【先行公開】日本で増殖する「本場中華料理」の謎 『ガチ中華移民』はじめに

ガチ中華移民 日本で増殖する「本場中華料理」の謎

ガチ中華とは、グローバルに広がる21世紀の現代料理である――

長年親しまれてきた町中華とも、横浜中華街を代表とする中華街の料理とも別モノの、新しく多様な本場中華料理〈ガチ中華〉は、いったいどんな料理で、誰が、なぜ、どのようにして日本に持ち込み、東京を中心にこれほど多く出店されるに至ったのか。

急速に経済成長した多民族国家・中国や、日中間の長い歴史の中で変化した中国移民の来歴……。「外国人問題」が注目されるいま、東京ディープチャイナ研究会代表・中村正人が、ガチ中華を通して日本の多文化社会の姿を描いた『ガチ中華移民 日本で増殖する「本場中華料理」の謎』(2026年3月27日刊行予定)から、「はじめに」を先行公開いたします。

はじめに~仮の名は「ガチ中華」。その出現の意味するもの

 「ガチ中華」とは何なのか――。これまで友人や知人を含め、いろんな人からそう聞かれるたびに、ぼくはこう答えてきた。

「日本で学び、働く、若くて経済力のある中国および海外の中国語圏の人たちが増えたことで現れた、彼ら好みのガチな現地料理のこと」

 なぜこのようなまわりくどい言い方になるかというと、ガチ中華は単なる新種のグルメうんぬんといった話ではなく、今日日本で起きている静かな社会の変容が顕在化した現象だからだ。その内実にはひとことでは語れない、想像を超えた多面性と広がりがある。ガチ中華とはグローバルに広がる中華世界、すなわち中国および海外の中国語圏の人たちがもたらした21世紀の現代料理であり、その仮の名なのである。これらが最も顕著に現れたのが東京だったことから、ぼくはこうした社会現象を「東京ディープチャイナ」と名付けることにした。本書ではその実像を、数々の事例を挙げながら解説していく。

 ここ数年、ぼくは東京を中心にガチ中華の店を訪ね歩いてきた。そして、ガチ中華の出店が多い池袋や上野などで多くの人たちを案内しながら、それらの店で食べられる珍しい料理や経営者について説明し、新奇な事象の細部や出現の経緯を時系列に沿って解説してきた。そのとき深い理解や共感を示してくれたのは、知的で情報感度の高い中華ファンの人たちだった。中国および海外の中国語圏と仕事や留学などの縁があり、現地の事情を少なからず知る人たちが多く、いまを生きる好奇心にあふれる若い人たちもいた。

 ガチ中華は、中国および中国語圏の最新の食とそれが提供されるシーンがそのまま日本に持ち込まれたものなので、現地の事情に精通していない人がガチ中華のことをよく知らないのは無理もない。ぼくに「ガチ中華とは何か」と尋ねた多くの人たちもそうだったろう。

 今日さまざまなエスニック・グルメが巷にあふれているが、これほど多くの中国由来の現地料理が短期間のうちに、驚くほど大量に日本に届けられた時代はかつてなかったのではないだろうか。ガチ中華という社会現象を正しく理解することで、今日のわれわれが生きる時代と社会に関する古い現状認識をアップグレードすることも可能となるだろう。

 とはいえ、そんな風に訳知り顔で説明したところで、みなさんのモヤモヤは解消されないかもしれない。ここからは本書の大まかな構成を述べていこう。まず第一章では、これまでぼくが多くの人から尋ねられた、ガチ中華にまつわる疑問を9つに整理して、簡単にお答えすることから話を始める。第二章では、ガチ中華と呼ばれる、多くの日本人にとって未知なる21世紀の中国を体現したグルメシーンの特徴を解説し、そうした事象が次々に日本で生まれていることの意味を考察する。第三章では、日本各地の、特に大都市圏を中心に局所的にみられるガチ中華が集中的に出店している地域それぞれの諸相を、第四章では、ガチ中華の出現の時期や歴史的経緯を深堀りし、日本国内のみならず、世界各地にみられるグローバルな共時的現象であることを指摘する。第五章では、ガチ中華の主な担い手である中国の人たちの胸の内や真摯な取り組み、彼らを支える日本のグルメ愛好家やファンのコミュニティの活動を通じて、今日の多文化社会に相互に向き合う人たちの姿を紹介する。そして終章では、さまざまな課題や矛盾を抱える、ガチ中華という現象の今後の展望や可能性を述べていく。

 本書は、いわゆるグルメ案内の書ではない。ガチ中華というこの10年で大量に出現した飲食店および料理、それらを提供する人たちを写し鏡として、今日の日本社会のリアルな変容を探るものである。それは近年、にわかに政治イシュー化された「外国人問題」と「移民」をめぐる背景と内実を知ることでもある。そして、日々進行する日本の多文化社会を「見える化」し、視界を広げることで、よどんだ時代の空気を風通しよくする試みといってもいい。ガチ中華という未知なる社会現象を取り巻くグローバルな連動を含め、中国の改革開放以降の40年間の劇的なるインパクトをともなう社会変動が生んだ、この見えにくい食をめぐる世界の内部に奇しくも分け入ることになったひとりの日本人による実況レポートだと受けとめていただきたい。

 本書には、ガチ中華に関心を持つ多くの若い世代が登場する。ガチ中華の出現は1980年代以降に来日した中国系ニューカマーの存在を抜きには語れないのだが、この現象が一気に顕在化したのは2010年代以降であり、この時期成長した日本の多文化社会第一世代ともいうべき彼らの存在がぼくの日々の仕事にとって心の支えとなり、今日の時代を理解するうえで多くの示唆を与えてくれたことも付け加えておきたい。若い彼らは自らが生きていくであろう近未来の社会を前提に、すでに歩き始めているのである。

 なお本書のタイトルは、出版業界の慣例により出版社が決めたものだが、本文には「ガチ中華移民」というワードは一度も使われていない。この造語は、多くの読者に、ガチ中華なるものが今日の「外国人問題」につながるひとつの社会現象であることを気づかせるために考え練られたものだろう。だが、本書は取材者が対象を一方的に記述していくルポルタージュというよりも、彼らの世界に身を置き、関係性を築きながら、内側から観察した事象を綴っていったものである。そのため、実際の中国系オーナーたちはこのように自らを名づけられたことに驚くかもしれない。本書ではそんな彼らの多様な実像を是々非々で述べていくが、一般の日本人読者と彼らの間に横たわる認識や相互理解の隔たりこそ、今日の日本の多文化社会を理解する難しさなのだと思う。これらの事情について、彼らに説明することも、自分の役割なのだと思っている。

書誌情報

『ガチ中華移民 日本で増殖する「本場中華料理」の謎』
著=中村正人
予価:2800円+税
ISBN:978-4-7783-4199-5
仕様:四六判/316ページ(予定)  
発売:2026年3月27日(金)

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目次

はじめに
第1章 ガチ中華にまつわる9つの疑問
第2章 日本人が知らなかった「新しい中国」と「日本の中の中国」
第3章 日本各地に増殖するガチ中華
第4章 いつ・なぜ出現したのか
第5章 主な担い手と、つながる日本人
第6章 ガチ中華のこれから 日本版「多文化社会」の行方
あとがき

筆者について

東京ディープチャイナ研究会(TDC)代表。Forbes Japanオフィシャルコラムニスト。コロナ禍以降、都内に急増するガチ中華の実情を参与観察し、2021年春、その魅力を広くシェアするSNSコミュニティ「TDC」を運営開始。著書に「攻略!東京ディープチャイナ~海外旅行に行かなくても食べられる本場の中華全154品」(2021年、産学社)「間違いだらけの日本のインバウンド戦略」(2020年、扶桑社新書)「ウラジオストクを旅する43の理由」(2019年、朝日新聞出版)などがある。

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『ガチ中華移民 日本で増殖する「本場中華料理」の謎』試し読み記事
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