当日、その場になるまで行き先がわからないバスツアーに行った。あちこちのツアー会社で「ミステリーツアー」と称して、行先が不明な分相場よりも安い価格で販売されているのだ。友人が教えてくれて今回初めて行くことにした。このような連載をしている私にとってもうってつけのツアーではないか。
他人なのだがうっすらとした連帯感はあるこの関係性
「当日、その場になるまで行き先がわからないバスツアーがあるらしいよ」と友人が教えてくれた。これまでほとんどツアー旅行というものを体験したことのない私だから疎かったが、そういったプランはずいぶん前からあちこちのツアー会社で用意されていて、人気らしい。
たいていは「ミステリーツアー」という名目で販売されていて、日にちだけ決めて予約したら、どこへ行くかはツアー会社任せになる。普通の観光旅行に飽きた人には新鮮かもしれないし、気の合う人同士で行けばそのドキドキする感じも含めて楽しめるのだろう。そして、行き先が不明な分、全体的に相場よりも安い価格で販売されていることが多いらしい。福袋みたいなものか。
このような連載をしている私にとってもうってつけに思えたそのツアーに、参加してみることにした。ツアー当日の朝、大阪・梅田駅近くに指定された集合場所へと急ぐ。ガイド係の方に確認し、どの会社のどのツアーであるかを伏せればレポート記事を書いて構わないと許しを得て、バスに乗り込む。シートの座り心地もよく、ミニテーブルやドリンクホルダー、フットレストもついている。各席にコンセントがあって、スマホの充電を気にする必要もなし。車内後方にはトイレも設置されている。観光バスとはこんなに快適なものだったかと、普段、路線バスにしか乗ることがないからそれだけで楽しい。
バスは満席に近く、私と友人を含め、40人ほどが参加している様子だった。2人組での参加者が多いようだったが、旅仲間らしき4人組や、1人で参加されている方もいた。私は事前に近くのコンビニに寄って発泡酒を買っておいた。お酒を飲んでも構わないような雰囲気だったら飲もうと思っていたのだが、周りを見渡すと、割と多くの方が同じようにお酒を用意していて(中にはワインのボトルを持ってきている人もいた)、安心した。

前方の席に座っているガイド係の方が、「本日はご参加ありがとうございます!」とマイクを使って挨拶をする。「バスはすでに走り出しておりますが、さあ、みなさん、今日はどこへ行くのでしょうか。北だと思う人!」「はーい」「西だと思う人」「はーい」と、そんなやり取りがあった。
ツアーの終了時間は最初から明かされていて、午前9時に出発して、夕方の17時にはもとの梅田駅周辺へと戻る予定になっている。半日程度のツアーなので、そこまで遠くへ行けるわけではない。大阪駅発だから、京都や奈良の少し奥のほうか、兵庫だったら淡路島のほうかと、私はそんな想像をしていた。
「まずは方向だけ、お知らせします! 今日向かうのは……北のほうです!」とガイド係の方が言う。「おおー」と何人かが声をあげて、でもみんな、結局どこだっていいのだ。目的地があるわけではない、こうして出かけているだけでもう十分という、純粋なツアー。なるほど、これは妙に面白いものだと思う。

私がどこかへ行こうと思ったときにいちばんよく利用するのは電車である。混む方面や時間帯を避ければずっとひとりで気ままに移動できる。その、誰に構われるでもなく放っておかれる感じが好きだ。バスツアーはそれとは違って至れり尽くせりで、目的地まで直接連れていってくれる。そしてまたそこから次の場所まで運んでもらえる。移動のあいだは何も考えずに座っていればいいだけである。こんなに楽でいいんだろうか。
バスは滋賀県方面へと向かい、最初の目的地である「ラ コリーナ近江八幡」に到着した。「たねや」という老舗和菓子店と、その「たねや」系列の洋菓子店「クラブハリエ」の旗艦店が「ラ コリーナ近江八幡」で、今まで何度かテレビのロケなどで見たことがあったが、行ったことはない場所だった。

山あいの広大な敷地にいくつもの建造物があって、その造形がどれも独特である。建築家の藤森照信が設計したもので、建物自体は特徴的なのに周囲の自然と違和感なく融合している感じが面白い。滋賀県内でも有数の観光スポットになっているのを知っていたから、なんとなく自分には縁遠い気がしていたが、あちこちを見ながら敷地内を歩いているだけで楽しく感じた。
「クラブハリエ」の看板商品はバームクーヘンで、それは以前、別の場所でお土産に買って食べたことがあった。この「ラ コリーナ近江八幡」では、バームクーヘンの製造工程をガラスの向こうから見ることができるようになっている。

そんな場所だから、すぐそこでできたばかりの焼きたてバームクーヘンも販売されていて、買って食べてみたところ、ぶわっと体の毛が逆立つような美味しさであった。できたてのバームクーヘンとは、こんなに柔らかなものなのか。

敷地は広く、現在建設が進められていて今後開設するショップもあるらしい。いくつかのキッチンカーが集まってフードコートになっているエリアで、クラフトビールを飲む。滋賀県産の素材を使って作られたというグリーンティー&ライスのペールエールがとても美味しかった。
あらかじめ伝えられていた集合時間までに駐車場のバスに戻る。少し早めに戻ったつもりだったが、すでにほとんどの人がバスに乗っていた。目的地に着けば散り散りとなり、でも、同じ施設内にいるわけだからなんとなく「あの人とあの人は同じツアーの参加者だな」と、わかってはいて、とはいえ会話はせず、時間が来るとまた同じバスに乗っているという、この関係性が面白い。他人なのだが、うっすらとした連帯感(勝手に私が感じているだけだが)はある。たまに目が合って、軽く会釈する。
カニをチェックする。「スズキ」と書く。これは私のカニです
再び走り出したバス。「みなさん、『ラ コリーナ』は楽しんでいただけましたでしょうか。次の目的地はすぐ近くです! 近江八幡の街を散策していただきます」とマイクの声が車内に響く。10分もするとバスが駐車場に停車し、そこは近江八幡という土地の名の由来である「日牟禮(ひむれ)八幡宮」という神社のすぐ近くらしかった。
時間の使い方は自由で、神社を参拝してもいいし、近くの商店街を散策してもいいという。先ほどの「ラ コリーナ近江八幡」でもそうだったのだが、各スポットでの自由時間は1時間に設定されている。私と友人は「あきんど道商店街」という、古い建物の多く残るエリアを散歩することにした。

明治時代にアメリカから来てこの地の発展に大きな影響を与えたウィリアム・メレル・ヴォーリズという人が手掛けた建築が多く残っていて、いくつかの建物を見るうち「たぶん、あれもヴォーリズ!」と、パッと見ただけでわかるようになってくる。おしゃれさと重厚感が程よくミックスされた雰囲気がヴォーリズ建築にはあって、地域の人によって大事に守られてきたらしい。

気ままに歩いていると、ヴォーリズが設立に関わった「近江兄弟社」という会社の建物が見えてきた。その会社の名前に見覚えがあると思ったら、「メンターム」を製造・販売しているのだという。私はメンタームのリップクリームをずっと使っているから、日頃からお世話になっている会社である。1階部分が「近江兄弟社メンターム資料館」として一般向けにも公開されているようだったので入ってみた。過去に販売された様々なデザインのメンターム缶などが展示されていた。
フロアの一隅のガチャガチャマシーンでリップクリーム型のペンライトが売られていて、「これは欲しい!」と買う。

外へ出て、また歩く。通りがかった川を小舟が行くのが見えた。この辺りを遊覧してくれる船らしく、乗ってみたいと思ったが、もうそろそろバスに戻らねばならない時間になっていた。

山の上に向かうロープウェイが見え、それにも乗ってみたかったし、味のある喫茶店でひと休みしたくもあった。食堂で軽めの料理をつまみながら瓶ビールを飲んで……というような、普段の自分が求めることをそのまましていたら1時間に収まるはずがない。なるほど、バスツアーというものはとても楽だが、いつもの自分の旅とは全然勝手が違うんだなと、当たり前のことを知る。
バスに乗り込むと、次の目的地が明らかになった。これから向かうのは滋賀県甲賀市で、そこにある「信楽陶苑たぬき村」という施設で昼食をとるという。近江牛のシャトーブリアンが食べられるそうで、車内では歓声が上がる。
甲賀市は信楽焼で有名な地で、「信楽陶苑たぬき村」には、信楽焼のたぬきの置物が大量に置かれている。1階がお土産売り場になっていて、2階が食堂になっている。

指定された席にはすでに食事が用意されていた。旅館の食事のように、固形燃料でじっくりお肉を焼いて食べる。別料金で酒類を注文することもできたので、瓶ビールを友人と分け合った。なかなか普段の自分が食べないような厚切りのお肉で、すぐにお腹がいっぱいになってしまったら困るなと不安だったが、脂っこい感じがなく、最後まで美味しく食べることができた。

食事が終わると、次は“カニを確認する時間”になるという。どういうことだか、パッと聞いただけではよくわからなかったのだが、このツアーに参加するとお土産にカニを1人1杯ずつもらうことができることになっていて、この段階で自分がもらうカニを確認して、足が折れたりしていないかチェックするのだという。
敷地内の小さな建物に参加者が誘導され、ひとりずつカニをチェックする。問題がなければ保冷バッグに入ったカニをビニール袋に入れ、その袋にマジックペンで自分の名前を書く。帰り、バスが大阪駅前に着いた時点でそれを受け取ることになるそう。私もカニをチェックした。袋の底にカニがいた。よし、足は折れていない。「スズキ」と書く。これは私のカニです。

今後役に立つことのないこの知見は一体なんなのかと思う
またバスに乗って、今日の最後の目的地が明かされた。最後は同じ甲賀市にある「道の駅 あいの土山(つちやま)」という施設に向かい、そこで買い物をするもよし、すぐそばにある「田村神社」にお詣りするもよし、という時間になるという。
2025年8月にリニューアルオープンしたばかりだという新しい建物で、かなり斬新な形をしている。隈研吾の設計によるものだとか。

地域の名産品が並ぶなか、特に目立ったのはお茶だった。この辺りはお茶の一大産地だそうで、様々な種類のお茶が売られている。「赤ちゃんからお年寄りまで最適!」とパッケージに書かれた「赤ちゃん番茶」というのを私は買うことにした。
お土産はすぐに買えたのだが、困ったことがひとつあった。帰りのバスで飲むための缶ビールが、この道の駅では売られていないようなのだ。ここから大阪に帰り着くまで、おそらく1時間半ぐらいはかかるだろう。そのあいだ、今日のことを振り返りながら飲みたいではないか。
道の駅を出て通りの向こうを眺めると「田村神社」の鳥居が見え、奥に屋台があるようだった。「お祭りやってるのかも!」と、友人とそこへ向かうことにする。近づいてみてわかったことだが、お祭りは明日から始まるようで、そこで屋台を出す業者の方々が準備に追われているところのようだ。

祭りは明日からなのだからそんなはずはないのだが「もしかしたら缶ビールぐらい売ってもらえるんじゃないの」と私はなんの根拠もなく言い、境内を奥へ奥へと進んだ。酒が欲しくて境内をうろつくという、なんとも不信心な状況。
境内には御神木がそびえるように立ち、小川の水が透き通るようだ。お賽銭を投げて手を合わせ、さてどうしようかと思う。友人が調べてくれたところによると、ここから徒歩10分ほどの場所にコンビニがあるらしい。10分でそこまで行って、引き返すのにもう10分。最後に道の駅でトイレも借りておきたいから……と時計を見ると、ギリギリいけるかどうかというところである。
一瞬、諦めようとも思ったが、こういうとき、自分でもよくわからない執念が湧き起こる。「小走りで行けば間に合う!」と、コンビニへ向かうことにした。「どうしようもなくなったらツアー会社に電話して、帰りは自力で帰りますって言おう。荷物もあるし」「カニは?」「カニか……カニが悔しいな」と、これは発車時間に間に合いそうなことがはっきりして余裕が生まれたからこその会話だったが、自分のカニだけが残ったバスを想像すると、ちょっと笑えた。
無事、コンビニで缶ビールを購入し、トイレにも寄って、遅れることなくバスに乗り込んだ。誰にも迷惑をかけることなく、お土産も買ってお詣りもして、帰りの酒まで買って戻った自分がなんだか誇らしい。
そんなふうにして頑張って缶ビールを買ったにもかかわらず、バスが走り出してすぐ、私は眠っていて、目が覚めるともう大阪が近いらしかった。静かなバスのなかで、私の後ろに座っている4人組だけが、朝から今まで、ずっと楽し気に喋り続けている。いつもこうやって一緒に旅行をしているグループらしく、途中何度か席替えしながら、すでに今度の旅の予定についても話しているようだ。好きなミュージシャンのコンサートを見に遠くまで行った話、最近ハマっているドラマの話など、会話をなんとなく聞いているうち、その人たちについて少しずつ詳しくなってくる。この人がリーダーで、この人は聞き上手で、とか、4人のキャラクターまでわかってきた気がして、今後役に立つことのないこの知見は一体なんなのかと思う。
そんなことを考えているところでバスが大阪駅前の広場に停車し、参加者が次々と下車していく。荷物を整理するのに手間取った私たちがバスを降りたのはいちばん最後で、ガイド係の方が「こちらからカニを受け取ってください!」と、地面に置かれたダンボールを指し示す。覗くと、私たちのカニだけが残っていた。自分のカニを取り出し、辺りを見回したが、同じツアーの参加者はもうどこにも見当たらなかった。

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スズキナオ『今日までやらずに生きてきた』は毎月第2木曜日公開。次回第23回は4月9日(木)17時配信予定
筆者について
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』を中心に執筆中。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』、『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』、『思い出せない思い出たちが僕らを家族にしてくれる』、『「それから」の大阪』など。パリッコとの共著に『ご自由にお持ちくださいを見つけるまで家に帰れない一日』、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』、『“よむ”お酒』、『酒の穴』などがある。








