フェミニズムの問題は「行き過ぎた」ことにあるのではない。「いまだ十分に行けていない」ことにある――
・大学進学率は女性の方が高い
・女性の賃金は上昇しているが、男性の賃金は下がり続けている
・男性の絶望死は女性より3倍多い
……etc
現代の男性に課せられた数々の苦境を、最新のデータを使って明らかにし、真のジェンダー平等を達成するための実践的で革新的な提案を行う『なぜ男は救われないのか』(原題:Of Boys and Men)の日本語版が、2月24日に太田出版より発売される(著=リチャード・V・リーヴス、訳=齋藤圭介)。現在制作中の本書から「序章」を先行公開する。
私は25年間にわたり男の子や男性についてあれこれと考えてきた。男の子を三人も育てていれば─いまではみな成人して大人になったが─、ごく自然なことだろう。ジョージ、ブライス、キャメロン、君たちを心から愛している。だからこそ、大人になった君たちのことをいまだに心配することもある。
息子たちや若い男性を心配する気持ちは、私の本業にも影響を及ぼすようになってきた。私は、ブルッキングス研究所に勤める研究者であり、機会の平等やその欠如を主な専門領域としている。これまでは、社会階層や人種による格差にもっとも注目してきたが、現在は、ジェンダーによる格差についていっそうの関心を寄せるようになった。ただし、おそらくは読者が予想するようなかたちではないと思うが。ますます多くの男の子や男性が、学校、職場、家庭においてもがき苦しんでいることが、私にははっきりとわかってきた。かつては、三人の息子や若い男性についてやきもきしていたが、いまでは多数の男性たちのことが気になっている。
とはいえ、この本を書くことは気が進まなかった。本当に数えきれないほど多くの人が、このテーマで本の執筆はしないほうがよいと忠告してくれた。現在の政治状況を鑑みれば、男の子や男性の問題を強調することは、危険な試みだとみなされるからだ。新聞でコラムを書いている友人は、「もし避けられるならば、その手の話題には決して近寄らないよ。この話題は、やっかいでしかないからね」といっていた。男性が抱える問題を強調することは、女の子や女性がいまだに直面している諸課題から注意を逸らすものだと考える人もいる。しかし、私にいわせれば、これは誤った二者択一の考え方だ。
私はジェンダー平等を支持する者として、男女間にある給与格差をいかになくせるかについて熟考を重ねてきた(男性が100ドル稼いでいるとすれば、女性が稼ぐ額は82ドルとなる[*1])。これからお読みいただくように、給与格差を是正するための現時点での解決策は、母親と父親の双方に好条件の有給休暇を提供することで、子育ての負担をより平等に割り振ることだ。しかし、同時に私は給与格差とは反対方向のジェンダー格差である、大学の学位取得格差についても懸念している。これは教育における深刻でかつ現在も拡大しつつあるジェンダー格差の徴候の一つに過ぎない(女性の学士号取得者が100人いるとすれば、男性の学士号取得者は74人となる[*2])。そこで、シンプルではあるが過激な改革案を提案したいと思う。それは女子児童よりも1年遅れで男子児童に学校に入学してもらうことだ。
言い換えれば、女性にとってより公平にするために働き方をみなおし、男性にとってより公平にするために学校のあり方を作りなおすという改革案だ。
私たちは一度に二つの考えをもつことができる。女性の権利に熱烈な関心を寄せることと同時に社会的弱者である男の子や男性に思いやりをもつことが、私たちにはできる。
男の子や男性について本を書くのは、もちろん私が最初というわけではない。ハンナ・ロジンによる『男性の終焉』(The End of Men)、アンドリュー・ヤーローによる『脱落した男』(Man Out)、ケイ・ビモヴィッツによる『男らしく立ち上がれ』(Manning Up)、フィリップ・ジンバルドーとニキータ・クーロンによる『中断された男』(Man, Interrupted)、そしてワレン・ファレルとジョン・グレイによる『男の子の危機』(The Boy Crisis)などの著作にならって、私は本書を書いている。では、同テーマの本が多くあるのにこの本をなぜ書くことにしたのか、またいま書くのはなぜなのか? たった一つのわかりやすい動機をお伝えしたいところだが、この本を書くことを決めた理由には主に以下の六つがある。
一つ目に、私が考えていたよりも事態は深刻だった。私は、新聞の見出しなどで、学校や大学でもがき苦しんでいる男の子、労働市場で不利な立場になりつつある男性、自分の子どもと連絡が途絶えてしまう父親などを知っていた。ただ、こうした見出しのなかにはもしかしたら誇張されたものもあるのではないかと考えていた。しかし、よくよく調べれば調べるほど、現実は救いがないものだとわかってきたのだ。大学学位取得のジェンダー格差は、1970年代はじめと比較して今日では拡大している。ただし、逆方向への格差の拡大だ[*3]。ほとんどの男性たちの現在の賃金は、1979年と比べて低くなっている一方で、女性の賃金は一律に上がっている[*4]。5人に1人の父親は、我が子と別居している[*5]。自殺あるいは薬物の過剰摂取による「絶望死」は、3人のうち2人を男性が占めている[*6]。
二つ目に、一番もがいている男の子や男性は、さまざまな不平等、とくに社会階層や人種の影響をもっとも受けている人たちだ。私がもっとも心配している男の子や男性は、経済的・社会的階層の下位を占める人たちだ。ほとんどの男性はエリートではないし、エリートの地位にたどりつける男の子は今後さらに少なくなる。1979年当時、高校を卒業した典型的なアメリカ人男性の週当たりの賃金は、現在の貨幣価値に換算すると1017ドルとなるが、現在の同教育水準の男性の週当たりの賃金はそこから14%減少して881ドルだ[*7]。
エコノミスト誌は、「社会階層の一番上には女性ではなく男性がいるという事実は、底辺にいる男性たちにとっては慰めにはならない」と指摘する[*8]。階層が高い男性たちは依然として栄華を極めているものの、一般の男性たちの状況は大きく異なる。とくに黒人男性であればなおさらだ。私の同僚のカミーユ・ブセット[*9]が指摘するように、「男性で、貧しく、アフリカ系アメリカ人でいることは、あらゆる社会制度に存在している根深い人種差別に日常的に直面すること」であり、「他の人口統計学上の集団で、これほどひどく、一貫して長いこと差別を経験している集団はない」。黒人男性は、労働市場や刑事司法制度をはじめとする制度的な人種差別に直面しているだけではなく、ジェンダー化された人種差別にも直面している[*10]。
三つ目に、男の子や男性の問題は、個人的な問題というより、実際は構造的なものであるにもかかわらず、後者として扱われることがめったにないことがわかってきた。男性がいる環境の問題(problem with men)は、男性個人の問題(problem of men)という枠組みでつねに考えられてしまう。治療すべきは一人ひとりの男性だ、というわけだ。しかし、この個人主義的アプローチは間違っている。教育制度が男の子や男性を不利な立場に追い込むように構造化されているがゆえに、男の子は学校や大学で遅れをとっている。経済のあり方が、伝統的な男性の仕事が中心となっていたかたちから変わってきたがゆえに、男性は労働市場で職を得にくくなりもがき苦しんでいる。家族を養う者としての文化的役割がそっくりなくなってしまったために、父親たちはいるべき場を失っている。男性の漠然とした不安は、彼らの集団としての精神衰弱の結果ではなく、深刻な構造的課題によって生じた結果なのだ。
フェミニスト著述家のスーザン・ファルディは1999年に出版した『行き詰まり』(Stiffed)のなかで、次のように書いている。「男性たちが失ってきたもの─公的生活における立派な役割、ちゃんとした生活を送れる賃金の稼ぎ方、家庭内での感謝、文化のなかで敬意をもって遇されること─について考えれば考えるほど、20世紀後半の男性は、奇妙なことに、20世紀半ばの女性と似たような状況に陥っているようにみえてくる[*11]。
四つ目に、鳴り物入りで導入されたものをはじめ、多くの社会政策的介入が、男の子や男性の置かれた状況を改善していないことに気づいたとき、私は衝撃を受けた。まず私の目をひいたのは、ミシガン州カラマズーの大学無償化プログラムだ。評価チームによると、大学を卒業するかどうかの観点からは、「女性はとても大きな恩恵を受けた」(ほぼ50%の増加)のだが、「他方、男性はまったく恩恵を受けていないようだ[*12]。これは驚きの調査結果だ。大学を完全に無償化しても、男性にはいかなる影響ももたらさなかったのだから。
男の子や男性には恩恵をもたらさないが、女の子や女性には恩恵をもたらすたくさんのプログラムがあることがわかった。たとえば、テキサス州フォートワースの学生メンタリング制度、ノースカロライナ州シャルロッテにある学校選択プログラム、ニューヨークシティの低賃金労働者への所得上昇プログラムなど、他にもたくさんある。これらの社会政策的介入は、男の子や男性の状況を改善するという点では明らかな失敗をしている。しかし、女の子や女性には好ましい影響をもたらすので、平均するとプラス方向の好ましい結果となり、介入の明らかな失敗─男の子や男性の状況を改善できていない─はかすんでしまいがちだ。この点だけをみれば、ジェンダー格差が生じるのは、特定の政策でたまたま引き起こされた予期せぬ影響とみなされるかもしれない。しかし、こうしたことは、何度も繰り返されている。そのため、現在、多くの男の子や男性が困難を抱えもがき苦しんでいるだけではなく、今後も、彼らは社会政策的介入によって救われる可能性が低いのだ。
五つ目に、セックスとジェンダーをめぐっては、政治的な膠着状態に陥っている。進歩派と保守派の両陣営は、現実社会の変化を妨げるイデオロギー的な立場に固執してきた。進歩主義者は、重大なジェンダー不平等が男女双方に生じることを受け入れないし、きちんと検討することもなく男性の問題を「有害な男らしさ」の徴候だと呼ぶ。保守派は、男の子や男性がいまの社会でもがき苦しんでいることにはより敏感ではあるようだが、時計の針を戻し、伝統的なジェンダー役割を復興させることを正当化するばかりだ。左派は男性に「あなたの姉妹のようになれ」というし、右派は男性に「あなたの父親のようになれ」という。どちらの呼びかけも、男性の役には立たない。必要なことは、ジェンダー平等と矛盾しない、男らしさの好ましい理想像の提示だろう。イデオロギー対立といった文化戦争において中立の立場をとる者として、男の子や男性の現状について、幅広い支持を集めることができるであろう私なりの考えを本書で提示できればと思う。
六つ目に、私は政策通の専門家として、男の子や男性の不遇をただ嘆くのではなく、これらの問題に取り組むための建設的なアイデアを提供することができるのではないかと考えた。これまでにも男の子や男性の不遇についての懸念は十分に示されてきたにもかかわらず、変革のための検討はなされてこなかった。そこで本書では、教育、仕事、家庭の三つの領域のそれぞれで、もっとも困難を抱えてもがき苦しんでいる男の子や男性の助けになる、実践的でエビデンスに基づいた解決策を提示する。私の問題関心の焦点は、男性の約95%を占めるシスヘテロの男性が直面する課題にあることは、前もっていっておいたほうがよいだろう[*13]。
第1部では、学校や大学において(第1章)、労働市場において(第2章)、家庭において(第3章)、それぞれの場でいかに多くの男の子や男性が困難を抱えてもがき苦しんでいるのかを論じながら、男性の漠然とした不安感についてのエビデンスを提示する。第2部では、二重の不利益を取り上げて論じる。黒人の男の子や男性が直面するジェンダー化された人種差別から受ける苦悩(第4章)や、経済階層の下位にいる男の子や男性たちの苦悩(第5章)である。また、多くの政策的介入があるにもかかわらず、それらは男の子や男性にはうまく機能していないことを示すエビデンスが増え続けている(第6章)。第3部では、性差の決定には、生まれ(nature)と育ち(nurture)の双方が重要だと主張しながら、性差の問題を論じる(第7章)。
第4部では、政治家が、この課題に対して立ち上がるどころか事態を悪化させていることを示しながら、私たちが陥っている政治的な膠着状態を描写する。進歩的左派は、男の子や男性についての妥当な懸念を、検討に値しないかのようにさっさと隅に追いやってしまい、男らしさを病理化する(第8章)。右派ポピュリストは、男性の居場所が構造的に不安定化したことで生じた、彼らが抱える疎外感を、いわば自陣にとって有利な武器であるかように用いており、時代錯誤のノスタルジアで包んだ偽りの約束を提案している(第9章)。党派思考のもとでは、女性との戦争か、男性との戦争か、どちらの陣営につくのかを選べ、というわけだ。
最後に第5部では、いくつかの解決策を提案する。具体的には、以下の三点だ。まず、男性に親和的な教育制度について提案を行う(第10章)。ついで、健康(Health)、教育(Education)、管理・運営(Administration)、言語関係(Literacy)、それぞれの頭文字をとってHEALと呼ばれる、いずれも成長している分野への職に男性が参入することを促すための提案を行う(第11章)。さらに、独立した社会制度としての父性を強化するための提案を行う(第12章)。
かつてシモーヌ・ド・ボーヴォワールはこう書いた。「男だったら、人類のなかで男の占める特殊な状況についての本を書こうなどとは思ってもみないだろう」、と[*14]。しかし、この文章が書かれたのは1949年だ。いまや男性の特異な状況には、差し迫った対処が求められている。私たちは、彼らに男であることをやめるよう求めることなく、彼らがここ数十年の急激な変化に対応できるよう支援しなくてはならない。ポスト・フェミニストの世界のために、社会的に受け入れられる男らしさが必要だ[*15]。しかも、いますぐに。
書誌情報
『なぜ男は救われないのか』
著=リチャード・V・リーヴス、訳=齋藤圭介
予価:3300円+税
ISBN:978-4-7783-4109-1
仕様:四六判変形/384ページ(仮)
発売:2026年2月24日(火)
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目次
序章 悩む父から悩む研究者へ
第1部 男性の漠然とした不安
第1章 女の子の支配――教育で遅れをとる男の子
第2章 働く男性の憂鬱――労働市場で不利な立場に陥る男たち
第3章 居場所を追われた父親 家庭内の伝統的役割を失いつつある父親
第2部 二重に不利益な男性たち
第4章 ドゥワイトの眼鏡――黒人の男の子や男性が直面する深刻な問題
第5章 階級による天井――貧困状態にいる男の子や男性は苦しんでいる
第6章 政策が「効かない」対象者――男の子や男性に届かない支援
第3部 生物学と文化
第7章 男性を作り上げる――遺伝と環境、どちらも重要
第4部 政治的膠着
第8章 進歩派が見えていないこと――政治的左派は現実を直視しない
第9章 激怒する保守派――政治的右派は時計の針を戻したい
第5部 何をすべきか
第10章 男の子に「赤シャツ」を着せる――男の子は学校で追加の1年が必要だ
第11章 男性は人を癒せる(Men Can HEAL)――未来の仕事に男性を就かせるために
第12章 新しい父親像――独立した社会制度としての父性
エピローグ
謝辞
注一覧
訳者解説
序章注一覧
[1] U.S. Bureau of Labor Statistics, Highlights of Women’s Earnings in 2020, BLS Reports, September 2021. による。2020年時点での、16歳以上のフルタイムの賃金・給与労働者における通常の週当たりの所得中央値に基づく所得比率。
[2] National Center for Education Statistics, U.S. Department of Education, “Degrees Conferred by Postsecondary Institutions, by Level of Degree and Sex of Student: Selected Years, 1869–70 through 2029–30,” (July 2020).
[3] National Center for Education Statistics, U.S. Department of Education, “Degrees Conferred by Postsecondary Institutions, by Level of Degree and Sex of Student: Selected Years, 1869–70 through 2029–30,” (July 2020).
[4] Sarah A. Donovan and David H. Bradley, Real Wage Trends, 1979 to 2019 (Congressional Research Service, 2020).
[5] Lindsay M. Monte, “ ‘Solo’ Dads and ‘Absent’ Dads Not as Different as They Seem,” U.S. Census Bureau, November 5, 2019.
[6] Joint Economic Committee, Long-Term Trends in Deaths of Despair, Social Capital Project Report No. 4-19 (September 2019).〔訳注:版によって「絶望死」に占める男性の値は違う。2023年版では「ほぼ4人のうち3人」である。ここでは翻訳の元版である2022年版に合わせた。以下、2022年版に沿って翻訳をするが、重要だと思われる変更点にはいずれも訳注を入れることとする〕
[7] U.S. Bureau of Labor Statistics, “Earnings by Educational Attainment and Sex, 1979 and 2002,” Economics Daily, October 23, 2003. Adjusted to 2020 dollars using CPI-U-RS; U.S. Department of Labor, Women’s Bureau, “Median Weekly earnings by Educational Attainment and Sex (Annual).” 高校を卒業しているが大学には入学していない、25歳以上のフルタイム賃金・給与労働者のあいだでの所得であることには注意。
[8] “Men Adrift: Badly Educated Men in Rich Countries Have Not Adapted Well to Trade, Technology or Feminism,” The Economist, May 28, 2015.
[9] Camille Busette, “A New Deal for Poor African-American and Native-American Boys,” Brookings Institution, March 14, 2018. ここで、私は黒人の男の子と男性に焦点をあてているが、彼女はネイティブアメリカンの男の子や男性を含んでいることには注意。
[10] Sherry N. Mong and V. J. Roscigno, “African American Men and the Experience of Employment Discrimination,” Qualitative Sociology (2010).
[11] Susan Faludi, Stiffed: The Betrayal of the American Man (New York: HarperCollins, 1999), p. 40.
[12] Timothy J. Bartik, Brad J. Hershbein and Marta Lachowska, “The Merits of Universal Scholarships: Benefit-Cost Evidence from the Kalamazoo Promise,” Journal of Benefit-Cost Analysis (2016), p.406; Timothy J. Bartik, Brad J. Hershbein and Marta Lachowska, “The Effects of the Kalamazoo Promise Scholarship on College Enrollment, Persistence, and Completion,” Upjohn Institute Working Paper 15-229 (December 2017), p.51.
[13] 2020年に実施されたギャラップの世論調査による数字。下記を参照。Jeffrey M. Jones, “LGBT Identification Rises to 5.6% in Latest U.S. Estimate,” Gallup, February 24, 2021.
[14] Simone de Beauvoir, The Second Sex (1949), trans. H. M. Parshley (New York, 1953), p.3.(=2023、『第二の性』を原文で読み直す会訳『決定版 第二の性─I 事実と神話』河出書房新社、15)。〔日本語訳は、生島遼一訳(1966:135、人文書院)も参照した〕
[15] 2021年6月に行われた私のpodcastの番組Dialoguesにおけるジョセル・ヘンリックとの会話で、この明確な表現を思いつくことができた。記して感謝する。


