人間はなぜ眠くなり、なぜ目覚めるのか──いきなりこんな問いをぶつけられて答えられる人がどれだけいるでしょうか。神経が集積している脳のメカニズムによって、人間は日々の生活がコントロールされています。しかしながら、それはみな膨大な神経が複雑なやりとりをしているからなせる業であり、一朝一夕で理解するなんてとても無理な話。でも、そんな難解な内容も、ゾンビをサンプルにして人間の脳を説明すると一気にわかりやすくなるという本が『ゾンビでわかる神経科学』です。
アメリカの神経学者2人が上梓した同書は、ゾンビの行動や性質を人間の脳の構造に基づき分析しており、これを読めばゾンビと一緒に人間のことも理解できてしまいます。例えば、ゾンビは昼夜問わずなぜかのろのろと動き回っています。よく眠るゾンビなんて聞いたことない……ということは、ゾンビは人間でいう不眠症か夢遊病なのではないかと予想されます。
まず、人間が眠り、目覚めることができるのは、「眠るためのオフのスイッチ」と「覚醒するオンのスイッチ」の役割を果たす神経細胞が働くから。目覚めは、網様体賦活系という機序が神経伝達物質を分泌し、それによって他の眠っている脳の部位も起こされることで引き起こされます。
また眠りは、腹外側視索前野と呼ばれる脳の領域が神経細胞を抑制する物質を、先の網様体賦活系に送ることによって引き起こされる。オンのスイッチとオフのスイッチが相互的に機能しあうことで、人間は眠りと目覚めのサイクルを回しているのです。
しかし、ゾンビは寝ません。ということはオンのスイッチは休みなく活動し、オフのスイッチは壊れてしまっているということが言えます。ただ、目覚めてはいても、本来の人間の体なら可能な機敏な動きはありません。呻いていて、意識があるのかないのかわからない様相をしています。すなわち、完全に目覚めているわけではないのです。
ここから考えられるのはオフのスイッチも全く機能していないわけではないということ。オン、オフがうまくいかず朦朧と動き回る……これは人間でいう夢遊病。ゾンビの脳は、正常に神経がスイッチできなくなっているのです。以上の状況を踏まえ、同書では次のように述べています。
〈ゾンビは睡眠と覚醒の境界を永遠にとどまっているというのが、私たちの仮説だ。(中略)ゾンビはぐっすり眠ることもすっきり目覚めることもできず、意識の欠乏した状態にとらわれている。その結果、神経活動全般がスローダウンしてしまうのだ〉
例をゾンビにするだけで、こんなにも簡単に眠りの仕組みを理解できました。まあ、現在までに蓄積されている医療を始めとした人間の身体にまつわる分野のナレッジは、病気や事故で亡くなった人間を研究することで得られてもいるので、死者に学ぶことが多いのは当たり前といえば当たり前ですが……。ただ、ゾンビも脳が働いているってことは生きていたんですね。
◆ケトル VOL.38(2017年8月16日発売)
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