけない感じでした。
老後は土地を売って田舎に移住するかも
会社員のままだったら自分が父を介護することはできなかったので、フリーになってよかったとは思いますが、本当は仕事に全力を傾けなきゃいけない時期に、行動が制限されたことも事実。ただ、2年ほど前に仕事で大きなトラブルがあり、昨年は、いま住んでいる42坪の土地を抵当に入れて、父名義で融資を受けました。結局のところ、東京23区内に一軒家があったからこそ、融資も受けることができたし、家族4人が暮らせている、そういう点では親に感謝しています。
介護の大変さを見ていた息子には「お父さん、ちゃんと保険に入っておいてね」と念押しされています(笑)。
財産は評価額約7000万円のこの土地だけで、17年前に建てた2世帯住宅のローンもまだ残っています。息子と娘が大学を卒業したら土地を売却し、融資をすべて返し、残った老後資金を抱えて妻の田舎にでも引っ越そうかと話しています。
アドバイス「介護を家の中に閉じ込めないで、プロの力を最大限活用して」
佐々木世津子(主任ケアマネジャー/介護事業所経営 )
1979年重症心身障がいの息子の誕生を機に障がい児活動のボランティア団体設立。その後、東京都足立区で(株)創カンパニーを創業、在宅介護サービスの事業所、地域包括支援センター経営。
介護離職は社会の損失
介護保険制度ができるまでは、介護は家族が担うもので、担いきれない場合は、経済的に余裕があれば私的にお手伝いさんや看護師を雇いました。あるいは、家政婦が訪問することもありました。その後、家族が介護を抱えることで、仕事を辞めざるを得なくなったり、経済的に行き詰まったり、女性にのみ負担がかかったり、共倒れになったりすることは〈社会の損失〉だと理解されるようになったことを背景に、「介護保険制度」ができました。
2000年に発足した介護保険制度は、40歳以上の全国民の保険料で運用されています。医療保険制度で受診料が2割負担、3割負担であるように、介護保険は要介護者が利用料を1~3割負担することで成り立っています。病気になったら医療機関を受診するように、介護が必要になったら介護サービスを受けるのが当たり前の社会になりました。
無論、親の介護は子どもが担うべきという考え方もあります。法的にも親子には互いに扶養義務があり、介護放棄が虐待に当たることもあります。とはいえ、持病があるなど一人で引き受けられない人もいます。親の介護に責任をもつことと、生活全般や身体的な介助をすることを混同してはいけません。介護サービスを最大限利用し、プロの手を入れてください。介護保険制度ができる前の社会に戻してはいけません。
介護をもっとオープンに
親のことを一番よく知る子どもが親の代弁者となって、医療や介護のプロの力を借りて最も適切な介護プランを立て、実行すること。これが、親の介護に責任をもつということだと思います。
何より、介護を家の中のこととして閉じ込めないで、介護に必要な医療、リハビリ、身体介護、生活援助、コミュニケーション、生きる意欲など広範囲な課題にプロと一緒に取り組んでいきましょう。そのための資源が、各地域の包括支援センターであり、ホームヘルパー、デイサービス、ショートステイ、福祉用具、訪問看護、訪問リハビリなどの専門家です。これらの資源を組み合わせてプランを立て、要介護者のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質)を上げ、ご家族の負担を軽減させているのがケアマネジャーです。信頼できる気の合うケアマネジャーに出会うことができれば、介護の負担は大幅に減るはずです。
たとえばデイサービスに拒否感を示すような方に対しても、一度であきらめてはいけません。デイサービスは、居場所づくりだけではなく、日々のルーティンをつくって、目的のある生活を送ってもらうための生きがいの場づくりです。入浴サービスやリハビリ、昼食やおしゃべりなどを楽しむことは、日々の生活に刺激をもたらし、仲間づくりにもつながります。
デイサービスもデイケアもショートステイも、地域に点在していて選び放題です。それぞれの施設で内容もさまざま。趣味活動に力を入れていたり、外食や外出を楽しんだり、リハビリに注力していたり、まったりと過ごすことを大切にしていたり……。風船バレーを無理強いされるイメージは捨ててください。長時間他人と一緒にいることが苦手な方にはリハビリだけ、入浴だけの短時間デイも人気があります。要介護の方がこうしたデイサービスに通っている間、ご家族には自由な時間が手に入ります。
本ケースの浩太郎さんのお父さまは、グループホームなどに体験入所して苦い経験をされたようですが、グループホームでもデイサービスと同様にショートステイやミドルステイができる施設があります。
介護する人にもリフレッシュタイムが必要
介護される人と介護する人が24時間365日ずっと一緒にいれば、虐待につながっても不思議ではありません。同居家族が介護を一手に引き受けることの難しさはここにあります。本ケースと同様のケースでは、私なら、まずはお父さまが家を出るためのサービスをお気に召すまで紹介し、親子が一緒にいる時間と空間を少しでも減らすプランを提案したいと思います。ショートステイやデイサービスに馴染めなければ、とりあえず、ヘルパーに買い物同行してもらい外出する機会をつくることから始めたいですね。
虐待は精神論では片づけられません。疲弊しきった関係性を断ち切るには、物理的に離すことが最優先です。閉鎖的な家族関係から物理的に離れて、介護する人もされる人もリフレッシュできるサービスを利用できるのが介護保険制度なのです。
親の介護の時期に、上手に、医療者、介護者などプロの手を借りるすべを身につけることは、将来、自分に介護が必要になったときのシミュレーションになるのではないでしょうか。