松本人志を感嘆させたパワフルなネタで、『キングオブコント』歴代最高得点優勝を果たしたバイきんぐは、大阪よしもとをスタートに、お笑い事務所を転々とした苦労人。結成17年目にしてようやく栄光の座を掴んだ彼らに、解散の危機はなかったのだろうか? 2月12日発売の『クイック・ジャパン』vol.106で、バイきんぐの2人は苦労時代をこう振り返っている。
西村 「1996年にデビューした当初は、僕らは大阪のよしもと所属のコンビ。梅田の二丁目劇場のレギュラーを目指してました。でも千原兄弟さん、ジャリズムさん、メッセンジャーさんがトップにいらっしゃった時代。上の壁があまりに厚すぎて、売れるチャンスを求めてふたりで上京しました」
小峠 「だけど仕事はライブのみ。1回だけ2000年に『虎の門』の若手コーナーに出させてもらいましたが。その後、8年ぐらいテレビ出演はゼロでしたね」
そんな状況にも関わらず、「不思議とコンビ解散しようという話は出なかった」と語る西村に対し、「真剣に悩んだことも何度かあります」と語る小峠。そんな彼らはなぜ成功できたのか? 2人はこう語る。
西村 「ふたりとも自信は揺るがなかったんです。そりゃ、いろんな人からボロクソに言われましたけど。なんで? おれら面白いのに? とキョトンとしてた。ハートが強いんじゃなくて、バカやっただけじゃないですかね(笑)」
小峠 「信じる笑いの外枠が、相方とは一致してたと思います。肝心の感性の部分というか。ネタづくりで細かい言い争いはしますけど。お互いの笑いのセンスを否定するようなケンカは一度もなかったですね」
そこで彼らに、夢を諦めるかどうか迷っている人へのアドバイスを求めると、「新しいビジョンをしっかり描けるなら、いまやっていることを一度リセットするのも意義ある選択」と答えた小峠に対し、西村は「何も考えるな!」と一言。これには小峠も「その答えじゃ響かへんやろ(笑)」とツッコんだが、西村は「けど意外と、でっかい夢を追うのに、大事な秘訣かもしれないですよ」と答えを変えることはなかった。
◆『クイック・ジャパン』vol.106(2013年2月12日発売/太田出版)
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