イヌやネコは人類の友といわれて久しいですが、元来イヌは狼が家畜されたもので、ネコはヤマネコが家畜化されて生まれたもの。だが、野生の動物がどんな経路で家畜化され、品種改良されていったのかは長年の謎です。
ところが、そんな疑問を解消する糸口を発見したのが、京都大学ウイルス研究所の宮沢孝幸准教授の研究グループ。宮沢准教授は世界各国のイエネコの細胞のDNAに刻まれたウイルスの痕跡を比較し、ネコたちが世界に広がった経路を明らかにしました。
「研究で着目したのは、ネコたちの染色体内にあるレトロウイルスというウイルスでした。このウイルスはごく稀に宿主の生殖細胞に感染することがあり、一度その宿主の生殖細胞に感染したら、その宿主の子孫全体のゲノムの同じ位置にも同じレトロウイルスを組み込むという特徴があるんです。つまり、ゲノムに組み込まれたレトロウイルスの配置を調べることで、どのネコがどの種類の子孫なのか、個体間・集団間で比較できるわけなのです」
このように染色体に刻み込まれたレトロウイルス由来配列を詳しく調べることで、ネコの起源や歴史はもちろん、品種間の差異を知ることが可能になりました。だが、「この研究の本来の目的は、ネコの移動を調べるというものではなかった」と宮沢准教授は続けます。
「レトロウイルスは宿主の形質を劇的に変える働きをもっています。がんウイルスやエイズウイルスもこの一種に含まれるため、レトロウイルスは難病の原因として悪者にされがちですが、最近の研究では、このタイプのウイルスこそが哺乳類の進化の原動力になったのではと考えられるようになってきました。たとえば、哺乳類は生まれる時に胎盤が必要ですが、胎盤が現在の形になったのも、レトロウイルスがゲノムに入り込んだおかげとされています」
つまり、レトロウイルスは哺乳類を進化させる上で非常に重要な存在だということ。宮沢准教授は、
「いま、私が一番気になっているのは、ゲノムに入り込んだレトロウイルスの配列が、分化した細胞から、iPS細胞などの全能性をもつ細胞に変わるための過程(初期化)にも関係しているのではないかということです。それがわかれば、哺乳類の進化の全容解明につながる重要な発見になるはず。その糸口が、イヌやネコのレトロウイルス研究から見つかるのでは、と期待しているんです」
と、語っており、世界のネコ好きを歓喜させた新発見の背景には、実は全哺乳類の進化にまつわる壮大な計画が隠れていたのでした。
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